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話題

〝家族〟になったラブドール 時代を先取り、オリエント工業の45年

お客に寄り添う相談室、安心の里帰り制度

オリエント工業を創業した土屋日出夫さん。相談室を設けるなど、お客との丁寧なコミュニケーションを心がけてきた
オリエント工業を創業した土屋日出夫さん。相談室を設けるなど、お客との丁寧なコミュニケーションを心がけてきた

目次

価値観が多様化する現代、人生のパートナーへの考え方も変化している。アニメの主人公と結婚式を挙げる人が生まれる中、創業45年を迎えるラブドールのメーカー「オリエント工業」は、以前から購入者向けの相談室を設けるなど丁寧な対応を心がけてきた。そこで垣間見られるのは、お客が人形に対して〝一人〟のパートナーとして向き合う姿だ。孤独や孤立が問題とされる現代。生身の人間ではない相手を恋人や家族として迎えることはできるのか? 様々な事情を抱える男性にパートナーを提供してきた「オリエント工業」の足跡から考えてみた。(ライター・千絵ノムラ)

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オリエント工業
1977年、特殊ボディーメーカーとして東京・上野に創業。ラブドール第1号の「微笑」を発売。2001年にはシリコン製一体型ラブドール「ジュエル」を発売。30周年の2007年にはヴァニラ画廊で、最初の人造乙女博覧会を開催。2022年6月には、上野にラブドールを間近に見て触ることができる「ショールーム&ギャラリー」をリニューアルオープンした(入場料500円、水曜定休)。
 

第1号ドール「微笑」の誕生

オリエント工業の創始者である社長の土屋日出夫さんは1944年、横浜生まれ。米軍専門の引っ越し屋で働いていた時、知り合いに誘われ大人のおもちゃ屋を手伝うことになった。その後独立し、浅草に店を持つ。

当時の大人のおもちゃは女性向けが多く、男性向けはビニールを空気で膨らませたいわゆるダッチワイフくらいだった。ある時、足に障害を持つなじみのお客さんから、「風俗には行きづらく、ダッチワイフを使用するが、乗っかるとすぐに空気が漏れてしまう」という話を聞いた。

元々、女性向けばかりが改良されることに違和感を感じていた土屋さん。当時経営していた2店舗のうち1店舗を売り、その資金を開発費にあて、新たなダッチワイフ制作にとりかかる。

耐久性をよくするため、腰の部分にウレタン素材を使用し、顔もソフトビニールにして、少しでも可愛らしくと試行錯誤し、1977年に発売したのが記念すべき第1号ドールの「微笑」だった。

第1号ドール「微笑」=オリエント工業提供
第1号ドール「微笑」=オリエント工業提供

シリコン製が大ヒット

「微笑」は大きな反響があったが、手足には空気を使っていたので、まだ空気漏れを解決できていなかった。その上、ソフトビニールは感触がよくなかった。そこで思い切って空気を使わず、かつ感触をよくすることに注力する。手足を脱着式にし、コンドームの素材のラテックスを使用することで、質感が劇的に変わった「面影」が誕生する。

骨格などの改良を重ねる中、アメリカで登場したのがシリコン製リアルドールだった。土屋さんが求めた肌質こそ、このシリコンだった。2年ほど費やし、シリコン製一体型ラブドール「ジュエル」を2001年に販売。大変な人気となり、爆発的に売れる。

手作りのため時間がかかり素材も高価なので、それまで10〜25万円程度だった販売価格は60万円ほどへと高騰した。それにもかかわらず注文を受け付けるたびに完売した。これをきっかけにシリコンが主流となり、オリエント工業はラブドールの代名詞となる。

近年、ラブドールは性の対象だけでなく、着せ替えや撮影用の人形として使う人も増えている。介護や歯科実習用、警察からの依頼で事件を再現する際にドールを提供することも。「お役に立てるならば」と、土屋さんは協力を惜しまない。

介護用ドール「とめさん」=オリエント工業提供
介護用ドール「とめさん」=オリエント工業提供

売るだけじゃない、寄り添う心

そんなオリエント工業が大事にしているのがお客とのコミュニケーションだ。1982年より購入希望者向けに製品説明やカウンセリングをするため、相談室を設けている。

性の悩みといっても様々。妻に先立たれた人、女性不信により生身の女性が苦手な人、風俗には抵抗がある人。本人だけではない。精神障害を持つ息子のために母親が相談に訪れるなど、来店できない人の代理も少なくない。

お客とのコミュニケーションを大事する一方、それぞれの事情に踏み込まないという姿勢も守っている。それでも、会話の断片から見えてくるお客とドールの関係は、実に多様だ。中には、ボディー丸ごとだとデートはできないから、頭部だけをいつも持ち歩いているという人もいるという。

「繊細な人が多いと感じます。そういう意味でも、踏み込まないということは極力守ります。それはずっと社長から言われていて、会社のポリシーみたいなところ。上野の相談室を始めた頃から、社員に受け継がれています」(ドールディレクター・大澤瑞紀さん)

透き通る爪まで繊細に作られたドール
透き通る爪まで繊細に作られたドール

手放す際の「里帰り」制度

オリエント工業の取り組みで興味深いものに、「里帰り」制度がある。結婚したり、実家に帰ったりする際、手放すことになったドールを引き取るというものだ。

自分で処分するにも大きく、シリコンなのでなかなか難しい。それ以上に、生活を共にした存在を自分の手で廃棄物として分解することはできない。そんなお客に代わって人形供養をしている。

「お客さんはドールに感情を持ちます。なので、買ったところに戻す、里帰りがあると気持ちが安心する。物を売る、買うっていうのも大事なんだけど、そこにも心があるかを、もっと大切にしています」(社長・土屋日出夫さん)

「里帰り」制度があることで、購入者も安心してドールを迎えることができる。ただの使い捨てではなく、愛情を持ってパートナーとして迎えるユーザーにとって、ありがたい配慮である。

研究を重ねて再現したドール生え際。これによって髪形のバリエーションが広がったという
研究を重ねて再現したドール生え際。これによって髪形のバリエーションが広がったという

二次元キャラとの結婚

ラブドールを、人形を超えた存在にしたオリエント工業だが、近年、生身の人間にこだわらない関係はいたるところで生まれつつある。

2017年11月22日の「いい夫婦の日」に、バーチャルホームロボットの開発を手がけるGateboxが、好きな2次元キャラクターとの婚姻届を受けつける「次元渡航局」という企画を期間限定で実施した。このユニークかつ斬新な試みに、3708人が婚姻届を提出、婚姻証明書を受け取っている。

その中の1人である男性は、婚姻届に留まらず、翌年11月にボーカロイドのキャラクターである初音ミクと実際に挙式し話題となった。また2022年4月にも人気児童書シリーズ『かいけつゾロリ』(原ゆたか・ポプラ社)の主人公ゾロリと結婚式をあげた女性がいる。彼女は自身のTwitterでその様子を報告し、多くの反響を呼んだ。

2人とも、いままでの人生において辛かった時、それぞれの結婚相手であるキャラクターに救われ、励まされ続けたという。大切でかけがえのない存在、パートナーなのである。

生身の人間だけではない

オリエント工業のラブドールと、二次元キャラクターには通じるものがある。

「お客さんがドールと長い時間を一緒に過ごすことで、別の感情が生まれることがあります」(大澤さん)

「ドールを買ってもらった時には、指輪をはめて娘を送り出すような気持ちになる。そして、最終的に里帰りとして迎える。そういう関係性を大事にしています」(土屋さん)

生身の人間だけが、人生のパートナーではない。心に寄り添い、一緒に過ごした月日はどんなものでも、大切な存在となりえるのだ。

人間の女性から型を取って作るドールの頭部
人間の女性から型を取って作るドールの頭部

多様化する世界へ

とはいえ、生身の人間以外との関係は、まだまだ世間一般に受け入れられていないのが現実だ。二次元キャラクターとの結婚が話題になること自体、それが珍しい事例だから、とも言える。

そもそも、ラブドールが男性に向けてのものであり、女性を物のように見ているのではないか、という批判があるかもしれない。筆者としても、女性向け、もしくは性の垣根を超えたラブドールが生まれたら、と思う。ただ、ここでは、ラブドールが、本来の用途を超えた存在になっていることに注目したい。

犬や猫を愛でるように、また漫画やアニメのキャラを〝推し〟として尊ぶように、ラブドールが誰かの心のよりどころになっているなら、それは、多様化する世界において一つの救いになり得る。

ラブドール界を牽引してきたオリエント工業の足跡。それはまさに価値観が多様化する現代を先取りしたものだった。創立45年を迎える同社。ドールへの尽きない熱量や、守るべきポリシーがあったからこそ、唯一無二の存在になることができたのだろう。

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