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#1 親になる

「お産は安全」と思い込み 一人になった分娩室 緊急帝王切開の実際

日本の周産期医療は世界トップクラスとされる。※画像はイメージ
日本の周産期医療は世界トップクラスとされる。※画像はイメージ 出典: Getty Images

目次

医療の発展や医療者の努力により、新生児死亡率、乳児死亡率、妊産婦死亡率などの数値が極めて低い日本。一方で、10人に1人は緊急帝王切開をしているというデータもあり、本来は母子ともに命がけであることもまた事実です。順調な経過から一転、当事者家族になった記者が、そのときの体験を紹介します。(朝日新聞デジタル機動報道部・朽木誠一郎)
 
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「腰を押して」妻に頼まれ

2022年夏、子どもが生まれました。

前日夜に陣痛が始まり、病院に入っていた妻から、<破水した>とスマホにメッセージが届いたのは、その日の深夜2時17分。

20代後半で妊娠した初産の妻。陣痛間隔は5分と短くなっていましたが、子宮口が開ききるまでには、まだ時間がかかるということでした。うとうとしながら、自宅で病院からの連絡を待ちます。

<痛くてどうしたらいいかわからない>

早朝5時45分に再度、妻からのメッセージ。コロナ禍にありつつ、その病院では、当日の立ち会いが許されていました。<もう来ていいと>ベッドから這い出て、寝ぼけた頭で、身支度を始めました。

<助けて>
<痛い いたい いたい>
<息が止まる>
<ごめん落ち着いた>

通知音が鳴り続けます。「ただごとではない」と目が覚めました。取るものも取りあえず、配車アプリでタクシーを捕まえ、スマホと財布を持って自宅を出ました。

到着した分娩室には、多くの医療スタッフが詰めかけていました。ちょうど、夜勤と日勤の交代間近のタイミングだったようで、ある種の賑わいに、少しホッとしたことを覚えています。

その中心にいる妻に声をかけようとすると、半ば悲鳴のような妻の声が分娩室に響きました。

「無理です。もう無理」
「痛い。痛いです。痛い、痛い」

普段おだやかな妻がベッドの柵を掴み、髪を乱しながら叫ぶ姿を目の当たりにし、知識だけで“出産の痛み”をわかったつもりになっていたことが、申し訳なくなりました。

お義母さんは初産でもスムーズだったというタイプ。一方、妻は痛みを強く感じたということです。

「腰を押してほしい」と妻に頼まれ、助産師さんに教わりながら、グリグリと手でマッサージします。どれだけ力を入れたつもりでも、「もっと強く押して」「弱くしないで」と言われます。

最後の方は、手をグーの形にして、体重を乗せるようにして押しました。これでようやく和らぐなら、痛みがどれほどか想像もつかないということだけは、よくわかりました。

私が分娩室に入って2時間は、こうして過ぎていきました。

分娩室に不穏な空気が流れたのは、いよいよ子宮口が開ききり、何度目かの「いきみ」が繰り返されたときのことです。

一人きりになった分娩室

胎児心拍モニターのアラート音が鳴ります。「おや」という助産師さんの表情。機器の元に向かうと、顔が曇りました。助産師さんが短く「先生」とお医者さんを呼びます。

お医者さんと助産師さんが小声で何かを相談しています。お医者さんの元に別のお医者さんが、さらに他の医療スタッフが集まっていきます。

私はその間、妻の手を握っていました。妻は陣痛と陣痛の間で、目をつむり、肩で息をしていました。

妻の元に残った別の助産師さんが「大丈夫ですよ」と繰り返し、声をかけてくれます。

長く感じましたが、振り返ってみると10分ほどだったようです。

お医者さんの一人が「切ろう」と言いました。

分娩室の空気が変わりました。緊急帝王切開です。医療スタッフの半分が、手術室の準備に走りました。もう半分が、妻の身の回りを移動に向けて整理し始めました。

若手のお医者さんに「旦那さんはこちらへ」と部屋の隅に促されます。

「赤ちゃんが危ない状態なので、帝王切開で取り出します」

早口の説明に、否が応でも緊迫感が高まります。同意書にサインをしようとして、ボールペンがカタカタと音を立てました。

そこからは数分でした。

「心配かけてごめんね」

ベッドに乗せられた妻が私に告げ、残りの半分の医療スタッフと共に、慌ただしく分娩室を出ていきました。

私はたしか「大丈夫だよ」と言ったと思います。でも、記憶は曖昧です。

はっきり覚えているのは、ほんの少し前まで10人ほどの医療スタッフが入れ替わり立ち替わりしていた分娩室に、一人きりになったこと。

部屋の奥の椅子に座り、ベッドが運び出されて広くなった分娩室を眺めていました。「こんなことが起きるなんて」というのが、正直な感想でした。

これまでの経過が順調だったこともあり、「お産は安全」と思い込んでいたのでしょうか。分娩室に入るまで、入ってからも、私は自分に「家族が増える」つもりでいました。夫婦が、三人家族になることを疑っていなかったのです。

分娩室にぽつんと残されたことで、三人どころか、自分が一人きりになるという可能性が頭をよぎり、背筋がぞくりとしました。

20分くらいそうしていたでしょうか。

パタパタと急ぎ足で病室に近づく音が聞こえました。妊婦健診などで一番、お世話になった助産師さんでした。

「お父さん、無事に生まれました。元気です」「お母さんも大丈夫です」
 

10人に1人は緊急帝王切開

お産の数だけ、このようなエピソードがあることでしょう。義母しかり、たとえ血縁があっても個人差が大きいライフイベントです。

共通することがあるとしたら、お産はやはり、母子ともに命がけであるということ。

医療の発達や、医療者の努力により、当たり前のように思い込んでしまうこともある「お産は安全」。しかし、本来は一定のリスクがあることを、思い知らされました。

後から受けた詳しい説明では、産道を通過する際に赤ちゃんが体の向きを変える「回旋」が途中でうまくできなくなる回旋異常が起きていたのだそう。その間に胎児心拍が低下したため、緊急帝王切開の判断をした、ということでした。

誰にでも起きる可能性があり、明確な予防方法はない、とも。

医療スタッフのみなさんの迅速な対応により、幸い子にも妻にも、悪い影響は残りませんでした。ただ、部屋に一人になったときのあの記憶は、今もじっとりと頭に残っています。

緊急帝王切開は前置胎盤や常位胎盤早期剥離でもしばしば行われます。

​​厚生労働省の「第16回 医療計画の見直し等に関する検討会」の資料「周産期医療の医療計画の見直しに向けて」によれば、2017〜18年の阪神間の周産期母子医療センター6施設の総分娩数12009件のうち、総帝王切開数は3020件、帝王切開率は25.1%。この内、緊急帝王切開数は1594件で約半数、総分娩数の13%を占めます。

このデータに基づくと、緊急帝王切開に至るのはおよそ10人に1人。あらためて、決して他人事ではなかったのだと感じます。

先に帰ってきたのは、生まれてきた子どもでした。新生児用のベッドに入った子どもと、二人で妻を待ちます。妻もあとは閉腹だけと聞き、安堵しつつ、元気に泣く子どもをしげしげと観察しながら過ごしました。

口の周りや腕についた血は、もうすっかり乾いていました。小さな手に、精巧なミニチュアのような爪があることに驚きました。

助産師さんが体重や体長を測ったり、私の話し相手になったりするために、顔を出してくれます。新しく、小児科のお医者さんが子どもの診察に来ました。

「あなたのことが心配でねえ」

戻った妻には、のんびりしたいつもの口調で、かえって慰められてしまいました。そんな妻はまだ麻酔の残る状態で、ぐったりしていました。立場が逆だよ、と返しました。

未だ続くコロナ禍で、翌日から退院までは妻と短時間の面会だけ、子どもはガラス越しに見ることしかできなくなります。

そこから病院の規定で15分だけ、初めて三人家族の時間を過ごしました。

「写真、撮りましょうか」助産師さんが申し出てくれました。慣れているのであろう、板についたカメラマンぶりに、ようやく心から笑顔になれました。

そのときの写真をよく見返します。

頭をよぎる、これが撮れなかった可能性。「すべての子の誕生は奇跡」という言葉は、決して大げさでないことを身にしみて感じます。

【連載】親になる
人はいつ、どうやって“親になる”のでしょうか。育児をする中で起きる日々の出来事を、取材やデータを交えて、医療記者がつづります。

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