連載
#12 親子でつくるミルクスタンド
青い海、ジャージー牛…まるで海外ゲストハウス? 沖縄の多様な牧場
暑い地域では育てづらいとされている乳牛。沖縄の牧場ではどうしているのでしょうか? 実際に訪ねると、沖縄らしい多様性に富んだ牧場や、離島ならではの挑戦がみえてきました。(木村充慶)
都内でミルクスタンドを運営し、各地の牧場を訪ねている筆者は、以前から沖縄の放牧の牧場を訪れてみたいと考えていました。念願叶って、11月末から12月頭にかけて沖縄本島、宮古島、石垣島を訪れました。
日本の酪農は、一般的な白黒柄の「ホルスタイン牛」が過ごしやすい気候の北海道で盛んです。
沖縄は温暖な気候で、特に夏は、暑さに弱い乳牛を放牧で育てるのは大変です。ただし、冬はそれほど寒くならないので、餌である草が年中生え、放牧させられるという利点もあります。
通年で放牧できるので、牛乳も一年を通して味が安定するとも言われています。
放牧をしている沖縄の牧場では、「ジャージー牛」という品種の牛をよく見かけました。
ホルスタイン牛は、寒い地域が原産で暑さに弱いのですが、ジャージー牛は暑さに強い特性があります。
とはいえ、ホルスタイン牛が30リットルくらい乳量を出すのに対して、ジャージー牛は半分の15リットル。
生産効率が低く、全国的には1%未満しかいない希少なジャージー牛ですが、その生乳は、脂肪分がホルスタイン牛の生乳より高く、濃くて甘いのが特徴です。
小ぶりで、かわいらしい顔は、訪れるお客さんにも可愛がってもらいやすい特徴があります。
島内のスーパーでヨーグルトやチーズを販売している石垣島西部の「まぁじゅんのジャージー牧場」でも、ジャージー牛を飼っています。
売り場との近さを生かして、お客さんの来場を積極的に受け入れている「まぁじゅんのジャージー牧場」の田中英信さんは「生産地の牧場にぜひ足を運んでほしい」と語ります。
生産地と消費者を結ぶハブになるのが、このジャージー牛なのかもしれません。
石垣島にはもう1ヶ所ジャージー牛の牧場があります。北東部にある「石垣島ミルククラウン」です。
牧場前にはキッチンカーがあります。目の前の牧場にいる牛から搾られた生乳を使った牛乳やヨーグルト、ソフトクリームが提供されます。
20年以上前に関東から移住した牧場主の小山内まさよさんは、オス牛も淘汰せずに愛情をもって育て続けています。
海が見える絶景の牧場の中でのびのび過ごす牛たちは人懐っこく、こちらに寄ってきます。
牛の可愛さを噛みしめながら、「おいしさはここから来たのか」と実感できます。
沖縄県の資料によると、1985年(昭和60年)には212戸あった牧場が2021年(令和3年)には61戸に激減。頭数も半分以下になっています。
統計上は牧場数が減っている沖縄ですが、各地で新たな挑戦が始まっています。
沖縄北部の自然豊かな「やんばる」地域では、160ヘクタールにも及ぶ広大な土地を持つ農園が、4年前から放牧酪農を始めたとも聞いて、お邪魔しました。
名護にある「INAHO FARM」です。熱帯雨林のような木や草で覆われた山の中で、ジャージー牛10頭を飼っています。
現在ではまだ6ヘクタール程度しか使っていないようですが、ゆっくりと放牧地を広げていると牧場を運営する佐藤貴之さんは言います。
今年10月には設備が整い、ようやく搾乳ができるようになりました。来年には搾乳した生乳を使ったソフトクリームなどを販売しようと考えています。
また、数年前に最後の牧場がなくなった宮古島では、農家だった石川さん夫婦が、本州で修行をした後に酪農を始めました。
島内の小学校給食で出される牛乳は九州から運ばれていますが、悪天候時には貨物船が欠航し、牛乳が届かなくなることも多いそうです。
石川さんは昨年、ジャージー牛を導入。来年には出産するため、乳製品を出す予定だそうです。
沖縄本島北部の大宜味にある「きゆな牧場」は、筆者のような本土の人が感じる「沖縄らしさ」に富んだ牧場でした。
暑い昼間は、牛舎で過ごす牛たち。オーガニックな草を中心に餌を与え、夜の搾乳を終えた後に放牧するそうです。牛は、牧草を食べたり、寝たり、自由にしています。
飼っている品種はホルスタインやジャージー、そしてホルスタインとジャージーのミックスなど様々な品種がいます。
実はこの牧場では、牛だけでなく、豚、鳥、犬、亀と、様々な生き物が共存しています。
人間も多種多様。家族や外国人の研修生、外国人ボランティアなど色々な人が作業にあたります。
元々、牧場主の喜友名慶子さんの夫・朝秀さんがアメリカの養豚場で研修していたこともあり、みんな英語がペラペラです。ボブ・ディランなど陽気な洋楽が流れる牛舎の中では、英語と日本語が交互に飛び交い、楽しそうに作業しています。
驚いたのは、作業の合間に外国人カップルがキスしていたこと。
その光景にびっくりした著者でしたが、慶子さんは「ヒューヒュー」と声をかけてあおっていました。牛舎の中とは思えない明るい空気が流れていました。
自由な空気を感じる「きゆな牧場」には、アートが至る所に描かれていることも印象的でした。
一般的に「牛舎」というと、暗くて汚れている印象があります。
しかし、牛舎の壁やコンクリート塀、サイロの煙突など至る所に絵が描かれています。
事務所にも、絵やおしゃれな張り紙が貼られていて、憩いの場になっていました。
牧場にいるというより、まるで海外のゲストハウスにいる感覚。多様性と自由の雰囲気にあふれ、滞在しているだけで楽しくなりました。
一般的な牧場では、外部との関わりはそこまで多くありません。
だからこそカフェや牧場解放のイベントなどを積極的に行う人たちも増えてきています。
日本全国100カ所以上の牧場を訪問してきましたが、ここまで自由で多種多様で明るい牧場は見たことがありませんでした。
酪農業界は経営など厳しい面がクローズアップされています。
そんななかで、牧場に興味を持ったり、牛乳を好きになったりしてもらうには、「きゆな牧場」のように多様性を持ち、オープンマインドでいることが大切なのではないかと思いました。
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