ネットの話題
記事につく「いのちの電話」相談窓口 SNS時代の伝え方って?
専門家「メディア間の競争を超えた“原則”を」
最近、芸能人の自殺関連記事の文末には、「いのちの電話」「こころの健康相談」など、相談窓口が紹介されていることが多い。一方で、「相談窓口をつけておけば何を報じてもいいのか」という指摘も生まれている。SNSで一つの情報が何度も伝わり続ける時代。自殺報道には何が求められるのか。専門家の言葉から考える。(吉河未布)
著名人の自殺におけるメディアの影響は、報じ方によっては「子どもや若者、自殺念慮を抱えている人の自殺を誘発する可能性」があることから、以前より議論されてきた。
日本のメディア向けには2000年、世界保健機関(WHO)が自殺予防の手引き集のひとつとして「自殺予防 メディア関係者のための手引き」の日本語版を公表。
これが2008年に「自殺予防 メディア関係者のための手引き」、さらに2017年に、「自殺対策を推進するためにメディア関係者に知ってもらいたい基礎知識2017年版」として改訂されている。
最新版では、SNS時代になっていることを踏まえ、「写真、ビデオ映像、デジタルメディアへのリンクなどは用いないこと」という文言が追加。時代に合わせてアップデートされている。
ただ、基本的にメディアが「すべきことと、してはいけないこと」が明記されている点は当初から変わらない。
厚生労働大臣指定法人「いのち支える自殺対策推進センター」は、2020年9月から厚生労働省と連名で、著名人が自殺した直後や、自殺した命日にはその都度「著名人の自殺に関する報道にあたってのお願い」をHPに公開している。
現在、記事の末尾などに記載されている相談窓口の情報は、上記「お願い」に則したものになっている。
ウェブの記事をはじめ、多くのメディアが採用している記事末尾の相談窓口情報だが、どのような意味があるのか。
自殺対策について詳しい大阪大学教授の松林哲也さんは「相談窓口の情報には『後追い』のリスクを低減する目的があります」と指摘する。
特に著名人が自殺で亡くなると、「もともと自殺リスクが高い方たちが報道を目にした際に影響を受けてしまうことがある」からだ。
一方、情報ツールが新聞とテレビがメインだった時代にも、「後追い」はあった。松林さんによると、なかでも言語情報だけでなく、聴覚や視覚にも訴えかけるテレビは情報量が多く、影響が大きいことがわかっているという。
そしてネットやSNSが登場すると、それまでは一方的に受け取るだけだった情報が、「繰り返し」「共有」されるようになる。
「情報量が多いことに加えて、伝える回数が増えると、ネガティブな影響を引き起こす可能性が高まることは、研究で明らかになっています。テレビやネットでは、繰り返し同じような報道をする傾向がありますよね。さらにSNSを通じて、よりいろんな人に情報が伝わり続けるというのは、やはり負の影響が大きくなります」
新しい情報ツールの台頭もあり、昔と今とで、「自殺」をめぐる報道のあり方は大きく変わってきた。
松林さんは、80年代はセンセーショナルな切り口で、生々しい情報が伝えられていたことに触れながら、「それが悪影響を及ぼすということが認知され、日本でもWHOのガイドラインにのっとった形で報道されることは増えてきています。これはいい方向だと思います」と話す。
そして今後については、「WHOおよび厚労省のガイドラインを遵守する」ことが大前提だとしつつ、「一方で、言論の自由や、媒体同士の競争といった兼ね合いもある」ことの難しさも指摘する。
「その中でも、ネガティブな影響を極力少なくするのは、『できる』ことです。例えば、『自殺』という言葉自体、使用を控え、『急逝』『自宅で亡くなった』などといった表現をする媒体もあらわれています。これは直接的な単語が、リスクの高い人たちのトリガーになることを避ける意味合いだと思います。競争原理などといった要素を取り払い、報道する側が、そういった“原則”を横断的に決め、守っていくしかない」
加えて、松林さんは、〝そもそも〟の報道姿勢についても問題提起をする。
「人が亡くなる理由って、基本的にはプライベートな情報ですよね。もちろん例外はあると思いますが、一般的には、死因を報道、シェアする必要があるのかというところまで議論がすすんでいくといいと思います」
松林さんの「シェアする必要があるのか」という言葉は、SNS時代において、“何をシェアするのか、しないのか”という判断が求められはじめていることを示唆している。
もちろんマスコミ側だって、情報を“投げっぱなし”の時代はとうに終わっていて、「シェア」される時代であることはわかっているだろう。だからこそ、「いいね数」「RT数」「投稿数」など、いわゆる“バズって”いるものを取り上げるし、それを目指しがちだ。
しかし今、とりわけセンシティブな情報を報じる際、マスコミに求められるのは、“どこかの誰かがそれを受け取り、何を感じるか”という想像力ではないか。
SNS上に乗せられた情報は、生きている火だ。あたたかい火のもとに人々が集まり、ほっこりすることもあるが、一方で形を変え、増幅して、思いもよらぬところに着火することもある。個人のネットやSNSに触れる時間がどんどん増えている今、情報を扱う側は、その受け取られ方に、敏感に、かつ真摯に思いを馳せなくてはならないと、強く思う。
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