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「国民皆歯科健診」議論の〝見落とし〟 すでにある無料健診の活用を

「国民皆歯科健診」が大きな議論を呼んだが……。※画像はイメージ
「国民皆歯科健診」が大きな議論を呼んだが……。※画像はイメージ 出典: Getty Images

目次

政府が公表した「骨太の方針」原案に「国民皆歯科健診の具体的な検討」という一文が盛り込まれ、一部メディアが「全国民に毎年の歯科健診を義務づける」ものとして報じたことで賛否両論が巻き起こりました。しかし、背景や実際のところを調べると、違った印象が。あらためて振り返ると、議論の“見落とし”も浮かんできました。(朝日新聞デジタル機動報道部・朽木誠一郎)
 
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一部報道が先行して議論に

5月末、政府が公表した経済財政運営の基本指針「骨太の方針」の原案に、「国民皆歯科健診の具体的な検討」という一文が盛り込まれたことが、6月頭にかけ大きな話題を呼びました。

その理由には、一部メディアが、この「国民皆歯科健診」を​​「全国民に毎年の歯科健診を義務づける」ものとして報道したことがあります。

唐突に感じた人も多かったようで、ネットでは「歯科健診自体は病気の予防になる」「義務化はやりすぎ」と賛否両論が巻き起こりました。

しかし、この「義務化」の報道が先行し、実際のところがあまり知られないまま、話題になることも少なくなった印象です。そこで、今あらためて「国民皆歯科健診」について振り返ってみることにします。

まず、6月7日に閣議決定された『経済財政運営と改革の基本方針2022』の中で、「国民皆歯科健診」がどのように扱われているのか、確認してみましょう。

第4章の「2. 持続可能な社会保障制度の構築」の中で触れられていますが、以下のように「義務化」についての言及はありません。また、そもそも「義務化」に関する内容は原案にもありません。

>全身の健康と口腔の健康に関する科学的根拠の集積と国民への適切な情報提供、生涯を通じた歯科健診(いわゆる国民皆歯科健診)の具体的な検討、オーラルフレイル対策・疾病の重症化予防につながる歯科専門職による口腔健康管理の充実、歯科医療職間・医科歯科連携を始めとする関係職種間・関係機関間の連携、歯科衛生士・歯科技工士の人材確保、歯科技工を含む歯科領域におけるICTの活用を推進し、歯科保健医療提供体制の構築と強化に取り組む。また、市場価格に左右されない歯科用材料の導入を推進する​​。

経済財政運営と改革の基本方針2022 について - 内閣府
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/2022/2022_basicpolicies_ja.pdf

「骨太の方針」では、あくまで「生涯を通じた歯科健診」が「いわゆる国民皆歯科健診」​​とされています。

「義務化」否定、実現性も…

この「国民皆歯科健診」は、6月2日の朝日新聞の記事では、自民党から政府に働きかけがあり、方針に書き入れられたものとみられています。

唐突だと受け取られた「国民皆歯科健診」ですが、実は2021年10月の衆議院選挙でも、自民党の公約に明記されていました。

「国民皆歯科健診」は各地の歯科医らで構成される政治団体「日本歯科医師連盟」が法制化を訴えてきた内容でもあります。こうした政治的な経緯により、見聞きした人の反発を招いたともみられます。

ただし、自民党の「国民皆歯科健診実現PT」の中心人物は、同じ記事で、義務化については「義務化できるものではありません」「強制ではなく全国民が年一回、歯科健診を受けられたり、受けやすくしたりするのが国民皆歯科健診。その費用は基本的に国が負担していくようにする、というのが狙い」​​と回答しています。

「国民皆歯科健診」って何? 売り込んだ議員「義務化」は真っ向否定 - 朝日新聞デジタル
https://digital.asahi.com/articles/ASQ613QJ6Q50UTFL00W.html

実際には「会社などの定期健康診断に歯科健診を取り入れる」などの案が検討されているということでした。

ここで会社の健康診断は、労働安全衛生法に基づく​​もので、事業者は労働者に対して医師による健康診断を実施しなければならず、労働者は事業者が行う健康診断を受けなければなりません。​​項目もあらかじめ定められています。一方、フリーランスなど、その対象にならない人もいます。

もし本当に「国民全員に歯科健診を義務化する」ためには法律などを含めた制度の変更や、対象の拡充などが必要になるであろうことを考えても、現実的には実現のハードルが高いとみられます。

それよりは、ある種のスローガンとして、歯科健診の受診を促していくキャンペーン、と受け取ることもできるのではないでしょうか。

既存の無料歯科健診の活用を

「義務化」ではないのだとしたら、歯科健診自体の是非がポイントになります。前提として、歯科健診にはどのようなメリットがあるのでしょうか。

虫歯や歯周病などによって多くの歯を失うと、高齢になったとき、咀嚼(噛む)機能や嚥下(飲み込む)機能が低下し、生活に支障を来して十分な栄養が摂れなくなり、筋力低下やロコモティブシンドローム(運動器症候群)につながり、要介護となるリスクを高めることが知られています。

また、歯周病は、心疾患や慢性腎臓病、呼吸器疾患、骨粗鬆症、関節リウマチ、がん、早産・低体重児出産など、さまざまな全身疾患と関連していることが報告されています。​​

歯科健診により、虫歯や歯周病など、口腔の異常を早期に発見することができるという意義があり、介護や全身疾患のリスク低減にもつながることが見込まれます。

現行の歯科健診でも、1歳6カ月や3歳での乳幼児歯科健診は義務化されています。また、小中高などの学校では、毎年の実施が義務づけられています。

一方、大人では健康増進法に基づき、市町村が歯周病健診を40歳から70歳まで10年ごとに実施していますが、受診率は1割未満と低い水準になっています。これが今回の騒動の背景にあります。

こうして整理してみると、今回の騒動で見落とされていることがあると気づきます。歯科健診自体はメリットがあるもので、制度もあるのに、そのことが知られていなかったり、受診につながったりしていないことこそが問題ではないか、ということです。

実は他に、全国でも複数の自治体が、10年に1度よりも短い期間での無料の歯科検診(※特定の病気を想定する場合は検診)・健診を行っています。また、企業や健康保険組合などでは、1年に1回、半年に1回という頻度で同様に、無料の歯科検診・健診を行っている場合も珍しくありません。

「国民皆歯科健診」の議論も重要ではありますが、実は足元には、すでに便利で健康の役に立つ制度が存在している、という場合があります。この議論をきっかけに興味を持った方がいれば、ぜひ自分の自治体や企業、健保組合の歯科検診・健診の制度をチェックしてみてはいかがでしょう。

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