マンガ
「売上悪いよ」上司に言われても貫いた〝誠意〟接客の姿勢問う漫画
「主人公の答えが正解とは限らない」
接客業で定番の課題といえば、売上と接客の質の両立かもしれません。商品をたくさん売る必要があるけれど、目の前のお客さんには満足してもらいたい……。葛藤する主人公の姿を通して、「誠意とは何か」と読者に問いかける漫画が話題です。物語に込めた思いを、作者に聞きました。(withnews編集部・神戸郁人)
8月30日、29ページの漫画『「誠意」について自分なりに考える話』がツイートされました。
主人公は、スマートフォンの小売店に勤める女性「青木さん」です。冒頭、端末の修理に来た利用客から叱咤(しった)されます。利用客は、何度直してもスマホが壊れるとして、強い口調で迫りました。
「どうせ自分には関係ないって思ってんでしょ!?」「もっと誠意見せなさいよ!」
傷心の青木さんは、接客後に昼食をとりつつ、ネット上で「誠意」の意味を調べます。「私利私欲を離れ 真心を込めて 真面目に誠実に対応すること」。スマホ画面に表示された解説を見て、「いつも心を込めて対応してるんだけどな……」
さらに追い打ちをかけることが起こりました。女性上司から呼び出され、こう告げられたのです。「青木ちゃんさぁ 自分でも分かってると思うけど めちゃめちゃ売上悪いよ」「もっとスッと対応できないの?」
「買った後だって お客様には満足してもらいたい」。時間をかけて、利用客に寄り添おうとする姿勢が理解されない。そんな状況に、青木さんはますます悶々(もんもん)としてしまいます。
ある日、一人の高齢男性が店舗を訪れました。3日前に最新のスマホを契約したものの、使い方が分からず、古い機種に戻したいといいます。
しかしよく事情を聞くと、娘との間で孫の写真をやり取りするため、専用アプリ搭載のスマホを購入したのだと分かりました。上司の言葉を思い出す青木さん。そして意を決し、こう伝えたのです。
「機種変更されなくてもいいと思いますよ」。驚く男性に、青木さんは、文字を大きくするやり方などを丁寧に説明しました。後に上司から、売り逃しを叱責(しっせき)されましたが、心の中には男性が見せた笑顔が浮かんでいました。
「青木さんはいますかね」。しばらく経った頃、男性が妻を連れて、店舗に戻ってきました。接客に良くないところがあったのか……。不安がる青木さんに、妻が話しかけます。
「どうしてもお礼を言いたくて来ちゃったのよ」「買い替えさせた方が簡単だったでしょうに…… まごころあふれる誠実な対応に感動しましてね」。続けて「誠意ある素敵な対応 ありがとうございました」と語ったのです。
この言葉に、青木さんは強く胸を打たれます。そして男性から、妻のスマホの更新を依頼され、次のように答えたのでした。「もちろん、誠意を持って対応させていただきます!」
作品を手がけたのは、オーストラリア在住の漫画家・みれさん(@mire_jp)です。夫婦の日常を取り上げたエッセーコンテンツを、ブログ「みれはきほん日本にいない」で公開するなどしています。
みれさんいわく、元々は昨年5月頃、漫画賞向けに創作したとのこと。テーマとして複数の単語が示され、一つを選び、意味内容に沿った作品を描くルールだったそうです。そこで、「一番説明しづらいと思った」という「誠意」を選択しました。
「誠意とは何か。私なりに調べて、答えを出したい。そんな思いが動機となりました。ストーリーについて試行錯誤し、スマートフォンを扱う小売店を舞台にしました」
制作にあたり意識したのが、「登場人物を悪者にしない」ことでした。例えば女性上司の言い分も、店舗経営の観点からすれば間違っていません。しかし描き方を誤ると、読者の心証が悪化し、意図しないメッセージの発信につながるといいます。
「机をたたく。いらいらして物に当たる。ため息を吐き、貧乏揺すりをする。そうした描写を加えただけで、キャラクターの好感度が下がってしまいます。読み手の解釈の幅も狭まりかねず、私自身の主観が極力入らないよう心がけました」
漫画の主人公・青木さんと上司の価値観が異なるように、信条は人それぞれです。そしてどんな行動にも、理由があります。しかし背景事情が分からず、意見が対立してしまった場合、どのように対処するのが適切でしょうか。
みれさんは、「コミュニケーションを通じて解決するのが良いと思う」と語ります。その意義を実感した体験として、最近夫婦の間で起きた、掃除にまつわる出来事について教えてくれました。
「夫が水回りをきれいにしてくれない印象があり、不満に思ってきました。反面で夫は、私が床の上を十分片付けていないと感じていた。腹を割って話し合うと、作業をサボっていたのではなく、それぞれ汚くても気にならないとわかったんです」
「結局、私が水回りを、夫が床を担当することで落ち着きました。すると以前にも増して、相手の良いところに気付けるようになったんです。今回の漫画でも、青木さんと上司が向き合えていれば、また違った結果が得られたかもしれません」
誠意とは、他人のためを思って行動を起こすことではないか。誰かをおもんぱかるという目的が同じなら、手段が違ったとしても、言葉を尽くせばわかり合えるだろう――。今回の作品を引き合いに出しつつ、みれさんは自らの考えを語りました。
漫画には、読者から「誠意の意味を考えさせられた」「自分の境遇と重なる話で、救われたような気持ちだ」などの感想が寄せられています。一連の反応を受けて、みれさんは次のように話しました。
「現実がままならない分、せめて物語のキャラクターには幸せになって欲しい。そう願って描いたのですが、気持ちが伝わったようで、本当に良かったと思います」
「今回、青木さんが見いだした答えを、漫画のラストで提示しました。でも、それが唯一の正解であるとは断言していません。ストーリーについて、思い思いに考えを巡らせ、自由に内容を解釈して頂けたらうれしいですね」
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