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連載

#15 親子でつくるミルクスタンド

酪農家の経営危機、牛乳10円値上げしても…エサや燃料価格の高騰

オスの子牛も売れなくなり…

多くの牧場が経営危機に陥っている酪農業界。値上げしてもまかないきれない、その理由とは?
多くの牧場が経営危機に陥っている酪農業界。値上げしてもまかないきれない、その理由とは? 出典: Getty Images ※画像はイメージです

目次

昨年末、一部の牛乳の価格が上がり、スーパーでは10円近く値上がりした商品もありました。穀物や燃料高騰で酪農家が辞める事態も増え、酪農業界は危機的な状況に陥っています。なぜこんな事態になったのか。都内でミルクスタンドを経営し、各地の牧場を訪ねている著者が、厳しい現状を解説します。(木村充慶)

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クローズアップされる酪農の危機

コロナ禍の影響で牛乳の消費量が減り、年末年始などに生乳の廃棄問題が話題になるなど、牛乳の生産・消費の不安定さはたびたびクローズアップされています。

そんな不安定な生乳の生産状況の中で襲ってきたのが、ウクライナ危機を発端とする穀物などの高騰です。

牛というと、牧草を食べているイメージが強いと思います。しかし実際には、トウモロコシなどの穀物が入った「配合飼料」をよく食べています。

穀物は栄養成分が高く、生乳の生産量を増やせるからです。しかし、その配合飼料の多くは海外からの輸入に依存していました。

しかし、昨年のウクライナ危機を発端に、輸入穀物は2倍近くに高騰したと言われます。ウクライナ・ロシアが穀物の巨大輸出国だったため、世界の穀物市場が混乱したのです。

ウクライナ中部ポディリスクの穀物倉庫で、収穫した小麦をトラックに積み込む作業。チョルノモルスク港から輸出される=2022年9月、国末憲人撮影
ウクライナ中部ポディリスクの穀物倉庫で、収穫した小麦をトラックに積み込む作業。チョルノモルスク港から輸出される=2022年9月、国末憲人撮影 出典: 朝日新聞

食糧需要が増えた中国が穀物を買い増ししようとしたり、トウモロコシの主要生産国であるアメリカで、トウモロコシが原料の燃料「バイオエタノール」に活用され始めたり……様々なことが複合的に絡み合い、混乱に拍車がかかりました。

牛1頭あたり、配合飼料を含めて1日で50kg以上食べるといいます。酪農家の主要なコストであるえさの価格高騰が酪農の経営を圧迫することになってしまいました。

簡単に価格を上げられない牛乳

「原材料が高くなったのなら、販売価格を上げればいいのでは」と思う方もいるでしょう。しかし「生乳」の場合、そう簡単にはいきません。

牧場で搾られた「生乳」は殺菌して「牛乳」やその他の乳製品となるのですが、各地域ごとに農協などの組合が集まってつくられる団体「指定生乳生産者団体(指定団体)」が代行します。

指定団体が各地の牧場を回って生乳を集め、乳業メーカーに販売しています。そして乳業メーカーが殺菌して「牛乳」を製造し、消費者に販売しているのです。

出典: Getty Images ※画像はイメージです

生乳の販売価格「乳価」は、指定団体と乳業メーカーが1年に1回決定し、一律で売買されています。

古くは酪農家が乳業メーカーと直接交渉していたのですが、立場の弱い酪農家を守るために指定団体が代行して交渉するようになった制度です。

しかし、どのように交渉しているか、見えづらい状況になっています。さらに、様々な立場の人が関わっているので、いち酪農家が交渉に関われません。そのため、酪農家が、すぐに販売価格を変えられないのが実態です。

それでも、穀物や燃料のあまりの高騰を踏まえて、一部の地域では期間内にもかかわらず、「乳価」が上がりました。その影響もあり、スーパーで牛乳の価格が上がりましたが、それだけではなかなか飼料・燃料高騰分のコスト増加を補うまでには至りません。

生乳の減産要請も…

そのような状況の中で、今回、生乳の減産をするように指定団体が要請しました。

売上を減らさないためには、指定団体を通して生乳を売るのではなく、酪農家が生産から加工・販売まで行う「6次産業化」を担って、牧場の牛乳や乳製品を消費者に直接販売する手もあります。

実際に、自身の牧場の牛乳やヨーグルト・チーズ・アイスなどを売っている酪農家もいます。

出典: Getty Images ※画像はイメージです

しかし、その製造設備には、数千万にも及ぶといわれる初期投資がかかります。製造スペースが作れたとしても、販売のための営業やECサイトなどでの販売など、様々な作業が発生します。

ただでさえ毎日、牛の世話をしなければいけない酪農家にとっては大きな負担です。それを多くの人に強いるのは簡単ではありません。

子牛の価格も「ただ」同然

ほかにも酪農家の収入には、乳牛の子牛の販売もあります。

牛が生乳を出すのは、子どもを産んでいるから。生まれた子牛は、メスであればそのまま「乳牛」として育てられます。

「磯沼ミルクファーム」の生まれたばかりの子牛。ホルスタインのメス牛に、和牛の精子をつけた交雑種=著者撮影
「磯沼ミルクファーム」の生まれたばかりの子牛。ホルスタインのメス牛に、和牛の精子をつけた交雑種=著者撮影

オスが生まれた場合は、畜産用の市場で販売されます。その後、肉牛を肥育する牧場である程度まで大きく育てられ、食用の肉にします。

実はみなさんがよく食べる牛肉には、和牛・肉牛と呼ばれる黒い牛だけでなく、乳牛と呼ばれる白黒柄のホルスタインも入っています。

一般的に和牛の方が高価ですが、乳牛のホルスタインも美味しいと言われています。そこで、ホルスタインのオスも肉にするために育てます。

今までは、ホルスタインのオスの子牛は10万以上で販売できていたそうです。しかし近年では、価格が千円くらいに急落することも増えました。

ひどい場合は販売できずに牧場へ戻すことも。そのまま育てるコストもかかるので、最悪の場合は殺処分することにもなります。

子牛を買い取る畜産業者も、子牛を育てるためには穀物が必要です。その穀物が急騰するなか、より高価に販売できる和牛の育成が中心となります。

そこで、オスのホルスタインの子牛が売れなくなっているのです。

問われる酪農業界

生乳の廃棄、穀物の高騰、生乳の販売の仕組みなど、酪農にまつわる様々な課題が複雑に絡み合って、陥ってしまった酪農業界の危機。

政府や業界団体、乳業メーカーは「牛乳を飲みましょう」「牛乳や乳製品を使って料理を使いましょう」といったキャンペーンをしています。

【関連記事】生乳なぜ余るの? 牛乳廃棄問題「バターにする」では解決しない理由

一時的な効果はあるものの、何度もキャンペーンをやれば消費者は飽きてしまい、いつも同じような効果を得るのは簡単ではありません。

牛乳の消費拡大をPRする金子原二郎農林水産相(中央)ら=2021年12月17日、東京都千代田区の農水省、五郎丸健一撮影
牛乳の消費拡大をPRする金子原二郎農林水産相(中央)ら=2021年12月17日、東京都千代田区の農水省、五郎丸健一撮影 出典:朝日新聞デジタル「牛乳5千トン廃棄の恐れ 濃厚ミルクティー発売、クーポンで消費躍起」

また最近では、業界関係者、酪農家から「輸入の乳製品を減らして国内のものを食べよう」という声が上がります。

国と国とで行われる「国家貿易」で、日本は海外のバターなどを毎年約14万トン近く輸入しています。

北海道では来年度の生乳生産目標を約14万トン減らす計画をしています。同じくらいの量であれば、輸入に頼るのではなく、国内のチーズなどの乳製品を買おうという呼びかけです。

しかし、この「国家貿易」は国と国との交渉です。国内の事情で毎年のように変えたり、急に減らしたりすることは、相手国がいる限りそう簡単には行えません。

穀物が中国などに買い負けてしまっているような状況を踏まえると、同じような問題が起こることもありえます。

意見が割れる酪農家たち

著者は多くの酪農家とSNSでつながっていますが、最近では、毎日のように酪農家たちがこのような議論をしています。

テレビや新聞などでこの問題が取り上げられるたび、「北海道の酪農家VS都府県の酪農家」や「大規模酪農家VS小規模酪農家」と意見が二分されることも少なくありません。

酪農を維持するため、牛乳の価格を維持するために「消費者に酪農の厳しい状況を理解してもらいたい」という声もありますが、ミルクスタンドを経営している筆者としては、それはなかなか難しいなと思っています。

穀物や燃料の高騰を考えると、このままの価格の維持は厳しく、値段が上がらざるを得ないと思うからです。

これまで多額の税金による補助金で、牛乳や乳製品の価格が抑えられてきました。

しかし、牛乳や乳製品の価格を維持するために、さらなる税での補助には疑問があります。牛乳を飲んでいない人が多い現状を考えると、その人たちの負担が増えるのは違うと思うからです。

酪農以外でも厳しい業界があり、いまや豆乳や代替ミルクを選ぶ人も増え、牛乳以外でも栄養がとれます。

そのような中で、酪農家の支援の必要性だけを声高に叫びすぎると、消費者が置いてけぼりになり、さらなる牛乳離れにもつながりかねないのではないでしょうか。

多くの酪農家が危機に陥っているなか、短期的には経営支援は必要かもしれません。

ただし、中長期的には、距離が離れていく消費者と生産者側が対話していく機会を増やしていくことが必要だと思います。

業界の仕組みだけに頼らない、それぞれの酪農スタイルを作って実践していく人が増え、酪農家自身が積極的に消費者とのコミュニケーションを生み、より良い環境が構築されればいいなと願っています。

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