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子どもたちに「医療の知識のワクチンを」 図書館へ寄贈プロジェクト
「義務教育に『医療』がない」危機感
ネットや書店に並ぶベストセラー本のなかには、根拠があやふやな医療情報も散見されます。病院の図書室で働く女性が、根拠のある医療情報をテーマにした子ども向けの本を、学校や図書館へ贈る活動に取り組みました。子どもたちが医療情報を見極める手助けになるように――。そう願って取り組んだプロジェクトについて聞きました。(withnews編集部・水野梓)
このプロジェクトに取り組んだのは、山形県にある公立置賜総合病院の病院図書室で働いている堀越純子さんです。
医師の大塚篤司さん著『教えて!マジカルドクター 病気のこと、お医者さんのこと』(丸善出版)の「あとがき」を読んで、その言葉がストンと腑(ふ)に落ちたといいます。
コロナ禍のさなかにも、誤った医療情報が広がってしまうことや、医療従事者の思いが院外へ伝わっていないことにモヤモヤしていたという堀越さん。
「でも、根拠のある医療情報の手に入れ方や病院の受診方法は、学校で学んだわけではありません。分からないのは当たり前なんですよね」
小中学生向けに書かれた『マジカルドクター』は、ぜんそくやアトピーの子、両親が民間療法に詳しいという子どもが登場します。「マジカルドクター」を名乗るお医者さんが、病気や病院制度の仕組み、あやしい医療情報・治療法をマンガをまじえて紹介していきます。
子どもたちに、根拠のある医療情報を見極める力を身につけてほしいと考えた堀越さん。
「この情報が正しい」といった〝正解〟を示すのではなく、情報を選び取る力をはぐくめるようなポイントが紹介されていることが魅力に感じたといいます。
そこで今年2月、『マジカルドクター』を近隣の学校や図書館に贈るプロジェクトを計画。病院の有志に声をかけて、本を購入する寄付を集めることにしました。
3カ月と期限を決めて院内にプロジェクトのお知らせを貼り出すと、医師やスタッフ、図書館に納入する業者さん……さまざまな人が寄付をしてくれたといいます。
「コロナ禍のさなか、地域の皆さんからさまざまな差し入れや温かい励ましをいただきました。何かお返ししよう、特に子どもたちに本を贈ろうというという思いに、多くの方が共感してくれたんだと思います」
最終的に、寄付は316人から、計27万円にのぼりました。
はじめは近隣の学校と図書館を寄贈先に考えていましたが、規模が広がり、小中学校81校、高校13校、公立図書館36カ所、合計130カ所へ贈る一大プロジェクトになりました。
堀越さんは「すでに市立図書館では寄贈を受け入れてくれて、貸し出しもされていました。『借りてくれた人がいる!』と、こちらの思いが伝わった気がしてうれしかったです」と話します。
本を学校に送付した時には、校長先生から「みんなで読みます」とお礼の電話ももらったそうです。
「根拠のある医療情報をどう伝えていいか、教育現場も探り探りだと思いますし、そもそもそこまで手が回らないと思うんです。まず校長先生や先生方に読んでいただき、子どもたちに医療について伝えるときに、頭に残ってもらえたら」
さらに近隣の図書館に持っていった時には、司書さんから「医療の本は何を選んでいいか分からない」と相談されたといいます。
「迷ったら相談してほしいと伝えました。皆さんも根拠のある医療の本に出会ったら、図書館にもリクエストしてみてほしいなと思います」と話します。
根拠のない医療情報も広がる現状。堀越さんは「その人によって『正しい』ことが変わるんですよね。そして、普通の情報を検索していたら怪しい情報に導かれてしまうことも多いですよね」と話します。
堀越さん自身も産後の授乳中、「母乳が出る」とうたわれたハーブティーを疑いなく飲んでいたそうです。
「根拠のないお茶だったかもしれませんが、その確認もしないで飲んでいましたね」と振り返ります。
「怪しい情報があることを知らなかったら、そこでとどまれませんし、『薬を使わない』といった極端な方に進んでしまうこともありえます」
地方では書店の数も少なく、医療コーナーも小さい。信頼できる医療出版社の本が、流通方法が独特で一般の書店には並びにくいという一面もあります。
「大手の本が並ぶことが多いのですが、なかには怪しい内容があるんです。そんな怪しい本と同じぐらいの量の良い本も並ぶようになって、みんなが選べるようになったらいいなと思います」
堀越さんはいま、無料で相談できる院内の「がん相談支援センター」の本棚に、患者さん向けの医療本を展示するようにしているそうです。
「選書に関わって、良い医療本が目にとまるようにしています。目につく機会を少しでも増やしたいなと思っています」
『マジカルドクター』の著者・医師の大塚篤司さんは、「子どものころから『医療の土台となる考え方』にふれておけば、大人になっても困らないのではないか」と考えて、漫画家の油沼さんとこの本を制作したといいます。
「子どもたちへの〝知識のワクチン〟のつもりです。今回の寄贈プロジェクトを含め、もっと多くの子どもたちに届けばうれしいです」と話します。
プロジェクトを通して、堀越さんは子どもたちに「自分の命はたったひとつで大事だということ。そして医療はそれを守るために、あなたのためにあるということを知ってほしい」と願っています。
「病院は具合の悪い時だけ行く〝いやなところ〟かもしれません。でも実は、たくさんの人が真剣に病に向き合っているところだと知ってほしい。だからといって、医療は特別なものでもなくて、身近なものでもあるんです」
「科学や動物、恐竜の本と同じように、医療をテーマにした本も手にとってもらって、興味を持ったらその先のことも知ってほしいですね。今回のプロジェクトが、子どもたちや学校・図書館の人たちが、医療について考える小さなきっかけになったらうれしいです」
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