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謎多き「マンボウの産卵」世界で唯一、千葉の水族館で発見されていた

専門家も驚く「世界で唯一の事例」

謎多きマンボウ(今回の事例とは関係のない個体です)
謎多きマンボウ(今回の事例とは関係のない個体です) 出典: Getty Images

目次

水族館で人気者の魚「マンボウ」。知名度に反して、生態については多くの謎に包まれています。特に繁殖や産卵については発見例が乏しく、ほとんどわかっていないと言っても過言ではありません。そんななか、2020年に発行されたマンボウの専門書で、25年前に日本の水族館で「世界で唯一」マンボウが卵を産む事例が記録されていたことがわかりました。まさに「漆黒の闇に光が差す」世紀の大発見について、状況を知る当時の飼育スタッフに取材しました。
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「世界でもこの1例だけ」レアすぎる事例が千葉で

「3億個の卵を産み、成魚になれるのは2匹」と紹介されることが多いマンボウですが、実は産卵数や生存率についてはよくわかっていません

そもそも自然界でマンボウの産卵を捉えた記録はなく、外見からは卵を抱えていることも、雌雄さえもわかりづらい生物です。件のフレーズも、「捕獲されたメスの体内に3億個の未成熟な卵があった」という100年近く前の報告に推測が加わってひとり歩きしている状態で、現在では数億個の未成熟な卵を抱えていても、一度に産卵するわけではないという見解が支持されています。
見れば見るほど不思議な形をしている(今回の事例とは関係のない個体です)
見れば見るほど不思議な形をしている(今回の事例とは関係のない個体です) 出典: Getty Images
そんなマンボウが水族館で「卵を産んだ」事例が掲載されたのは、世界中の研究者らによってまとめられたマンボウの包括的な専門書『The Ocean Sunfishes: Evolution, Biology and Conservation』。「マンボウが放卵したレアケース」と題された章には、その詳細が書かれていました。
記録によると、1997年に鴨川シーワールド(千葉県鴨川市)で飼育されている体長1mのマンボウが、ゼリー状の透明な卵塊を放出。2月17日から21日にかけて、確認できただけで卵塊が19回放出されたと報告されています。

マンボウのひみつ』などの著書がある、海とくらしの史料館(鳥取県境港市)の特任マンボウ研究員・澤井悦郎さんは「私の知る限り、水族館での放卵は世界でもこの1例だけ。私も専門書で得た情報しか知らないが、謎が多いマンボウの繁殖に繋がる一大ニュース」と語ります。

世界的に珍しいこの事例を報告したのは、当時鴨川シーワールドに勤めており、現在はすみだ水族館(東京都)に所属する中坪俊之さんです。25年前の当時の状況や、この記録から得られたマンボウの知見について聞きました。

マンボウが抱える謎「漆黒の闇に光が差した」

「当初、水槽内にゼリー状の異物が浮遊しているのを飼育スタッフが発見しました」

中坪さんによると、それまでのマンボウの様子は特に変わらず、予兆はみられませんでした。突如として登場した「異物」をネットで回収し、顕微鏡で卵を確認。その後は飼育スタッフが交代で観察し、記録を続けたといいます。
採取したマンボウの卵
採取したマンボウの卵 出典: 中坪俊之さん提供
回収した11回分の放卵で集めた卵は、合計9.4Lにまで及びました。卵1個あたりの大きさは1mm程度で、密度から約9,400個が放出されたと推定。観察している間にも気づくと卵塊が水中に漂っていたこともあったといいます。スマホもない時代、卵が放出される様子を映像に収めることは難しかったそうです。

ちなみに今回放卵したメスは、1匹のみで飼育されていたため、繁殖にはつながっていません。

中坪さんは「本件は厳密には産卵ではなく、『放卵』と呼ぶべき」といいます。自然界では受精ができるオスがいる環境で卵を産むと考えられ、他の生物でみられる産卵前の特定の行動もみられませんでした。このため、中坪さんはマンボウが放卵した理由について「何らかの『問題』があり、正常な繁殖行動を伴わずに、卵を放出してしまったのでしょう」と分析しています。
採取したマンボウの卵
採取したマンボウの卵 出典: 中坪俊之さん提供
中坪さんの研究によると、マンボウは体長1m以上になると生殖腺の成熟度が増すといいます。また関東近海で回遊するマンボウの産卵期は9〜10月頃と考えられている一方、飼育下のマンボウは生殖腺の成熟が早まる傾向があり、季節性にも混乱がみられるようです。実際、今回の放卵は2月に起こっています。

とはいえ、繁殖に関するマンボウの行動を初めてとらえた貴重な事例です。放出されたばかりの卵の大きさや、卵がゼリー状の卵塊に包まれていることなどが明らかになり、これまでよく言われていた「一度に3億個の卵を産む」のではなく、分けて産卵する様子も確認できました。

謎の多いマンボウの生態を紐解く事例として、中坪さんは「漆黒の闇に光が差したのは事実だと思います」と振り返ります。

25年前の事例、詳細を知る人も少なく……

では、20年以上経った2020年に、この事例が掲載されたのはどうしてだったのでしょうか。

中坪さんによると1997年当時は「データが不足していた」という理由から、論文として発表するには至っていませんでした。その後条件が揃ったため、2020年発行のマンボウの専門書に掲載されました。

これ以前の公表の有無は明らかではなく、25年前の出来事の経緯を知る人もほとんどいません。こうしたなかで、世にも珍しい「水族館でのマンボウの放卵事例」は20年以上の時を超えて晴れて学術誌上の記録として残されたのです。

「マンボウの産卵」の解明が、これからもたらすこと

マンボウの繁殖・産卵について明らかになることで、今後どんな取り組みにつながっていくのでしょうか。中坪さんは「大きく分けて、基礎科学の発展、産業的利用、種の保存の3つの観点があると思う」といいます。

まず「基礎科学の発展」への寄与です。マンボウの赤ちゃんは金平糖のようなトゲを持った形をしており、成長とともに大きく形態を変えることが知られています。今回の事例をはじめ産卵に関する研究が進み、繁殖場や産卵期、産卵方法などが解明されれば、マンボウを子どものころから飼育できる可能性にもつながっていきます。

「稚仔(子ども)の飼育が可能となれば、連続的に形態変化の観察が可能となります。また、その際の遺伝子の活性などを調べることができれば、マンボウばかりでなく、他魚種の発生学的研究にも貢献するかもしれません」
 
2つ目が産業的利用です。マンボウは知名度やその魅力から水族館で人気が高い一方、入手や飼育が難しく「ハードルが高い」魚でもあります。もしも飼育下での繁殖が可能になれば、より多くの人にマンボウを見てもらえる機会も増えるはずです。

「稚仔は非常にかわいいので人気者になるのは間違いないでしょう。成長に伴う形態変化も非常に興味深いですしね。私自身も間近で見てみたいです」

3つ目の「種の保存」について、マンボウは2015年に国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストで「絶滅の危険が増大している種」として登録されました。こうした背景から、中坪さんは「産卵生態が解明されることで、産卵場の環境保全の対策につながるかもしれない」と期待しています。
マンボウはレッドリストにも登録されている(今回の事例とは関係のない個体です)
マンボウはレッドリストにも登録されている(今回の事例とは関係のない個体です) 出典: Getty Images
展示している生物の繁殖は、水族館の目標のひとつ。「まずは健康的に長く飼育することが重要で、そのための基礎的な調査研究が欠かせません」。中坪さんは飼育している個体の研究のほかにも野生個体の調査を行い、飼育個体が死亡した際には、計測や解剖、標本の保存など地道にデータを集めてきたといいます。

マンボウの繁殖について「チャンスがあれば、もう一度チャレンジしたいくらいです」という中坪さん。いつかマンボウの赤ちゃんが水族館の水槽を元気に泳ぎ、大きく成長していく姿が見られますように。謎多きマンボウの世界が明らかになっていくことを祈っています。
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