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白菜→「ハクサイヌ」に!偏食の子もニッコリ「おやさい妖精」の魔力
推し活促して目指す〝優しい世界〟
「ハクサイヌ」「ブロッコリス」「にゃんにく」――。これらの名前、何だか分かりますか? 実は今、アジア各国で支持を集めている、日本発のキャラクターたち。その名も、野菜と動物をかけ合わせた「おやさい妖精」です。モデルとなった存在の造形的特徴を捉えつつ、可愛らしくデフォルメしたデザインが、国境や年齢を問わず愛されています。「野菜嫌いの解消と、生き物への優しさを持つきっかけにして欲しい」。生みの親であるイラストレーターに、胸に秘めた思いについて聞きました。(withnews編集部・神戸郁人)
短く真っ白な足に、なだらかな背中。ひらひらとした黄緑色の葉の中からのぞく、つぶらな瞳が愛らしい顔……。柔らかいタッチで描かれた、白菜と犬が合体した姿の「ハクサイヌ」は、何ともキュートなおやさい妖精です。
人間の子供「サイちゃん」と信頼関係で結ばれている、ハクサイヌ。サイちゃんの両足の間に体を挟み込ませ、ほっぺたを手でこね上げる動作「ブニュー」を要求する、という設定もいとおしさを際立たせます。
他にもブロッコリーとリスを組み合わせた「ブロッコリス」、にんにくと猫が一体化した「にゃんにく」など、たくさんの仲間がいます。その数、実に約150体。どれもダジャレで構成された、ユーモラスな名前を持つものばかりです。
おやさい妖精のイラストは2019年、ツイッター上で公開が始まりました。動物が妖精となり、自分に優しくしてくれた人間に恩返しする内容の一枚絵です。不思議な力で新鮮な野菜を生み出し、調理用に届けてくれるといった描写も登場します。
新作が投稿されるたび、育児中の親を中心に、じわじわと人気が高まっていきました。「野菜嫌いの子が、おやさい妖精を気に入った結果、ピーマンやナスを食べ出した」。SNS上では、いつしかそんな声まで飛び交うようになりました。
口コミで広がった評判は、やがて企業関係者の元にも届きました。クレーンゲーム向けのぬいぐるみが作られ、全国各地のゲームセンターに展開するなど、今や多方面でグッズ化されています。
「子供でも分かりやすくて、野菜について楽しく知るきっかけになる。そんなキャラがいたら良いなと思い、手がけました」。おやさい妖精の作者で、イラストレーター・ぽん吉さん(ツイッター・@PonkichiM)が、制作の意図を語ります。
かつては企業から依頼を受け、スマートフォン用ゲームやトレーディングカードの挿絵を描いていたという、ぽん吉さん。戦国武将を始め、いかめしい外観の人物画を担当することが多く、元来の画風は現在のものとかけ離れていたそうです。
もっと可愛く、自らの代表作と呼べるようなIP(Intellectual Property=知的財産)を生み出したい。そんな感情を抱き始めた頃に、ヒントとなったのが、過去に家業の花卉(かき)栽培を手伝った経験です。
「元々、実家でかすみ草やスターチスなどの花を育てながら、イラストレーターとして経験を積んでいたんです。農協とも付き合いがあったため、野菜の育て方といった知識も、自然と身についていきました」
「キャラを生み出す上で、自分の幼少期を振り返ってみました。周囲には、野菜を嫌悪する友人たちが少なくなかった。せっかく栄養豊富なのに、食べてもらえないのはもったいない。何とかできないか、という気持ちが湧き上がってきました」
思い出したのが、青春時代に夢中で遊んだ人気RPGです。大人になってなお、作中の魔法の名称や効果をそらんじることができる。野菜の種類や滋養も、子供のうちにゲーム感覚で学べたらいい――。そう考えたのです。
そして思案の末に誕生したのが、おやさい妖精たちでした。他の仕事を全て断り、生活費捻出のため食費も切り詰めつつ、ツイッター上で毎週1枚イラストを更新。キャラの着想を得た野菜に関する食べ方などの豆知識も、併せて発信しています。
エリンギには食物繊維や、免疫力を向上させる効能があり、塩分を排出し体内の水分バランスを保ち、高血圧の予防やむくみの対策にもなるカリウムを豊富に含んでいます。カリウムは水に溶け出る性質があるため、煮汁ごとスープなどにすればムダなく摂ることができますよ。 pic.twitter.com/C4BGCufsfN
— ぽん吉🌱おやさい妖精さん (@PonkichiM) February 6, 2022
ぽん吉さんによると、設定の考案上、親しみやすさの演出に心を砕いてきました。たとえばおやさい妖精たちには、「人間に助けられた」「全ての子供の味方」という共通の背景があります。野菜に前向きな印象を持ってもらうのが狙いです。
キャラの意匠面に関しても、試行錯誤を重ねたといいます。丸っこさを基調としたコミカルな造形が大半ですが、写実性が高いものも少なくありません。代表例が、2019年11月にツイートした、スイカとイカのキャラ「スイカ」です。
スイカの胴体に連なるイカの頭から、長い足がうねうねと伸びるさまは、他の妖精たちと一線を画します。「クリーチャー感が強いですよね。モチーフについて正しく伝わるか不安で、胴体部分に『スイカ』の文字を入れてしまいました(笑)」。
もっとも、実際には「怪獣っぽさが逆に可愛い」などとつぶやくファンも多かったそうです。こうした率直な意見と向き合い、必要に応じてデザインの方向性を修正。より広く受け入れられやすい見た目とすることを心がけてきたといいます。
客観的な評価にこだわるのには、野菜のイメージアップに加えて、もう一つ理由があります。子供たち向けに、生き物への慈しみを育む契機をつくるという、道徳的な目標です。これには、ぽん吉さんの実体験が影響していました。
「幼い頃、虫や動物に対して、虐待とも言うべき行為を繰り返す友人がいました。現場を目撃したときの衝撃は忘れられません。一方でもしかしたら、他の生き物にうまく感情移入できていなかったのかもしれない、とも思っています」
「おやさい妖精たちは、人間に恩義を感じています。推しキャラが増えれば『大好きな妖精はもちろん、元となった動物にも優しくしよう』と考えてもらいやすくなるでしょう。その可能性を高めるため、親近感はとても重視しているんです」
ぽん吉さんの願いは、予想外の反響をもってかなえられました。「おやさい妖精が親子の交流を深めてくれた」「我が子が推し妖精のモチーフである野菜に興味を示し、食べず嫌いだった品種も口にできた」。そんな感想が続々と上がったのです。
人気はうなぎ登りとなり、カプセルトイ化も実現し、これまでに累計100万個超が売れました。教育的効果を見込み、49種類の妖精と野菜を紹介する書籍『おやさい妖精とまなぶ野菜の知識図鑑』(二見書房)も、2021年に刊行されています。
さらに最近、アジア各国の市場で地歩を固めつつあります。特に昨年来、認知度を高めているのが中国です。同国の北京銀行が発行するキャッシュカードに、おやさい妖精のキャラがあしらわれるといった形で、様々なコラボ企画が進んでいます。
「一目見てコンセプトが伝わる、万国共通のビジュアルが受け入れられたのでしょう。動物も野菜も世界中に存在しますから。ここ2~3カ月は、権利関係の処理作業に追われており、イラストの更新頻度が月1回程度になっています」とぽん吉さん。
しかし、原点は忘れていません。いわく、イラストの投稿を始めた4年前と同じ生活水準を、今も保っているそうです。理由を尋ねると、こんな答えが返ってきました。
「おやさい妖精には、『日常の小さな幸せを見直して欲しい』というメッセージも込めています。その原体験は、キャラを育てるのに、2年ほどの無収入期間を経たことです。当たり前の食や暮らしが、どれほど得がたいものか実感しました」
「子供と同じ目線に立つために、彼ら・彼女らが経験する以上の刺激を求めないようにしています。お金を稼ぐことばかりに幸せを見いだしてしまうと、ひねくれた作風にもなりかねません。従来の価値観を維持するのは大切だと思っています」
国籍や年齢の壁を飛び越えて、野菜と命の尊さを伝え続ける、おやさい妖精。「いずれ子供たちに愛される大きな作品に成長させたい」と意気込むぽん吉さんの思いが、どこまで拡散するのか。引き続き、目が離せなさそうです。
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2023年2月~3月にかけて、おやさい妖精のコンセプトカフェ「おやさい妖精さんKitchen」が東京・原宿と神戸・三宮で開かれます。詳細はこちら(外部リンク)
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