連載
#13 親子でつくるミルクスタンド
無殺菌でも販売できる「特別牛乳」とは? 国内4牧場だけが許可
ジャージー牛からつくる福岡の牧場を訪ねると…
「特別牛乳」を知っていますか? 無殺菌でも販売できるという、厳しい国の基準を満たした牛乳をそう呼び、日本で4件しかありません。一般の牛乳と製造方法はどう違うのでしょうか? 特別牛乳を、さらに希少なジャージー牛のミルクでつくる日本で唯一の牧場を訪ねました。(木村充慶)
みなさんが普段よく飲んでいる牛乳は、牛から搾った「生乳」を加熱殺菌したものです。
一般的には、だいたい120~130度、1,2秒程度で「超高温殺菌」されているものが多いです。
生乳本来の風味を大切にしていて「おいしい」とよく取り上げられる「低温殺菌」は、63~65度で30分以上加熱されています。高温殺菌に比べてたんぱく質の変質が少ないのが特徴です。
一方で、厳しい国の基準を満たした「特別牛乳」は、「生乳」をそのまま販売してもよいという驚きの牛乳なのです。
牛乳などの乳製品の成分規格や製造、保存方法などを取り決めている「乳及び乳製品の成分規格等に関する省令」(略して「乳等省令」)では、以下のように定められています。
まず、通常の牛乳とは成分が異なります。牛乳の濃さや甘さに関係する「無脂乳固形分」「乳脂肪」が、通常の牛乳より高く設定されています。
製造方法も、「許可を受けた施設で搾乳」することと記されています。
殺菌についても「殺菌する場合は」と書かれています。つまり、殺菌せずに販売しても良いのです。
通常の牛乳では、搾乳についての記載はありません。
一般的に、牧場で搾乳した生乳は、「バルククーラー」と呼ばれるタンクで冷蔵保存します。それを「集乳車」と呼ばれるタンクローリーが回収に来ます。
集乳車は色々な牧場を周り、混ぜられた生乳が乳業メーカーの製造工場に運ばれます。その後、工場で検査をした上で加熱殺菌され、牛乳ができます。
つまり通常の牛乳では、製造するのは乳業メーカー。そのため、牧場で行われる搾乳についての記載はないのです。
一方で、生乳をそのまま製品にできる特別牛乳は、搾乳と製造がセットです。
牧場で搾乳された、搾りたての生乳は牧場にある工場ですぐに製造されます。
搾乳からパックに詰められるまで外気に触れさせないことで、菌が入りづらい衛生管理が可能となります。
国のデータによると、2020年度では全国4カ所の牧場で「特別牛乳」が許可を受けています。
なかでも無殺菌の特別牛乳は北海道・中札内にある「想いやりファーム」のみです。
神奈川の「雪印こどもの国牧場」、京都の「クローバー牧場」、福岡の「白木牧場」も殺菌した特別牛乳を製造しています。ただし、乳等省令には低温殺菌しか記載されておらず、一般的な牛乳の「超高温殺菌」でつくられたものはありません。
現在は乳等省令が一部改正され、牛舎についての規定などは減ったそうです。
当時は、乳牛は1頭1頭を分けて管理するために「つなぎ飼い」するといった厳しい規定があったと言いますが、現在はなくなりました。
そのため、放牧した牛のミルクでつくるなど、特別牛乳でも個性が出せるようになりました。
急勾配の砂利道を車でしばらく上がっていくと、山の頂上付近に牧場がありました。
牧場主の大田竜司さんは、「もともとは特別牛乳を目指してはいなかった」と言います。
15年前、父親から牧場の一部を譲り受けて牧場経営を始めた大田さん。
一般的な牧場では、牛舎の中で牛の首をつないで育てる「つなぎ飼い」ですが、白木牧場では牛舎の裏に放牧地を設け、牛たちが外でゆっくりできるようにしています。
「牛のストレスをなるべく減らして健康に育てたかったんです」
それまでに全国の様々な牧場を視察した大田さんは「頭数を増やさず、家族で無理なくやっていきたい」と感じたそうです。
少数でもこだわりの牛乳を自分たちで販売しようと、牧場には牛乳の製造工場も作ることにしました。飼う牛も、その乳が濃くて甘いと言われるジャージー牛にしました。
さらに調べてみると、計画していた製造工場の設備なら、特別牛乳を作れるのではないかと考えたという大田さん。
「当時は今より基準が厳しかったのですが、保健所と何度も話し合いました」
牛舎の衛生管理や、糞尿を落とす溝の位置など、以前は厳しい指定があったそうです。
ジャージー牛は一般的な白黒の乳牛「ホルスタイン」より体型が小さいので、設計が大変だったといいます。
白木牧場では、搾乳舎と製造スペースは同じ建物です。
搾乳からパッケージに詰められるまで外気に触れないようにと指導があったので、搾乳した生乳が保管タンクから製造スペースと、すべて一つのパイプで繋がっています。
厳しい基準のため、何度も設計を変更し、最終的に許可が下りるまで5年かかりました。
そうして、九州で唯一、全国で唯一のジャージー牛の特別牛乳が生まれました。
殺菌しなくても販売できる特別牛乳ですが、大田さんは「無殺菌だと賞味期限が短くなる。長く美味しく飲んでもらうために低温殺菌することにしました」と話します。
白木牧場のWebサイトでは特別牛乳について以下のように伝えています。
「『搾りたての牛乳を加熱殺菌処理しなくても安心・安全にそのまま飲める』と国の認証を受けた無殺菌牛乳または低温殺菌牛乳のことを『特別牛乳』といいます。」
さて、その特別牛乳は一体どんな味なのでしょうか。
実際に飲んでみると、ものすごく濃厚なのに、後味がスッキリ。いわゆる牛乳臭さが全くなく、鼻に抜ける香りもさわやかです。
製造や販売を担当する大田さんの妻・晴美さんは「特別牛乳って何が特別なんですか?」とよく質問されるといいます。
「私たちがつけたネーミングだと勘違いされている人も多いです。ものすごく厳しい国の基準を満たした希少な牛乳が『特別牛乳』だということがまだまだ伝わっていません」
搾りたて、そのままの味をなるべく残そうと努力して製造しているのが「特別牛乳」なのだと思います。
白木牧場の牛乳の販売は福岡のスーパーなどが中心ですが、現在はECサイトでも購入できます。ぜひ、特別牛乳を探してぜひ飲んでみてください。
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