地元
民家に咲いた珍し過ぎる花 「今世紀、もう見ることはできない」
「不吉」どころか「幸運の花」だった
庭に珍しい花が咲いた――。岩手県の民家から、そんな知らせを受けて調べ始めると、なんとその植物は、「一度咲いたら、その後は1世紀にわたって見ることができない」という、驚きの生態だということが分かりました。(朝日新聞記者、東野真和)
ゴールデンウィーク最後の日曜日。
岩手県大槌町吉里吉里の木材加工業・碇川公二さん(58)が、庭の手入れをしている時、ササ類の植物が群生しているやぶの中に、見たことがない実のような物が生えているのを見つけました。
近所の親類がスマホで調べると、どうやら花のようでした。
ササやタケの一種は、何十年に1回しか咲かない。そんな話をどこかで聞いたことがあった碇川さん。その後、どうなるんだろうと調べてみると、実をつけたあと、一斉に枯れるようでした。
このやぶが邪魔だと思っていた碇川さんは喜びましたが、半面、花が咲くと不吉な事が起きる、という言い伝えも聞いたことがあり、ちょっと不安になりました。
碇川さんは、2011年の東日本大震災の津波で自宅を流され、この高台に移住しました。「もしや、また……」
碇川さんの親類から「めったに咲かない花が咲いた」と連絡を受けた私は、ちょうど隣の釜石市でラグビーリーグワンの試合の取材を終えた所だったので、すぐ車を走らせました。
めったに咲かないのなら、さぞかしぱーっと派手な花が咲くんだろうと思って期待しました。
が、行ってみたら、細長い紫色の花が、周囲に生えている植物とは別に、土から直接伸びた茎から咲いていました。おしべやめしべのような黄色いものが、垂れ下がっている花もありました。
正直「小さくて地味だなあ」と思いました。
私も碇川さんと同じくらいの知識しかなく、これは本当に珍しい花なのか、そもそもこれは何というササなのか、わかりませんでした。
専門家に聞いてみよう。知り合いの植物学者に電話すると「詳しい人がいます」と教えてくれました。
盛岡市にある国立研究開発法人・森林総合研究所東北支所の齋藤智之グループ長(48)でした。花の画像をメールで送り、後日、支所におじゃましました。
齋藤さんは、へーっと驚くような話をいくつもしてくださいました。
記者:これは何の花ですか?
齋藤さん:写真で花を見ただけでは判別しにくいけど、葉や枝ぶりを見ると「スズタケ」に間違いないと思います。全国の太平洋側に分布し、120年周期で花が咲くことが概ねわかっています。
東北地方の分布では特に岩手に多く、5月中旬から6月上旬に開花し、その後1カ月ほどで種をつけて枯れてしまいます。
一生に一回だけ、最後の年に開花のスイッチが入ると、エネルギーを使い果たして枯れるまで、全てを注ぎ込んで種子を実らせるのです。
記者:全国に生えているなら、1本の株が咲くのが「120年に1度」とはいえ、毎年どこかで咲いているんですよね。
齋藤さん:いいえ。20年くらいかかって全国のほぼ全ての集団が開花してしまうと、あと100年くらいはどこにも咲かない時期が訪れます。
今回の周期は、2005年に、埼玉県の秩父地方でスズタケの集団が一斉開花を始めたのが最初だとみられ、その後、一斉開花する地域がだんだん北上していきました。
東北地方では岩手県で2014年の八幡平市西根地区を皮切りに、あちこちで確認されました。それでも、沿岸はまだ開花しない地域として残されていました。
記者:ということは、次世代の人類が見ることができない、すごく貴重な花をみているんですね。
齋藤さん:はい。ササの研究者でも、私の前の世代の人は、スズタケの花を見ることがなかった人もいるし、これから先に生まれた人は、よほど長生きしないと次回の一斉開花を見ることがないでしょう。
記者:そんなにめったに咲かないなら、もっと派手な花が咲けばいいのに。
齋藤さん:スズタケの花には花弁がありません。虫や鳥を呼び寄せ、それらを媒介にして受粉する「虫媒花」ではなく、風で受粉する「風媒花」なので、きれいないい香りの花を咲かせる必要がないのです。
その他の大半のササやタケの類も、同じく120年くらいに1回しか咲かないのですが同様に地味です。これらはイネ科の植物です。お米の花も地味でしょ。
記者:スズタケの群落が一斉に枯れた後、元の状態に戻るのはどれくらいかかるんですか。
齋藤さん:数十年かかります。それに、ササには色々ありますが、スズタケはもともと刈払いや伐採などの開発による撹乱(かくらん)に弱い植物です。
茎が真っ直ぐ伸び、しなやかなので加工しやすく、工芸品に使われるのですが、全国的にシカが増えて葉や芽が食べられてしまって材料が不足しています。今回、一斉に開花・枯死したことでさらに困っています。
記者:だったら、毎年順々に咲いて枯れたほうが、種の継承にはいい気がするのですが、なぜ一斉に咲いて枯れるのですか。しかも120年に1度。
齋藤さん:群落が一斉に芽を出すと、動物も食べきれなくて、残った芽が育つ。そういう「作戦」のようです。
そして、長期間開花しないというのも、ササ類の「作戦」なんです。
ササノミモグリバエというハエがいて、花の中の「子房」という種子になる部分を食べてしまうんですが、食べ尽くされてしまうと種子が実りません。
このハエはササの子房しか食べません。そこで、ササは開花しない期間をひたすら長~くして、休眠しているハエの卵の寿命が尽きて数が減ったところで一気に開花するんです。
そうしたら、生き残ったハエが子房を食べても食べ尽くされないだろう、という「作戦」なのです。
記者:そんな意味があったとは……。あ、それと、植物学者に聞くことではないかもしれませんが、「めったに咲かない花が咲くと、不吉なことが起きる」という人もいますが、本当ですか。
齋藤さん:たまたま江戸時代に飢饉が120年周期で起きて、それが一斉開花の周期とが重なったのでそう言われるようになったのではないかと言い伝えられています。
でも、実際には、ササは「救荒作物」と言われ、種子が米の代わりに食料になるので、むしろ、飢饉の時に花が咲いた地区は幸運なんですよ。家族総出で山に採りにいったという記録も残っています。
◇
開発に弱く、食害にも遭って減りながら、120年に1度の花を咲かせたスズタケは、不吉ではなく、「幸運の花」でした。
分布から見ると、今回のスズタケの一斉開花は三陸沿岸が最後だろうと推測されています。その後はおそらく今世紀は誰も直接見ることはないでしょう。三陸沿岸に、この地味な花を捜しに出かけてみてはいかがでしょうか。
1/3枚