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〝おじさん構文〟辞書編纂者の手厳しい解説…「今年の新語」が面白い
「メタバース」にも通じる意外な欲求
年の瀬が押し迫った今、一年の流行語を決め、世相を振り返る取り組みが各所で行われています。辞書出版大手・三省堂が主催し、国語辞書編纂(へんさん)者たちが選考委員を務めたものも、その一つです。よく見聞きしたようで、意外と奥深い新出語の世界。言葉のプロたちは、どう解説したのか? 結果発表会に参加した記者が、会場で感じたことをまとめました。(withnews編集部・神戸郁人)
11月30日夜。イルミネーションが並木道を照らす東京・渋谷の一角で、「辞書を編む人が選ぶ 今年の新語 2022」結果発表会が開かれました。年間を通して見聞きしたと思われる言葉を公募し、計673語の中から、トップ10を選出する趣旨です。
三省堂の国語辞書づくりに関わる編纂者・編集者4人が登壇。侃々諤々(かんかんがくがく)の議論の末に選び抜いたという言葉について、それぞれの思いを語りました。早速ですが、まずはランキングをご覧ください。
どれも、まさしく今風といったところでしょうか。
たとえば大賞に輝いた「タイパ」は、「タイムパフォーマンス(時間効率)」の省略形です。2020年代に広まり、各種報道で用いられるように。映像の「倍速視聴」を始め、短時間で最大の効果を追求する行為と結びつく場合が多いと言えます。
この語彙(ごい)について興味深い見解を披露したのが、「三省堂現代新国語辞典」編集委員の小野正弘さんです。
「タイパ」と略せるのは、費用対効果を意味する言葉「コスパ(コストパフォーマンス)」が一般化し、想起を助けるから。それに「タイパフォ」だと長すぎる。3文字で豊かな意味を簡潔に表す〝アクロバティックさ〟が面白い……と言います。
解説を聞きつつ、記者の頭の中に浮かんだのが「サ終」という言葉でした。「サービス終了」を短縮した表現で、スマホアプリの提供終了時などに用いられます。
記者自身も、お気に入りのスマホゲームを突然楽しめなくなり、涙を飲んだことは数知れません。その都度「残念ながらサ終か……」と独りごちると、語感の軽さに、心が少し楽になった覚えがあります。
翻って、動画・音声メディアがあふれる現代で、効率よく情報を摂取できるかどうかは死活問題。流行りものへの感度が、コミュニケーションの質に影響するとされるからです。映画を作者に無断で短く編集し、ネット上で違法公開する「ファスト映画」も問題化しています。
時間に追われ、情報の大海を上手に泳ぎつつ、対人関係にも気を配る。複雑さを極める「ムリゲー人生」の重みを和らげる作用が、「タイパ」には期待されているのかもしれません。
そして、とりわけ会場を沸かせたのが、2位にランクインした「構文」をめぐるやり取りです。
構文と聞いて、恐らく真っ先に思い起こされるのが「おじさん構文」ではないでしょうか。会場で公表された辞書風の語釈(解説)に、こんな説明がありました。
何とも手厳しい書きぶりです。上述の語釈によると、一般的な「構文」の意味は「文や句として成りたつように、単語などの要素を、文法的な決まりにしたがって、並べたもの」。一方で「おじさん構文」の場合、「文章のひとまとまりを、ある方式によって作り上げたもの」の一種とされています。
この点を踏まえて発言したのが、「三省堂国語辞典」編集委員の飯間浩明さんです。「構文」を用いる人々に関して、「表現をコスプレしているとみることもできるのではないか」と語りました。
ある文章を「おじさん構文」と判定する際、私たちは書き手をイメージします。そして誰がつづったかにかかわらず、「おじさんっぽさ」を醸す人物を主体と想定し、その人になりきって解釈するのです。別の例も交えつつ考えてみましょう。
映画「シン・ウルトラマン」に登場する宇宙人・メフィラス星人のセリフ「~、私の好きな言葉です」をまねした文体は、ネット上で「メフィラス構文」と呼ばれています。この構文を使うとき、誰もが「メフィラスらしさ」を意識するはずです。
「文章のひとまとまりを、ある方式によって作り上げ」る中で、いつの間にか自分が他者に成り代わっている――。いわば疑似的な〝憑依(ひょうい)〟体験を、カジュアルに面白がる習慣が、社会に広く浸透していると言えそうです。
こうした傾向は、「メタバース」が4位に入賞した点からも、見て取れるように思います。
メタバースとは、ネット上の仮想空間のことです。3次元グラフィックで構成され、利用者はアバター(分身)を使い、自由に動き回れます。新型コロナウイルス流行以降、会議やイベントをオンライン化する上で、一役買ってきました。
この機能にまつわる一本の記事が、今も筆者の胸に残っています。主人公は、自らの性別に違和感を覚えて苦しむ男性。やがてメタバースで女性Vtuberとして活動し始め、心が息を吹き返すまでの過程を紹介する内容です。
現実は、個人の意思に頼るだけでは解決できない、困難な課題にあふれています。性自認にまつわる悩みは最たるものでしょう。また情報化の進展で、「タイパ」流行が象徴する、時間的・精神的余裕が失われやすい状況も加速化するばかりです。
一方、発達したテクノロジーは、心理的な避難所としての「異質な人生」を提供可能にしました。「ここではないどこか」「私ではない誰か」を生きることで、本来の自分自身を受容する。メタバースは、その機会を生み出す技術でもあります。
趣は少々異なりますが、何者かの言葉を借りる「構文」と、どこか似通うところがないでしょうか。それはどちらも、自他の関係性を前提として、そのありようを見直すきっかけになりうるという点です。
「構文」を用いるとき、あるいはメタバースの時空に身を置くとき、私たちの自我が消え去るわけではありません。むしろ別のキャラクターの視点を通して、価値観や周囲の人々との結びつきを、客観的に顧みることになるでしょう。
ただ日々に流されるのではなく、いったん立ち止まり、足場の座標を確認したい。そして将来を見定め、自信を持って歩みを進めていきたい。現代人の胸中にこんこんと湧き出る、ポジティブな欲求の泉を、新語越しに垣間見た気がしました。
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