連載
#61 「きょうも回してる?」
「あきれる」ほどの可動箇所 〝材料〟精通の社長、生んだドラゴン
作り手の思いを想像してみると…。
「素材」に精通した社長が生み出したドラゴンのガチャガチャがあります。「コストを考えると12箇所の可動が限界」だったはずが、社長のお眼鏡にかなうものに仕上げるためにいつの間にか――。ガチャガチャ評論家のおまつさんが、「一期一会の出会いに並々ならぬこだわりを持つメーカー」を取材しました。
ガチャガチャは一期一会の出会い。とくにオリジナル商品は、売り場で初めて新商品に気づくことが多いです。また、毎月300以上の新商品が発売されるため、ガチャガチャ業界は商品回転が早い。そのため、メーカーは約半年前から企画を立ちあげ、商品化に向けてしのぎを削っています。
とくに一期一会の出会いに、並々ならぬこだわりを持って商品を作っているメーカーがあります。
それが「お客様と喜びを分かち合う」というポリシーを掲げるトイズスピリッツです。
トイズスピリッツは、代表の西村圭太さんが長年勤めていた玩具メーカーを辞めて50歳で1人で起業した会社であり、今年の9月で創立5年目を迎えました。
5年間を振り返って、「楽な道だったかと言うと、非常に厳しく苦労の連続でした。今も為替で厳しいですよ(笑)。唯一よかったのは、この5年間で、売り場を運営している人やお客様から『トイズスピリッツの商品は良い。楽しみにしている』と言って頂けることが多くなりました。その輪が広がっていることが嬉しいです」と西村さん。
トイズスピリッツのすごさは、何と言ってもガチャガチャ業界の激しい競争の中でオリジナル商品だけで勝負していることと、素材の特徴を理解しているがゆえの開発力の高さが挙げられます。まさにオリジナルのニッチな市場に挑み続けています。
開発力の高さの理由は、西村さんが前職で養った、商品開発力のほか、中国工場で生産や品質管理などで積んできた経験です。
その結果、商品に使用される材料の特徴を把握し、生産工場に安心や安全を徹底させた上で細かい指示を出せるのです。
一般的に、ガチャガチャの商品では、ポリ塩化ビニル(PVC)やABS樹脂が多く使用されています。またダイキャスト(鋳造法)製の金属素材もあります。これらの材料の特徴を理解していると、どの材料を使えば、企画したアイデアが実現できるのかわかり、よりクオリティの高い商品ができるのです。
西村さんは「アイデアを机上の空論で終わらせず、材料に精通しているからこそ、トラブルについても想定できるので、商品化するにあたって、本当にこの材料を使って物理的に可能かどうかが経験からわかるんです。だからこそ、こだわりを持って今までにない、新しい価値を生み出す商品が作れます。それがお客様に新しい喜びを提供することにもつながります」と話してくれました。
ガチャガチャに新しい価値を生み出すこだわりこそ、トイズスピリッツの強みです。
ただ、時にはあまりにこだわり過ぎて、周りから「これやりすぎだよ」や「こんなにやる必要あるの。手を抜いたら」と言われることがあるそうです。それでも、「僕は心から玩具が好きなんですよね。そして、自分自身も、ものづくりが大好きなんです。だから、開発に苦労するんです(笑)」と西村さん。
今回は、西村さんが起業して作りたかったギミックを活かした可動フィギュアシリーズの「フル可動!テオスマギアドラゴン~全能の黄金龍襲来!~(以下、テオスマギアドラゴン)」を紹介します。
商品化のきっかけは、西村さんが以前からオンラインゲームに登場するドラゴンに魅了され、「もしドラゴンのフィギュアを作るとしたら、いろいろなポージングができるようにしたい」と考えたことが始まりでした。テオスマギアドラゴンを開発するにあたり、ファンタジー作品をはじめ、アニメ、文献などを研究したそうです。
一般的に、フィギュアは動かない非可動フィギュアと、関節箇所が動く可動フィギュアの2種類があり、ガチャガチャ業界では、ほとんどが非可動フィギュアです。
また、フィギュアの関節部分の可動はある程度決まっており、可動する箇所が多ければ多いほどコストがかさみます。またガチャガチャの価格は現在、一部を除けば500円が上限となっており、この価格帯の可動フィギュアでは、1箇所あるいは2箇所、多くても5箇所の可動でシンプルなものが多いように思えます。
しかし驚くことに、テオスマギアドラゴンは、なんと23箇所も可動する場所があるのです。
西村さんは「当初は、コスト面などを考慮すると、羽や尻尾の根元、手、首などの12箇所の可動が限界でした。ただ、ガチャガチャ業界で12箇所が可動することはすごいことなんですよ。しかし、ドラゴンのスタンディングポーズから威嚇ポーズ、四つ這いのポーズなどいろいろ出来なくては私が求めるフィギュアではありません。ドラゴンのポージングで、あーでもない、こーでもないと追求していくと、どんどん関節部分の箇所が増え、周りからしたらあきれるくらい、23箇所も可動するドラゴンになっていまいました(笑)。23箇所もフルギミックで作る会社なんてありませんよ」と教えてくれました。
「弊社は他のメーカー様と違い、商品の原価率が高く、利益率が低いのでしんどいです(笑)。ただ、このレベルになると、大人でもしっかりとポージングができますし、楽しんでいただけるクオリティの高さになっています」と話してくれました。
このこだわりには、西村さんなりのガチャガチャへの思いがありました。「確かに6000円くらいの価格帯でドラゴンがもっと華麗に可動して彩色も綺麗にすることは可能です。これだと購入するハードルが高いです。またアミューズメントの場合には、必ずしも景品が取れるとは限りません。しかしガチャガチャだと気軽に買えます。あくまでも小学生のお小遣いの範囲のなかで、気軽に楽しんでもらうのが一番です」と西村さん。
もうひとつのテオスマギアドラゴンの特徴は彩色です。5種類の名前に由来して色味を設定しています。たとえば、白色を一つとっても、ただの白では無く、淡く白い色に表現したくオフホワイトにしています。とくに、5種類のなかの「金耀龍フリサフェニオスクドス」については当初、成型色の金色でしたが、西村さんは金色の色味に納得がいかなかっため、生産現場でコストは別として、マスキングして金色を塗装してほしいと依頼してサンプルを送ってもらったそうです。
送ってもらったサンプルをみた西村さんはこう思ったそうです。
「プラスチックのテカリではなく、キングギドラのような美しさになりました。こっちの方がお客様は喜ぶと思い、コスト度外視で決めました。お金をかけすぎてもうかりません(笑)。ドラゴン好きな人の度肝を抜く仕上がりになっています」
お客さん目線でものづくりをして、お客さんに喜んでもらえれば、最終的に利益につながると、西村さんは考えています。
西村さんのお話を聞けば聞くほど、玩具が好きでたまらない思いと、ものづくりへの情熱がひしひしと伝わってきました。また、西村さんにお薦めのテオスマギアドラゴンのポージングを作ってもらっているときの西村さんの楽しそうな姿が印象的で、男のロマンを感じました。
今日から3連休が始まります。売り場でガチャガチャを回すとき、どんな思いで作り手が商品を作っているのかを想像してみると、普段とは違ったガチャガチャの楽しみ方ができますよ。
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「フル可動!テオスマギアドラゴン~全能の黄金龍襲来!~」は、焦焔龍コキュノスカロン、蒼穹龍ガラノスエレウテリア、白零龍アスプロスプラグマ、昏天黒地龍マヴロスアニブロシア、金耀龍フリサフェニオスクドスの全5種。1回500円
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