IT・科学
「スマホが新聞を殺した」は本当? 部数が減ったわけを考える
事態は70年前から始まっていた
新聞の部数が減っています。「スマートフォンとインターネットのせいだ」という説明をよく見ます。本当なのでしょうか。
(朝日新聞ポッドキャスト・神田大介)
紙の新聞は、どんどん売れなくなっています。
日本新聞協会によると、新聞の発行部数はこの5年で1128万部も減りました。
2022年10月現在、計3084万6631部(前年比218万部減)です。
最も多かった1997年(5376万部)に比べ、25年で4割以上も減っています。
なぜこんなに減ったのか。
ネット上には様々な分析がありますが、「みんながスマホでネットから情報を得るようになり、新聞と置き換わった」という主張でだいたい一致します。
でも、この説明はちょっと怪しくないかなと、私は思っているんです。
以下、ネットからの引用です。長くなりますが、詳しく知りたい方はどうぞ。
最初に指摘したいのは、新聞の部数の減り方とスマホの普及は特に一致していないということです。
スマホが勢いよく保有率を伸ばしている2012年や13年、新聞の部数は前後の年に比べ、あまり減っていません。
ちなみに外岡氏は新聞の部数が「急落したのは11年から18年にかけて」と書いていますが、むしろこの時期は下げ止まる傾向にあります。
古田氏の指摘するように「新聞の部数が明確に右肩下がりになったのは2008年ごろ」でもありません。2005年です。
考えてみると。
「念願のスマホを手に入れたぞ、新聞の購読はやめよう」となるんでしょうか。
iPhoneが発売された2008年、さっそく手に入れたのはアンテナの高い若者たちが多かったようです。
当時の写真を見ても、並んでいるのは若い人が中心です。さてどれほどの影響が新聞の部数にあったのかな、という感じがします。
NHKの「国民生活時間調査」(あとで詳しく説明します)を見ると、2010年の段階で「平日に新聞を読んでいる人」は20代で14%、30代で24%。
60代の67%に比べるとかなり低い数字でした。
なお、ネットの利用率と新聞の部数にも関連は見られません。
日本でインターネットが普及したのは1997年から2003年ごろ。この時期、新聞は部数をあまり下げず、踏んばっています。
先ほど引用した磯山友幸氏の記事には、こんな記述があります。
「新聞部数の減少率」もグラフにしてみます。
減少率は2008年以降、急速に拡大はしていません。
2014年だけ高いものの、それ以外の2008~2017年はずっと1~2%台です。
むしろ2014年に何か特別なことがあったのではないかと考えるのが自然です。
それと、2018年の急激な変化は何なんでしょうか。
別の補助線を引くこともできます。新聞代の値上げです。
2014年は、消費税率が5%から8%に上がった年。
これにあわせて、税率が上がった分の値上げが全国の新聞で行われました。
その前は1997年。3%が5%になり、やはり新聞代も値上げしています。
ピークだった新聞部数が下落傾向に転じた年です。
2018年の前後も、値上げが相次いだ時期です。
2017年:日経、熊本日日
2019年:読売、茨城、山陰中央新報、西日本、北日本、福井、信濃毎日、新潟日報
2020年:朝日、毎日、産経、山形、大分合同、中国、山陽、徳島、静岡、岐阜、中日、北海道
などで新聞代の値上げがありました。
これを書いている2023年の日本は、物価の上昇が大問題です。
買うのを控えたりやめたりしている人、多いのでは。
値上げは、これまで買っていたものを見直すきっかけとしては、かなり納得感が高くないでしょうか。
なお、消費税率は2019年10月に、8%から10%へ引き上げられました。
ですが、新聞への税率は8%のまま維持されています。
2015年12月に方針が決まりました。
このほかに軽減税率が適用されたのは「酒類・外食を除く飲食料品」だけです。
新聞の税率が上がっていたら、さらに購読者は減っていたかもしれません。
消費増税分に加えてさらに値上げをするのは難しかった可能性もあります。
そうなれば、新聞社の経営は厳しさを増していたでしょう。
新聞への軽減税率適用については、私も思うところがあります。
ですが、本稿の趣旨とは離れるうえに長くなるので、ここでは割愛します。
値上げで説明ができるのは、短期的な影響だけです。
では、長期に渡って新聞の部数が下がり続けているのはなぜでしょうか。
もう一つ、別の視点を足してみます。世代です。
新聞が衰えたのは、ネットに取って代わられたからではなく、世代が代わったからだと指摘している論文があります。
2010年に書かれた「マスメディアのライフサイクル分析」(福井誠氏・加藤優希氏、流通科学大学論集-経済・経営情報編-第19巻第1号)で、こんな書き出しで始まります。
この論文は、NHKが5年に1回行っている「国民生活時間調査」をもとにしています。
1日24時間を15分ずつ96マスに分け、それぞれの時間について、主に何をしていたのかをたくさんの人から調べたものです。寝ていれば「睡眠」、テレビを見ていたら「テレビ」となります。
1日のうちに1マスでも書いてあれば「行為者」となります。
「新聞」というマスがあれば「新聞行為者」で、1日に少なくとも15分は新聞を読んでいたということです。
論文は書かれた時期が少し古いので、データを調べ直してみました。
年齢が高くなるほど、新聞は読まれています。
たとえば2015年の調査結果をみると、20代は5.5%、30代は11.2%と1割前後です。
これが40代になると22.3%に伸び、50代では38.9%、60代では54.7%まで増えます。
昔は若者も新聞を読んでいたが、だんだん読まなくなっていったこともわかります。
1975年の調査では、20代の32.1%が新聞を読んでいました。85年は41.0%です。ところが、95年は32.1%、2005年は18.3%で、2015年にはついに5.5%にまで落ち込んでしまいます。
では、人は年を取ると新聞を読むようになるのか。
脂っこい焼き肉は食べなくなり、さっぱりしたおひたしを好むような変化はあるか。
そうではないようです。
(上のグラフで1975年調査と1995年調査の線が重なっていますが、これは数値がたまたま似ているだけです)
たとえば、1995年の調査で20代だった人たちの新聞行為者率は「32.1%」です。
10年後の2005年調査では、この人たちは30代になっています。行為者率は「28.9%」です。
さらに10年後、彼らは40代。2015年調査だと「22.3%」でした。
年を取っても新聞を読むようにはなっていません。むしろ減っています。
この傾向は、別の年代でみても同じです。
同じ世代の人たちは、だいたい同じくらいの割合で新聞を読み続けるのです。
調査の数字には幅がありますが、新聞行為者率を世代別にごくざっくり見ると、
昭和ヒトケタ(1925~34年)生まれ:7割
昭和10年代(1935~44年)生まれ:7割
昭和20年代(1945~54年)生まれ:6割
昭和30年代(1955~64年)生まれ:4~5割
昭和40年代(1965~74年)生まれ:3割
昭和50年代(1975~84年)生まれ:1~2割
昭和60年代生まれ以降:1割弱、限りなくゼロに近い
世代に共通する影響を世代効果(コーホート効果)と呼びます。
世代の影響があるかどうかを調べることは、コーホート分析と呼んでいます。
先ほどの論文「マスメディアのライフサイクル分析」は、メディアの接触率についてコーホート分析をしたものです。
詳しいことは論文を読んでもらいたいんですが、ここでは結論部分から抜粋します。
ざっくり言うと「若いころに新聞を読んでいなかった人は、年をとっても新聞を読まない。また、親が新聞を読んでいても子どもは読まない」ということです。
先ほどの年代別データをもういちど見てください。
新聞を読む人の割合は、昭和20年代生まれから減り始めています。この人たちはいま、68~78歳です。
少なくとも70年前くらいには、日本人のライフスタイルが変化し、新聞離れが始まっていたことを意味します。
2008年からだなんて、そんな話ではないのです。
これは一つの学説に過ぎませんが、きちんとした統計をもとに学術的に調べられ、論文として発表されています。
一定の信頼が置けるのではないでしょうか。
また、2008年の日本は、iPhone発売よりもっと大きな節目を迎えています。
人口が1億2808万人とピークに達し、減少に転じたのです。
寿命をまっとうして亡くなる方々は高齢者。新聞を読む割合の高かった世代です。
部数の減りが加速するのは当然のことでしょう。
では、70年前に何があったのか。
もうだいぶ長くなってしまったので、それについては稿を改めようと思います。
ただ、ライフスタイルの変化と言っても、ニュースや報道そのものが興味を持たれなくなった、というわけではなさそうです。
私はいま、朝日新聞ポッドキャスト(朝ポキ)という音声番組をつくっています。
ネットで聞けるラジオのようなものです。
リスナーさんは若く、39歳までで全体の65.4%を占めます。29歳までで46.2%です。
ポッドキャスト全体では39歳までで56.8%ですから、それよりさらに若い人たちに聞かれています。
内容は新聞記事とそう変わりません。
記者の取材内容は同じで、ただ書き言葉を話し言葉にしただけのこと。
複雑なこと、難解なこともそのまま話しています。
ポッドキャストはまだ若いメディア。
ワイヤレスイヤフォンを使いこなすような若者たちに支持されています。
ユーザーの母集団が若い、だから若い人たちに聞かれているということなのでしょう。
そして、メディアにはコーホート効果があるという学説に従えば。
彼らはきっと、年を取ってもポッドキャストを聞き続けます。
音声で報道と言えばラジオ局という大先輩がいるのに、新聞社がポッドキャストに力を注いでいるのは、そんな理由からです。
朝ポキの基幹番組「ニュースの現場から」は、このほど配信1000回を数えました。
これを記念して、過去の番組をダイジェストで振り返っています。
私たちがポッドキャストでいったい何をしているのか、まずはここから聞いてみてください。withnewsの水野梓編集長も出演しています。
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