マンガ
オレも「いい人」になりたい“異形”書店員との交流描いた漫画に称賛
著者が驚いた予想外過ぎる読者の反応
もし書店に、人間ではない存在が就職したら――。そんな設定で描かれた創作漫画が、ツイッター上で注目を集めています。主人公を「わが子のように可愛い」と話す作者。そのキャラクターが生み出した、予想だにしなかった読者の反応。話題を呼んだ物語の背景を取材しました。(withnews編集部・神戸郁人)
街中にある、花宮書店。ある日、一人のアルバイト志望者が面接に来ていました。対応した岡店長は、何だか戸惑い気味です。
「白井ヴァンタです」。自己紹介したスーツ姿の志望者は、手足や首が異様に細長く、鼻と口がありません。さらに全身の皮膚が真っ黒。ぽっかりと空いた穴のような顔の中心に、長いまつげが生えた大きな両目が、らんらんと輝いています。
そう。ヴァンタは人間ではなく、研究所で生活している謎の生物だったのです。過去に客として花宮書店を訪れた際、店員が身につけていた猫柄のスタッフバッジに惹かれ、自分も使ってみたくて応募したのでした。
しかし、本音を言うのがしのびないヴァンタ。自分の見た目が怖がられてきた経験から、「本が好きな人たちは心が豊かだから、受け入れてもらえるんじゃないかな……」と思ったのだと、とっさに伝えます。
この一言に岡店長が感涙し、ヴァンタの採用が即決したのです。
勤務初日、ヴァンタは岡店長から、独自の社内用語の説明を受けます。「コーヒー=休憩」「パール=返品」。万引きを意味する「おすし」という単語もありました。
続いて、万引きしそうな人を「ゆのみ」、見張りを「わさび」と表すことを教わります。
「うちは防犯カメラがない」「見張ることで、万引き犯にさせない 正しい道に戻してあげるんだ」。岡店長の言葉に、胸を打たれるヴァンタ。その後、同僚の浜さんと共にレジに入り、接客を体験します。
「いい仕事だな」。たくさんのお客さんから、感謝の言葉をかけられる浜さんを見て、ヴァンタは心からそう思いました。しかし余韻を打ち消すようにして、岡店長の声が耳に入ってきます。「ちょっと『わさび』行ってくるね」
向かった先にいたのは、制服姿の男子学生3人組です。書籍を物色しているところを、真後ろから監視すると、たまらず退店していきました。
やがてシフト終了の時刻になり、ヴァンタに帰宅を促す岡店長と浜さん。「外、もう暗いから気をつけてね」「安全ベスト使う?」。心配する二人に、ヴァンタは涼しい顔でこう返答しました。「オレ、気分いいと飛べるんす。お先に失礼します」
しばらく経つと、例の学生3人組が再び店にやってきました。「今日こそはちゃんとやれよ」。どうやら1人が、他の2人に万引きを強要されそうになっているようです。「わさび行ってきます」。ヴァンタがおもむろに近づいていきます。
その姿に恐怖し、いじめっ子の2人が退散。残された男の子の顔を見ると、殴られたのか、ばんそうこうが貼られていました。彼は「悪いことしたら本の中の『悪い人』と同じになる」。本を盗もうとした件を謝り、涙しつつ悔しさを訴えます。
「気持ちわかる。オレも『いい人』になりたい」「正しいって思ったことしなよ。もしそれで正しい君が傷付けられそうになったら、オレがすっ飛んで行くから」。ヴァンタがそう語りかけると、男の子は小さくうなずきました。
そして同僚たちとの仲も深まった頃、ヴァンタは決定的瞬間に立ち会います。あの3人組が、書店の前で取っ組み合っていたのです。しかし今回は、男の子がいじめっ子たちに抵抗しています。罵倒される中、彼はこう告げました。
「お前らみたいな奴が本屋に来る資格なんてない!」「僕は『悪い人』にならないって、正しいことをするって決めたんだ! 殴りたかったら殴ってみろ!」「僕にはすっごく強くて すっごくいい人が 味方にいるんだ!」
なおも、男の子に殴りかかろうとするいじめっ子。振り上げた拳を、ヴァンタがつかみます。「オレの友達、いじめないで」。いじめっ子たちは「バケモン」と叫び、男の子を「弱いくせに情けねえやつ」とののしりました。
「君たちのいじめに耐えてきたあの子のどこが弱いのさ」「そんな子をいじめる君たちの方がよっぽどカッコ悪いなぁ」。そう言い返すヴァンタの身体が、少しずつ溶け出していきます。
何とヴァンタは、負の感情を激しく揺さぶられると、全身が液状化してしまう体質だったのです。
「心まで真っ黒になっちゃいそう」。強烈な威圧感に、いじめっ子たちは捨て台詞を吐きながら、一目散に逃げていきます。真っ黒な塊と化したヴァンタは、自らの身を案じる男の子に、気分が良くなる一言をかけて欲しいと頼みました。
「助けてくれてありがとう 君みたいな いい人がここにいてよかった」。そして満面の笑みを浮かべた男の子を見て、ヴァンタは言ったのです。
「……超飛べそうだ」
まず尋ねたのは、物語の舞台についてです。ヴァンタという登場人物を発案した後、コルクガシさんは地元の書店の前を通りかかりました。そこでアルバイト募集の貼り紙を偶然見つけ、「本屋で働かせたら楽しそうだ」と考えたといいます。
人間ではないヴァンタは、書店で様々なキャラクターたちと交流を重ねます。受け入れようとする人、拒絶したり距離を置いたりする人と、反応は十人十色です。こうした表現を通じて、対人関係の機微を描こうとしたと語りました。
「様々な理由で差別を受けていたとしても、優しい心さえ持っていれば、受け入れてくれる場所や人はいくらでもいる。私はそう思っています。そのことを、ヴァンタと周囲の人間とのやり取りを通じ、やんわり伝えられればいいなと考えました」
「ちなみに作中で、ヴァンタが液状化するシーンが出てきます。気分が良いと空を飛ぶ。じゃあ気分が悪いとどうなるの? そう考えたとき、モヤモヤ・ドロドロとした気持ちが、そのまま身体に出たら面白いと感じ、設定として採り入れました」
取材中、コルクガシさんが強調したのが、ヴァンタに対する深い愛情です。
「映画が大好きで、『ノートルダムの鐘』『シザーハンズ』などの作品をよく観てきました。奇抜な外見の人物が出てくると、驚いた後、しぐさや表情が段々可愛く見えてくることがありますよね。ヴァンタにもそれに近い感情を抱いています」
「自分で作ったキャラをわが子のように思っている」と言うコルクガシさんは、ヴァンタの魅力を、他のどんな要素よりも強く打ち出したかったと振り返ります。
一方、今回の漫画をジェンダーや人種差別、いじめといったテーマと結びつけて解釈する読者も少なくありません。
コルクガシさんは全くの予想外であると驚きつつ、「そんな見方や感じ方をしてくれるなんて、ありがたい」「皆さんそれぞれの捉え方を大切にして欲しい」と感謝しました。そして、次のようにも話しています。
「これまで支えてくれた方々には、感謝の気持ちでいっぱいです。新たにフォローとコメントをくださった方々へ。ヴァンタを見つけてくださりありがとうございます。今後もたくさん漫画を描いていきたいので、見守って頂ければ幸いです」
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