連載
#18 #啓発ことばディクショナリー
〝意識高い系〟職業名、戦時中にも 辻田真佐憲さんが思う「セコさ」
劣悪な実態粉飾、現代に通じる言葉遊び
職業や職種を呼ぶ上で、いかにもきらびやかな表現が用いられる場合があります。評論家・近現代史研究者の辻田真佐憲さんによると、同じようなことは、早くも戦時中に行われていたそうです。言葉によって、仕事のイメージアップを図ろうとする。そんな精神性は、労働者を効率的に働かせるため、現代の経営者層が用いる「人財(人材)」といった造語にも引き継がれているように思われます。一連の語彙(ごい)を「啓発ことば」と呼ぶ筆者が、人を動かす言葉の「魔力」について、辻田さんと一緒に考えました。(withnews編集部・神戸郁人)
近年、デジタル化の進展により、時間や場所にとらわれない「自由な」働き方を売りにする職業が現れています。とりわけ象徴的なのが、企業と直接の雇用関係を結ばない「ギグワーク」と呼ばれる業態です。
米国のネット通販大手アマゾンでは、個人に荷物の配送業務を委託する制度「アマゾンフレックス」を導入しています。日本法人アマゾンジャパンも、2019年に運用を開始。働く日時や配送ペースを、担当者の意志で決められるとしてきました。
飲食店が作った弁当などを宅配する、いわゆるフードデリバリー業界にも、同様の仕組みが存在します。スマートフォンなどの専用アプリで、「個人事業主」のドライバーが配達依頼を受注し、顧客に商品を届けるというものです。
一方、労働者と企業のいびつな関係性が、問題視されることは少なくありません。飲食宅配大手ウーバーイーツは、注文者と利用店双方による、ドライバーの評価を実施。数値が全体平均を下回ると、一方的に受注アプリの使用を制限される恐れがあります。
アマゾンをめぐっても、AIが決めたルートで荷物を運ぶうち、長時間労働が常態化した配達員の苦境が報じられてきました。いずれの企業も、配送先管理などを独自のアルゴリズム(計算手順)で行っています。その詳細は労働者側に明かされていません。
「スマホや横文字を組み合わせ、何となく格好良い職業のイメージを作り出す。でも現実には、十分な雇用保障がなされず、安い労働力として使い倒されてしまう。結果として雇い主の力が強まりすぎている印象です」
辻田さんが、そう語りました。
実際には、職場で働き手の権利が守られていない。にもかかわらず、前向きで勇壮な言葉を使い、真っ当な労働環境であるかのように見せかける……。辻田さんは、戦時中にも、そんなことが行われていたと話します。
1939年7月、国家総動員法に基づく国民徴用令(後の国民勤労動員令)が施行されました。国民を軍需工場などでの強制労働に駆り出す勅令(天皇の命令)です。徴用を拒否すれば刑事罰が科せられるという、非常に厳しい内容でした。
この勅令によって動員された人々は当時、「応徴士(おうちょうし)」の名で呼ばれました。いかにも仰々しい字面ですが、背景に特別な意図があったと、辻田さんは解説します。
「呼称に『士(さむらい)』という漢字が含まれているように、どこか雄々しい響きがあります。徴兵され、国防のため最前線で戦う軍人同様、立派で重要な仕事なのだ。そんな印象を人々に与えるため、つくり出された言葉だったのです」
軍需工場などで作業にあたった人々は、劣悪な労務管理に苦しむ場合がありました。職場で格上の「指導員」から暴行を受けたり、十分な食糧の提供を受けないまま働かせられたり。戦後に記された、元応徴士のそんな証言も残っています。
とはいえ、徴用令は法的な強制力を伴っていました。ひとたび命令を受ければ、応じざるを得なかったはずです。職業の名誉を殊更誇る呼称を、あえて生み出す必要があったのでしょうか? この点について、辻田さんは次のように推測します。
「無理やり動員されたところで、労働意欲など湧かないものです。一方、工場で嫌々働かれると、生産性が落ちてしまいます。だから働き手には『お国のために頑張ろう』と思ってもらった方がいい。一人ひとりの士気を上げる目的があったのでしょう」
「仕事にまつわる言葉を変えるだけで、工場全体の生産性が高まるのならば、これほど安上がりなことはありません。ギグワーカーにまつわる言説もそうですが、一見華やかな言葉遣いの裏側には、使用者側の『セコさ』があるように思います」
徴用の歴史を振り返ると、労働に特別な意味を付与したい、国家の姿勢が垣間見えるようです。この傾向が特に強まったのが、戦時下でした。1940(昭和15)年11月8日に閣議決定された「勤労精神」にまつわる文書は、象徴的かもしれません。
勤労は単に対価を得る手段ではなく、国に奉仕するための栄誉ある営みだ。皇国民(天皇が治める国の国民)として責任をもって果たさねばならない。全人格を賭けて取り組み、生産性を高めよ――。そんな価値観が、ありありと示されています。
上述の考え方は、応徴士という呼称に反映されていると言えそうです。巧みな言葉遣いで人々の参加意欲を高め、過酷な労働を受け入れさせようとする。こうした態度は、現代のギグワーカーに対する企業の取り扱いにも通じるように思われます。
「政治的なプロパガンダを始めとした、人々の心を動かそうとする言葉の裏には、発する側の狙いがあります。『何らかの意図を隠そうとしているんじゃないか』。そう考えて、気を付けて捉えなければなりません」。辻田さんが語りました。
◇
1/7枚