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神戸駅前「毒キノコ」大量発生の謎 取材後に体験した「見事なオチ」

掲載不可かと思いきや…機転が救いに

神戸市の都心部に突如出現した、大きな笠のような見た目の毒キノコ。発生の背景を取材した記者が、事の一部始終についてつづります。
神戸市の都心部に突如出現した、大きな笠のような見た目の毒キノコ。発生の背景を取材した記者が、事の一部始終についてつづります。 出典: 黒田早織撮影

目次

関西地方の主要駅の一つ・JR神戸駅付近に、大量の毒キノコが生えている――。記者(27)はある日、そんなつぶやきをツイッター上で見かけました。人通りが多い都心に、一体なぜ? 深まる謎に、いてもたってもいられなくなり、その理由を取材してみることにしたのですが……。待っていたのは、予想外の結末でした。(朝日新聞神戸総局・黒田早織)

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都心の芝生にひしめくキノコ

 JR神戸駅前で巨大な毒キノコが生えているらしい――。

 10月上旬、私はツイッター上でたまたまそんなつぶやきを見つけました。時々利用する駅なのに気が付かなかったなんて、記者として悔しい。そんな気持ちもあり、記事になるかどうかは別にして、まずは時間を見つけて現場に行ってみることにしました。

 キノコが生えていたのは、同駅北口の正面にある赤れんが造りの花壇でした。短く刈られた芝生の上に直径10~20センチほどの大ぶりのキノコが十数個生えていました。

 JR神戸駅は発着する列車の本数が多く、たくさんの通勤・通学客が利用する駅です。駅前の道も人通りが多く、キノコの写真を撮る通行人の姿もありました。行き交う人々のすぐ脇にある緑の芝生に、白いキノコがよく映えて、なんとも奇妙な風景です。

 そもそもなぜ、こんな街中でキノコが群生しているのだろう? この場所ならではの理由があるのだろうか? ……疑問は次々わいてきます。しかも本当に毒があるのなら、注意啓発のため記事にする意義もあるかもしれません。

 ただのキノコが記事になる可能性が見え、わくわくしてきました。

JR神戸駅前の花壇に群生する毒キノコ。行き交う人々のすぐ脇で、その威容をさらしていた。
JR神戸駅前の花壇に群生する毒キノコ。行き交う人々のすぐ脇で、その威容をさらしていた。 出典: 黒田早織撮影

実は例年生えていた

 まず、現場をよく知る、地元の人々に話を聞いてみることにしました。

 最初に声をかけたのは、花壇のすぐそばのバスロータリーで働く70代の警備員男性です。「もう6、7年ここで働いているけど、この花壇は例年、キノコがたまに生えるんよ」と教えてくれました。

 ただ「こんなにたくさん生えているのは初めて見る」そうです。「1カ月前はもっと多かったな。花壇のふちにずらりと生えてたわ」。どうやら例年生えているものの、今年は特に大量発生していることが分かりました。

 そこで気になったのが、キノコの種類です。詳しく知っているであろう、専門家に取材しました。一般財団法人「日本きのこセンター」に写真を確認してもらったところ、「オオシロカラカサタケ」かその近縁のキノコとみられるそうです。

 オオシロカラカサタケには毒があり、食べると嘔吐(おうと)や下痢などの食中毒症状が出ます。症例は全国に広がっており、兵庫県によると、県内でも2016年と10年に各1人、09年に2人、それぞれ確認されています。

 日本きのこセンターの担当者いわく、オオシロカラカサタケが発生する条件は、暖かい地域であることと、草地であること。発生時期は夏から秋にかけてで、街中の道路や公園で生えることもよくあるのだそうです。

花壇の近隣に建つJR神戸駅。乗降客が多い、関西地方の主要駅だ。
花壇の近隣に建つJR神戸駅。乗降客が多い、関西地方の主要駅だ。 出典: 黒田早織撮影

徹底管理が招いた悲しい状況

 そうか、駅前に生えているのは別に珍しくないのか……。そう思う一方、疑問は残りました。

 街中の全ての芝生にオオシロカラカサタケが大量発生しているわけではありません。最初はたまたま胞子が飛んできただけなのだとしても、このキノコを増殖させる特別な要因がここにはあるのではないか。そのように考えたのです。

 私の疑問にヒントをくれたのは、キノコの観察会などを行う有志団体「兵庫きのこ研究会」の幸徳伸也代表でした。

 幸徳さんが注目したのは、そもそも暖かく芝生があるなどの条件に加え、「芝生が定期的に刈り込まれている点」です。

 「オオシロカラカサタケは芝生の根から養分を吸い取って生育していると言われています。たくさん増えているということは、ここの芝生の健康状態が良好なのでしょう」

 つまり芝生の管理が行き届いていることで、芝生から養分を得るオオシロカラカサタケにとっても居心地の良い環境になっている可能性がある、ということです。

 花壇を管理するのは、神戸市建設局です。担当者によると、花壇の芝生は年に3回刈っているのだそう。取材結果を伝えると、担当者は「芝生の手入れはキノコを生やすためにやっているのではありません。環境をきれいに保つためなのに……」と、当然ながら困惑気味です。

 現段階では駆除などの予定はないそうですが、「さらに大量発生することがあれば対応を検討したい」と話していました。

 ちなみに、この花壇で例年より多くのオオシロカラカサタケが観察された理由は、はっきり分かりません。今回取材した専門家の中でも「温暖化のせいで増えた」「そもそも数が増えたという認識はない」と意見が割れており、明確に結論づけられないのが実情です。

遠目からみても確かな存在感を放つ、オオシロカラカサタケ。
遠目からみても確かな存在感を放つ、オオシロカラカサタケ。 出典: 黒田早織

あとは掲載待ち!だったはずが…

 私は取材をしつつ、記事の構成を練っていました。一番意外性があるのはやはり、「環境をきれいに保つことが毒キノコの大量発生につながっている可能性がある」ということ。この「面白くて悲しい矛盾」にスポットを当てて原稿を書き上げました。

 取材は尽くした。あとは紙面への掲載を待つのみ。

 数日後、「神戸駅とキノコが一緒に映るアングルの写真を」という上司のリクエストに応えるべく、再び現場に向かいました。しかしそこで私が目にしたのは、想像もしなかった光景だったのです。

 なんとキノコはすでにしおれて、茶色いくしゃくしゃのかけらと化していました。白い大きなかさを立派に広げていた雄姿は影も形もありません。10月も中盤にさしかかり、発生条件の一つである「暖かい場所」ではなくなってしまったからかもしれません。

 急いで上司に報告すると、「掲載は見送ります」との知らせが。

 その理由は、

①すでに存在しなくなったものを紙面に載せても、ニュースとしての「旬」がすぎている
②毒キノコだから食べないで、と記事で注意喚起する意義が薄れた
③記事を見て現地を見に行った人が「どこにもない」と困惑する可能性がある

 ……だそうです。電話やメールで理路整然とした説明がとんできました。

 「一応毎年生えているみたいなのですが……」と抵抗するも、上司の言うことももっともなので受け入れました。でも内心はそう穏やかではありません。

 「まあ、枯れちゃったしな……」というあきらめと、「来年も生えるんだから、載せてもええやん。ちぇっ!」という悔しさの間で揺れ動いていたことは、上司には内緒です。

取材から数日後、再びオオシロカラカサタケの群生地を訪れると、変わり果てた姿になってしまっていた。力なくしおれたさまが、何とももの悲しい。
取材から数日後、再びオオシロカラカサタケの群生地を訪れると、変わり果てた姿になってしまっていた。力なくしおれたさまが、何とももの悲しい。 出典: 黒田早織撮影

異様に増えた「いいね」の数

 とはいえ心に秘めた私の無念さが、上司にだだ漏れだったのでしょうか。上司は「代わりに神戸総局のツイッターでつぶやこう」と提案してくれました。「これだけSNSでの発信が当たり前の時代に、従来のスタイルの記事だけにこだわる必要もないのでは」と。

 そこで上司が思いついたのが「#記事にできませんでした」のハッシュタグでした。一緒に文案を練り、ツイートしたのはこんな内容です。

 【#記事にできませんでした】
 JR神戸駅前の花壇に毒キノコが大量に生えているのを発見。
 種類や生えた理由を複数の専門家に急いで取材し、いざ掲載!と決まった矢先…ここ数日寒くなったせいか全部枯れてしまいました。
 人通りの多い場所に現れた奇妙な光景をぜひ記事にしたかったのですが…(黒田)

 神戸総局のアカウントで、いわゆる「ボツ」になったネタを発信したのは初めてとみられますが、このツイートがなぜか好評を博しました。

 8千人あまりのフォロワーを抱えながら、いつも1桁台の「いいね」しかつかない総局ツイッターの投稿にもかかわらず、300ほどの「いいね」を獲得。「理由を知りたかった。これ記事にできないんですかね」とキノコ自体に興味を持ったり、「これですか?」と同種らしきキノコの写真をアップしたりするツイートが複数ありました。

 それ以外に、「#記事にできませんでした」のハッシュタグ自体への好意的なコメントも多数ありました。

 「笑ってしまった。次の#記事にできませんでした 待ってます」「【記事にできませんでした】ってかなり斬新やな。そして面白そう。記事読みたかった」「枯れちゃったけど!って事で掲載したら面白そう」……。

 どんどん集まる反応に驚きつつも、「読みたかった」と言ってくれる人がいて、うれしくないわけがありません。内心「それ見たことか」とほくそ笑みました。そして社内外の読者を味方につけ、こうしてネット媒体で掲載することに。「記事にできませんでした」とつぶやくことで記事にできたという、見事なオチに自分でも驚いています。

 もちろん、裏が取りきれず見送った情報を「#記事にできませんでした」とつぶやくことはできません。ただ、従来型の新聞記事にはそぐわないというだけの理由でボツになってきた話題も多いはずです。

 新聞記事にできなかった話を「成仏」させる、このハッシュタグを活用すれば、記者ももっと気軽に「載るかどうか分からないけど面白そうな話」の取材にチャレンジできるのではと、期待を込めて思います。

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