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「子連れ専用車両」が鉄道を変える? 専門家に聞く子どもと公共交通

日本の鉄道は世界から見ても、稀な状況です

子連れでの鉄道旅行(写真はイメージ)
子連れでの鉄道旅行(写真はイメージ) 出典: Getty Images

目次

「子どもと気兼ねなくお出かけできるように」と子連れ向けのスペースを設ける鉄道会社が増えています。なぜ今? 関西大学の宇都宮浄人教授(交通経済学)に、日本の鉄道が「子連れ」をどう見てきたのかを聞いていくと、鉄道という公共空間と子連れの距離感がどう変わって行くのか、見えてきました。

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【#子連れ専用車両 から見る社会】
3年ぶりに新型コロナ対応の行動制限がなかった大型連休。子どもを連れて、久しぶりに遠出した方も多かったかもしれません。鉄道各社が「子連れ専用車両」など「子どもと気兼ねなくお出かけできる」プランを用意しています。「事情のある人にも配慮できる」と歓迎される一方で、社会の縮図とも言える鉄道の変化を慎重に見る人もいます。誰にとっても良い「公共空間」とはどんなものでしょうか。専門家や読者と考えた記事を随時、配信していきます。

【関連記事】子連れ専用車両、「歓迎」だけでない理由 子育て世帯が少数派の今に(朝日新聞デジタルに移動します)
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「子連れ」スペース広がる

「『泣いたらどうしよう』という心配がいらない!」。こんなうたい文句で展開中のJR東海の「お子様連れ専用車両」を巡り、ツイッターで3月、ちょっとした論争が起きました。

「まわりに気がねをしないで済む」と歓迎される一方で、「子連れに対して社会が寛容でなくなっているのでは」など、子連れが「すみ分け」されること自体に疑問を持つ声が出てきました。

同社によると、長期休暇に合わせて「ファミリー車両」などの類似サービスを始めたのは2010年から。子どもが騒ぐことで子連れ客が肩身が狭そうにしている様子を見た若手社員が、「どうにかしたい」と考えたと言います。アンケートでは「気がねなく利用できる」と好評で、コロナ禍前は、利用客・本数ともに、年々増えていたそうです。

運行が始まった「お子様連れ専用車両」でくつろぐ親子=2010年12月
運行が始まった「お子様連れ専用車両」でくつろぐ親子=2010年12月 出典: 朝日新聞社

子連れ向けのスペースを確保する動きは各社で広がっています。

都営地下鉄大江戸線では19年、優先席の壁をアニメ「きかんしゃトーマス」で装飾した「子育て応援スペース」を導入しました。ベビーカーでの通勤で肩身が狭いという市民団体の要望に応えた形です。

小田急電鉄は今春から「子育て応援車」として、通勤車両の3号車に「お子様連れのお客さまに、安心してご乗車いただける車両です」とステッカーを貼りました。

車両ごとに利用客の「すみ分け」はできないものの、泣く子やベビーカー利用者への理解を広げるのが狙い。「お子様が使いやすい沿線として、沿線人口を獲得したい」(小田急広報担当者)と言います。

小田急電鉄が展開する「子育て応援車」。通勤車両の3号車に「お子さま連れのお客さまに、安心してご乗車いただける車両です」とステッカーを貼り、泣く子やベビーカー利用者への理解を広げたいという=小田急電鉄提供
小田急電鉄が展開する「子育て応援車」。通勤車両の3号車に「お子さま連れのお客さまに、安心してご乗車いただける車両です」とステッカーを貼り、泣く子やベビーカー利用者への理解を広げたいという=小田急電鉄提供

「需要をさばく」のが使命

関西大学の宇都宮浄人教授(交通経済学)に話を聞きました。


――日本では、鉄道会社は子連れにどう向き合ってきたのでしょうか

今回の取材、お答えしようかどうしようか、実は迷いました。というのも、「鉄道会社の子連れ向けサービスが、どんな変遷をたどってきたか」というのは、あまりよく分かっていないからです。

むしろ、言えるとすれば、あまりそういう配慮をしてこなかったんだろう、ということに尽きると思います。

日本の公共交通というのは、戦前、戦後、20世紀から今日まで、基本的に、収益ベースで「とにかく客をたくさん乗せて運ぶ」ことで成り立ってきました。

写真はイメージ=Getty Images
写真はイメージ=Getty Images

高度経済成長期、それ以降のバブルも含めて、鉄道会社にとっては「需要をさばく」というのが最大の使命。

東京や大阪の「満員電車」、新幹線もトランクやベビーカーを置くスペースすらないことがそれを表しています。

そういうスペースを設けるということは、売ることができる席を減らすことになり、会社の収益から見ると「マイナス」になってしまう。

結果的に、健常者の大人、もっと言えば男性を対象にしたビジネスが最も需要に合っているし、それが一番もうかるネタでした。

大げさに言えば、「それ以外」の、子どものみならず、子どもを連れた親や、さらには障害を持った人たちを排除するようなやり方で鉄道会社の経営は回ってきたと思います。

「物理的な余裕」が生んだ変化

――電車では乳幼児連れが利用できる「優先席」などはありますよね。

確かに社会的な要請に応えて、ちょっとずつ努力はしていたと思います。ただ、優先席も、残念ながら、全体に影響のない範囲でやっている感じです。

今までのように黙っていてもどんどん人が来るなら、さばいていればもうかった。いまは、コロナ禍も経て、自分から需要を掘り出さないといけない時代になりつつある。

結果的に、子どもだけじゃなくて、ベビーカーや車いすの方も含めて、いろいろな人が広く社会参加できるように、今まで応じ切れていなかったところに、目が向いた。

今までがやらなさすぎたとはいえ、変わり始めていると思います。

地方で起きている現実

――コロナ禍などで生まれた「余裕」によって、ようやく目が向いたというのは、なんだか皮肉にも思えます。

ただ「余裕」と言っても、「物理的な余裕」です。
経営はどこも余裕がないので、対応できるのはごく一部。東京や大阪といった都市部で、たまたま余力がある会社で、そういう「発想」がある会社が、取り組みをしているに過ぎません。

地方を見れば、ローカル線で、バリアフリーはどれだけ普及しているでしょうか。むしろ、維持が大変だからと、駅からトイレがなくなっている状況です。

「子連れ専用車両を設けるかどうか」というのは、大都市の問題なんです。

地方では、もう子連れはほとんど乗っていません。乗客は高齢者と学生だけ。コロナ禍でますますバスはなくなっているし、公共交通があるかどうかで、高校の選択肢だって変わってしまう。

家族連れなら、高いし不便だからと、車を選ぶ。車がなければ生きていけない。

しかし、それが当たり前っていう社会で本当にいいのでしょうか。

社会全体として、子どもでも、障害者でも、何らかの理由で車を持てない人でも、みんなが社会参加できて、自由に移動できる方が重要ではないでしょうか。

写真はイメージ=Getty Images
写真はイメージ=Getty Images

「日本の常識」は稀

――採算が取れないところでは、かなり厳しいですよね。

でも実は日本以外で、鉄道で「もうけ」が出ている国はないんです。

基本的に鉄道はもうからない。線路や駅といった膨大な施設を抱えて、それをメンテナンスするので、ものすごい固定費になります。

だから20世紀のヨーロッパの鉄道は国有化されましたし、アメリカでは私鉄のほとんどが潰れてしまった。ごく限られた所以外、鉄道旅行は想定されていない。アメリカの都市鉄道は公営です。つまり収支が合わないのが、世界の常識なのです。

日本だけが、もともと人口密度が高く、さらに高度経済成長期でどんどん都市化が進んで、収支を合わせることができました。一両の車両にあれだけぎゅうぎゅうに人を乗せて運べば、もうかるわけですね。

日本ではそれが常識だと思われていますが、世界から見ても、稀な状況なんです。

関西大学の宇都宮浄人教授
関西大学の宇都宮浄人教授 出典: 朝日新聞社

誰でも乗れるための工夫

ヨーロッパは、設備、線路や駅など施設は公が管理しており、基本的なサービス水準を決めています。民間は、その上で運行サービスを提供することに徹します。「上下分離方式」というものです。

僕は4年前、1年ほど欧州のオーストリアにいましたが、地方のローカル線でも、バリアフリーのお手洗い付き車両が走っていますし、バスも99%バリアフリーでした。

それは、公共交通を公共サービスと位置付けて「人が移動するためのインフラ」と見ているからです。

特急列車には子ども用スペースがあって、車内で飽きないようにビデオを見られるなどの配慮があります。地下鉄やバスやトラム(路面電車)には、通勤時間帯でも、ベビーカーの人が複数乗っていました。

写真はイメージ=Getty Images
写真はイメージ=Getty Images

――東京では通勤時間帯に子どもを電車に乗せるのは、ベビーカーでなくても厳しいです。なぜ「子連れ優先」でなくても、そんなことが可能なのでしょうか。

それが可能だったのは、「混まないようにしていた」からです。混めばベビーカーを使うなど、そういう人たちが乗れなくなってしまうので、東京よりかなり小さいウィーンでも、地下鉄は通勤時間帯には2~3分に1本は来ました。

同じ人数を1台でぎゅうぎゅうに運ぶか、3台でゆったり運ぶか。下手をすればコストはかかりますが、どちらがいいでしょうか。

日本がたくさん乗せてもうけて、なんとかなってきたのは、ベビーカーや車いすの人たちを「排除」してできたシステムなんです。

本当の「経済合理性」とは

日本では、公共交通を公共サービスにすると「お金はどうするんだ」とか、「経済合理性を考えたら、採算合わないとしょうがない」という議論になります。

でも経済学者は、目先の金銭的な収支だけを合わせることを「経済合理性」とは言いません。

もしも社会参加できない人がいるなら、目先の収支が合っていたとしても、社会は幸せではなく、結果としていずれ地域が衰退していくことになるからです。

「経済合理性」というのは、使うことのできる資源で、社会が一番幸せな状態に持っていけることを意味します。

公共交通は、社会インフラです。真剣に考えた上で、何が地域にとって一番メリットがあるか。そういう視点を、これから社会で持たないといけないんだろうなと思います。

写真はイメージ
写真はイメージ

それぞれの需要が生む鉄道の未来

――いま、日本の公共交通が「子ども」を意識し始めたのは、まずは良いことだったんでしょうか。

子連れを「排除しない」という視点で、まずは大事なことです。

もう一つ言っておきたいのは、「全員参加」の社会では、それぞれの人に需要や欲求があるので、選択肢をしっかりと提供してあげることが必要です。

鉄道に関して言えば、今は普通車とグリーン車ぐらいしか選択肢がない。

海外では、子ども専用スペースよりもポピュラーなものとして、「この車両では静かにして下さい」という「サイレンスカー」があります。

いろいろな利用者の需要があって、事業者がそれぞれの需要に応えれば、利用者にとっても会社側にとってもメリットがあるウィンウィンな関係になる。社会全体で見て、皆がもっともハッピーになる状態だと思います。

取材を終えて

《子どもを含む社会的弱者を「排除」して成り立っていたシステム――。

当初は、鉄道会社の施策を知りたくて始めた取材でした。しかし、宇都宮教授のお話を聞くうちに、筆者は、これは日本が社会として選び取ってきたシステムなんだと感じていました。

「いっそのこと隔離してもらって、お互いさまだよねという感じで育児していたほうが心が楽かな」

「子連れ専用車両」を取材をする中で、子育て中の女性からこんな声が届きました。列車内で子どもがぐずり、ほかの乗客に「静かにしてくれませんか」と注意を受けた経験があったと言います。

日本では1980年代には全世帯の半数に子どもがいましたが、この40年で2割にまで減り、今や子育て世帯は「マイノリティー」になりました。

整然とした公共空間では目立つ子連れ。「気がねなく」お出かけするには、専用車両は一つの「選択肢」ではあります。

一方で、子連れが車内で感じている「肩身の狭さ」の根本の原因は、「システム」も含めもっと他にあるんだろうと感じました。そして、それは一時的な「すみ分け」で見えないようにすることはできても、解決はできないことなんだろうと、考え続けています。》

【#子連れ専用車両 から見る社会】

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【関連記事】子連れ専用車両、「歓迎」だけでない理由 子育て世帯が少数派の今に(朝日新聞デジタルに移動します)

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