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自然と成立した「うちのレーベルっぽさ」 激変の音楽市場を振り返る
30周年ライブの星野源さん・斉藤和義さんら所属「スピードスターレコーズ」

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30周年ライブの星野源さん・斉藤和義さんら所属「スピードスターレコーズ」
世の中がバンドブームにわいていた頃、30年前にビクターのロック系レーベルとして立ち上がった「スピードスターレコーズ」。斉藤和義さん、星野源さん、細野晴臣さんや、SNSで注目を集める2000年代生まれの4人組バンド・ヤングスキニーなど、多様なミュージシャンが名を連ねています。日本のロック界を代表するレーベルを育て、運営を続けてきたレーベル長・小野朗さんに、30年間で激変した音楽業界について話を聞きました。
ビクターの音楽レーベル「スピードスターレコーズ」は30周年を迎え、3月18日には、所属ミュージシャン計15組が参加するフェス形式の30周年記念ライブ「LIVE the SPEEDSTAR」を千葉・幕張メッセ国際展示場で開きます。
30年前といえば、レコードがCDに置き換わり、ミリオンヒットが連発する「CDバブル」と言われた時代。その後、CDが低迷し、MP3を経てサブスクの時代へ……。音楽市場は大きな変化を経ています。
レーベルを育てて運営を続けてきた小野さんは、立ち上げの当時を「海外では『レーベル』という概念が認知されていたけど、まだ日本ではあまりなじみがなかったと思います」と振り返ります。
1989年に、「イカ天」と呼ばれた伝説のバンドオーディション番組「三宅裕司のいかすバンド天国」(TBS系)が始まると、世は一気にバンドブームに沸きました。
そんなさなかの1992年、大手レコード会社・ビクターでサザンオールスターズを発掘した高垣健さんが中心となり、ビクター内のロック系レーベルとして、スピードスターレコーズが立ち上がります。
「レーベル」という言葉は、元々はレコードの盤面に印刷された「ラベル」から意味が転じたもの。
レコード会社の中で、ジャンルや音楽性ごとに色分けされてレーベルが作られており、一種のブランドとしての機能を持っています。
今では日本でもレコード会社ごとに多くのレーベルがありますが、30年前はあまり存在せず、スピードスターレコーズはその先駆的な存在でした。
シーナ&ザ・ロケッツや泉谷しげるさんなどが屋台骨となって始まったレーベルは、UAさん、くるり、斉藤和義さん、スガシカオさん、LOVE PSYCHEDELICO、そしてベテランの細野晴臣さん、矢野顕子さんなど、所属ミュージシャンが増え、拡大していきます。
ロックレーベルとしてスタートしたものの、レーベルとしての方向性、カラーについては、あえて明確に言語化して規定しませんでした。自縄自縛に陥らないため、間口が広がる部分もあるからだといいます。
「『こういう風にしていこうぜ』と方針を言葉にした途端に、そこにどんどん絡み取られていっちゃうじゃないですか。範囲を狭めてしまう。でも、時代によって色々と移り変わっていくものでもありますから」
今でもロック系のミュージシャンは多いものの、その枠組みにとらわれてはいません。
所属ミュージシャンのジャンルも、R&B系のUAさん、ラッパーのKREVAさんや、よりジャズ要素が濃い矢野顕子さん、そしてジャンル分けが不可能なほど様々な音楽をつくりだす細野晴臣さんなど、多様性に富んでいます。
ただ、音楽性に幅があっても、レーベルを貫くある種の統一感、カラーは感じられます。
共通する要素は、音楽の掘り下げ方ではないかと、小野さんは語ります。
「すごく深く音楽を掘り下げて、吸収してきたんだろうな、という人が多い。スタッフの間にも、あえて文字にしなくても、『うちのレーベルっぽい』というときに、そういう自然とできあがったポリシー、共通理解があると思う」
たしかに、過去の音楽をさかのぼり、ルーツミュージックを肉体化し、作品に深く投影させるミュージシャンが多く所属しています。
加えて、「時代に寄り添いながら作品を作っていくミュージシャンが多い」とも話します。
「世の中にどう向き合うか。やっぱりポップミュージックである以上、そこはすごく重要だと思います」
小野さんは1994年に入社し、1996年にスピードスターレコーズの配属となって以降、四半世紀にわたりレーベルに携わってきました。
日本レコード協会によると、日本全体の音楽ソフトの売上金額は、1998年に初めて6千億円に達し、ピークを迎えました。
その後、iPodなどのMP3プレーヤーやインターネットが普及したこともあり、2007年に4千億円を割り、その3年後の10年に3千億円を割るなど、市場は急速に冷え込んでいきました。
その後、下落幅は穏やかになり、2022年の売り上げ額は2023億円となっています。
小野さんがレーベル長になったのは2010年。まさに冬の時代の舵取りを任されることとなります。
2010年代以降を振り返って、小野さんは「どんどんCDが売れなくなり、サブスクみたいなものが出てきた時代。音源ビジネス全体を俯瞰(ふかん)してみたときに、K-POPや一部のアイドルなどをのぞき、音楽を生業として音だけで食べていくのはなかなか大変になってきていると思います」と指摘します。
「この10年ちょっとは、やっぱりそのあたりとの戦いだったというのは実感しています」
そうした中で、レーベルが30年続いた理由の一つには、驚くことに「売れること」を意識しすぎなかったことがあると分析します。
「武士は食わねど高楊枝……じゃないですが、売ることの比重が大きすぎると、こういう風に30年間続くというのは無理だったと思います」
アーティストのやりたいことを「一番上に置く」のは大前提としつつ、「逆にあまりに自由にさせ過ぎたら、それはそれで立ち行かなくなると思う。そこの絶妙なバランスを取り続けられたことで、なんとか30年続けてこられたかな、と思います」。
市場が収縮する中で、そうしたバランスを貫くことは難しいことでもあります。
「かっこいいことばかりは言ってはいられない。それでも、ちょっとかっこつけみたいなところもないと、面白くなくなってくんじゃないかなと思います」
レーベルには中堅からベテランのミュージシャンが多いですが、当然、次世代を担う若いミュージシャンも発掘し、育て続けています。
「これから新しく手掛けていく人に関して言うと、ちゃんとサブスクでヒットを出せるようなタイプのアーティストを手がけていくべきだとは思いますね」
2月には、2000年代生まれの4人組バンド、ヤングスキニーがデビューしました。
シンプルで粒立ったメロディーを持つギターロックに、一癖あるハイトーンボイスを乗せ、日常の生きづらさや失恋などを描いた歌詞に、SNS上などで共感が集まっています。
ミュージシャン、特に若手をブレークさせていくために小野さんが重視しているのは、やはりSNS。
「SNSの重要性はレーベルにとって動かしようのない事実だと思います。どんなレコード会社さんも、そこを今いちばん注視しているんじゃないかな」
「SNSの戦略の練り方を上手な人にヒアリングするとか、みんなこぞって勉強してる。どういうことをしたときに、どんだけ反応があるかを丹念に確認していくのは、すごく大切ですよね」
ヤングスキニーもまた、TikTokをはじめとしたSNSを使ったセルフプロデュースに長けています。
「今っぽくて、SNSを自在に使って、何をポストするとどんな反応が起きるか。それによってファンの人たちがどれだけ拡散してくれるかっていうのを大変よくわかっている」と小野さんは語ります。
現状では「CDの落ち込みをサブスクによる収益では補えていない」といいますが、サブスクやYouTubeによって世界中のリスナーが日本のミュージシャンに容易にアクセスできるようになり、潜在的な市場は拡大しています。
一昨年、スピードスターレコーズからメジャーデビューした4s4ki(アサキ)は、YouTube経由で、日本よりも先に海外で火がつき始めているそうです。
米国のウェブ音楽メディア・ピッチフォークでは、昨年の年間ベスト・ソングTOP100にランクインするなど、エレクトロやサイケデリック、ヒップホップを取り込んだサウンドが高い評価を受けています。
「彼女の場合は、海外と日本の評価・人気のギャップを、どううまく埋めていくかが課題になっています。アーティストによって売り方も微妙なチューニングが必要な時代になっていますよね」
3月18日開催の30周年記念ライブは、レーベルの所属ミュージシャンが集まる異例の規模のイベントとなります。
「日本ではレーベル単位で何かをするということが少ないかもしれません。でもラインアップを見た人の中に『このレーベルって面白いんだな』と思ってくれる人がいたら、日本のレコード業界にとっても、多少なりとも良いことなのかな、意味のあることなのかな、と思っています」
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