IT・科学
ルッキズムやネットの誹謗中傷… 社会の〝呪い〟との向き合い方は?
「わたしの体に呪いをかけるな」翻訳者に聞く

ルッキズムやネットでの誹謗中傷……。女性が直面するさまざまな問題や悩みを、米国の文筆家・批評家のリンディ・ウェストさんが描いて話題になった『わたしの体に呪いをかけるな』(双葉社)。この日本語版を翻訳した金井真弓さんは、いまの日本社会と通じる問題があると語ります。社会がかけた〝呪い〟に気づいたり、世界が広がるきっかけになったりするかもしれない――。翻訳者として込めた願いを、金井さんに聞きました。
直面する問題に悪戦苦闘
出版社から、企画書のための資料づくりを依頼されたのは2年ほど前。
初めてリンディの本を手にとったという翻訳家の金井真弓さんですが、「読み進めるごとに、どんどんリンディが好きになっていきました」とほほ笑みます。

社会でタブー視されているような問題についても自分の思いを正直にぶちまけ、さまざまな問題を解決して良い世の中に変えていこうと悪戦苦闘するリンディ。
「ルッキズム(外見による差別)、生理や中絶、コメディー界での女性蔑視、ネットでのいじめ……。これだけの厚さのなかに、女性の直面するさまざまな問題が詰まっています。どの視点で読んでも共感できる部分がある。ぜひ出版してほしいし、たくさんの人に読んでほしいと思いましたね」と振り返ります。

わたしの体は誰のものでもない
リンディは本の中で、自分の太めの体型にコンプレックスがあったことや、太っている人が感じてきた生きづらさを吐露します。
金井さん自身は、子どもの頃から背の低さがコンプレックスだったそう。満員電車の中では、スーツ姿の男性が、自分の頭の上に新聞や雑誌を置いて読んだこともあったそうです。
そんななか、リンディの書いた一節に励まされたといいます。
どうか忘れないでほしい。わたしの体が、わたし自身なのだということを
「原文では〝Please don’t forget: I am my body〟です。自分の体験とリンクして、本当に感動しました。私の体は誰のものでもない。だから、社会から外見をどうのこうの言われたとしても、それを真に受ける必要はないんですよね」

「普通の人」が送る誹謗中傷
リンディは、ネットで受けた誹謗中傷や、亡くなった父になりすましてSNSアカウントを作って嫌がらせをしてくる「ネットいじめ」についてもつづりました。
金井さんは「大切な父の死の傷も癒えない時に、お父さんになりすましてリンディを傷つけるメッセージを送る……。ここまで残酷なのかと言葉がありませんでした」といいます。

金井さんは「本当に怖いことですが、ネットいじめをする人って、私たちの想像以上に『普通の人』なのかもしれません。性別を問わず、読んでもらいたい部分です」と話します。
「ネットやSNSの登場で、誰かを匿名で攻撃することが本当に手軽になっていますよね。鬱憤を晴らしやすいシステムになっていることが問題だと思います」
翻訳書の魅力を伝えるために
「『女性のことは攻撃しやすいんだろうな』『自分が男性だったらどうだったのかな』と考えることはあります」といいます。
家族に相談したところ、「発信する以上、いろいろ言われるのは仕方ない」「言われるのが嫌なら、発信しなければいい」と言われたこともあるそうです。
「でも、翻訳書が売れない時代に、すばらしい訳書を紹介したり発信したりするには、SNSは有効な手段です。翻訳書の魅力を伝えるために、できることがあれば何かしたいなと思うんです」
翻訳書へのハードルを下げたい
これまで「青海まこ」と「金井真弓」の二つのペンネームを合わせて、ノンフィクションやロマンス小説など90冊超を訳しています。
「翻訳書って手にとって読んでもらうまでにちょっとハードルが高いんですよね。先日訪れた書店でも、文芸作品の棚が減って、『お金が儲かる』といった本の棚が増えているのを見かけて、寂しい思いがしました」と話します。

「原書は手紙です。それを待っている人に、翻訳して届ける『郵便配達人』でありたいなと思っています。著者の意図していることをどう伝えるか……難しさはありますが、そのぶんやりがいがあります」
金井さんは「コンプレックスのある人や、自分の体型を肯定できないという方は、気持ちが明るくなるのでぜひ読んでほしい。男性も、自分とは違う性別の人たちがどんな思いをしているのか、どんなところで傷ついているのかを知ってほしいですね」と話します。
「そしていつかは、男性や女性、性的マイノリティーといった〝枠〟にその人を押し込めるのではなく、それぞれ個人を尊重するような社会になっていったらいいですね」