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「遠吠えしている方々へ」オオカミ飼育員が知らせたかった衝撃の事実
「残念過ぎる」「まるで人間社会」
「遠吠えをしている方へ」。天王寺動物園(大阪市)のオオカミ舎の前に、飼育員が貼り出した衝撃の〝お知らせ〟が、「残念過ぎる」と話題になっています。飼育員に真意を聞きました。
お知らせは「遠吠えしている方々へ」で始まります。
《オオカミの前で鳴き真似をする方が多いですが、仲間の声ではないとバレています》
2頭のオオカミが遠吠えする写真が添えられた貼り紙。さらに、衝撃の内容は続きます。
《群れメンバーの声は覚えていますし、格下には返事をしないこともあります。》
この投稿には、「格下ッ!?」「上司にあいさつしても無視する会社と似てますかね」「関西人の前でエセ関西弁を話す人、みたいな空気になりそう」などと反響が寄せられ、6万超のいいねがつきました。
残念なお知らせ。 pic.twitter.com/hQ3hKk695F
— あなぐま亭 夜あなぐま🌸 (@anagumatei_iz) January 19, 2023
投稿したのは、天王寺動物園の近くにある料理店「あなぐま亭」のスタッフ、泉谷洋平さんです。店名の由来でもある「ニホンアナグマ」が展示されたことをきっかけに天王寺動物園に親近感がわき、年間パスを買ってたびたび通ってきました。
この日も「推し」のアナグマや、他の動物たちの写真を撮影しながら、ふと目に留まった「チュウゴクオオカミ」の看板。「面白くて、何の気なしにツイートしてしまったのですが、まさかここまでの反響があると思いませんでした」
「天王寺動物園の魅力を知って頂けるきっかけになれば」と、続くツイートでは、「年間パスが2000円とお得、動物たちへのやさしさとユーモアの感じられる解説看板や注意書き、大阪が誇る身近で素敵な動物園」などと紹介しました。
話題になった看板の真意は何なのか。天王寺動物園に取材すると、オオカミ飼育担当者が裏話を聞かせてくれました。
肉食獣担当班の坪谷理紗さん(31)です。昨年4月にオオカミ係になり、今は7頭のチュウゴクオオカミを担当しています。
坪谷さんには、不思議に思うことがありました。
バックヤードで仕事をしていると、オオカミ展示場の方から「アオーン」と甲高い声がたびたびするのに気が付きました。
人間がマネする遠吠えは甲高く「アオーン」。でも、実際のオオカミの遠吠えは低く「オオーン」。さらには「ワォワォ」と短めの声を混ぜたり、「キューン」と甲高い声を出したりとバリエーションが豊かです。
「またヒトだな」。人間の「遠吠え」は、坪谷さんの耳でもすぐに分かります。
「なぜヒトはそんなに吠えるのだろう」
疑問が沸き、オオカミ展示場の前で吠えるお客さんの観察を始めました。
すると、遠吠えのマネをしたお客さんが「吠えないね」と話しているのを目撃しました。
「オオカミから返事がほしかったのか!」
それを知った坪谷さんは、「それなら、ほぼ100%返事が返ってくることはないと、先に知らせてあげなきゃ」と考えました。
昼間は、寝ているオオカミたち。その前で何度も何度も、遠吠えをする人間たち。
すでに「マネ」され慣れているオオカミでも、あまりしつこいと、顔を背けたり、起き上がって立ち去ることもあります。「お互いのために、早く真実を知った方がいい」
実は、前任のオオカミ担当者が、何度も練習して遠吠えをしても「全部無視された」というほど、難易度が高い遠吠えのマネ。坪谷さんにいたっては、「オオカミに恥ずかしいので」と自粛しています。
それはオオカミの遠吠えに込められた、複雑な事情を知っているからでした。
オオカミたちはパックと呼ばれる群れを作って暮らしています。「遠吠え」は、群れの縄張りを主張したり、遠くにいる仲間とコミュニケーションを取るため。
では、天王寺動物園にいるオオカミたちは何のために遠吠えするのでしょうか。
坪谷さんによると、春の繁殖シーズンの前に気持ちが高まり、遠吠えが激しくなるそうです。
また、「同じところに暮らしていても、コミュニケーションは取っています」。
天王寺動物園にいる7頭のオオカミは、同じ父母から生まれた子どもたちですが、群れの中で地位を上げるために、たびたび「ケンカ」が勃発します。
1対1のケンカだけではなく、1対複数になることもあり、標的になった1頭が大けがをしたことがあったため、今は、ケンカをしないオオカミ同士で檻を分けています。
「格下には返事をしない」という状況は、天王寺動物園でも起きていました。
例えば、群れのナンバー2の「メグ」が吠えだすと、みんなが大合唱になります。しかし、前の争いで標的になって敗れた1頭「モンモン」がどんなに遠吠えをしても、みんなに無視され、「独り言」で終わってしまうのです。
厳しいオオカミの世界。
でも坪谷さんは、「野生で見ればそれが効率的で、だからオオカミは生き残ってこられたんだと思います」と言います。
群れで狩りをして、結束して子育てをするオオカミ。地位争いであぶれてしまったオオカミは、そのまま死んでしまうか、ほかのオオカミとの接触を避けて息を潜めて生きると言います。
一方で、地位が上のもの同士のケンカが起きて降格するものがいると、「あぶれた」オオカミの順位が自然と上がることもあるのです。
さらに、「地位」は単純な〝腕っぷしの強さ〟だけで決まるわけではありません。
現在の天王寺動物園のボスである「メラ」は、前のボスで体が一回り大きい「ララ」に対抗するため、群れのほかの全頭を率いて戦い、勝ったと言います。
「メラはコミュニケーション能力の高さで、ボスになったんです」
複雑なオオカミ社会の象徴である、遠吠え。「人間の分からないやり取りがあるのだと思うと面白いですよね」
坪谷さんは、「遠吠え」に興味を持ってくれたお客さんが、本当の遠吠えを体感できるように、YouTubeでオオカミたちの「大合唱」の動画をアップしています。
大合唱は、通常、開園直後に展示場に出てきた時に起きることが多いと言います。生で見たい方は朝イチを狙ってください、とのこと。
繁殖期に向かい、これからの季節だんだんと「気持ち」が高ぶり、遠吠えも増えるそうです。
「動物たちへの好奇心は消さず、ぜひ動物たちの気持ちを考えて見ていただければと思います」
オオカミたちが昼間、寝ているときはぜひ、お静かに。そのマネ、バレていますよ。
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