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マンガ

「聞こえにくい」のではなく「聞こえない」少女を悩ませた先生の一言

「黒い手」の抑圧

聴覚障害がある少女の実体験について描いた漫画が、深い共感を集めています。
聴覚障害がある少女の実体験について描いた漫画が、深い共感を集めています。 出典: ミカヅキユミさんのツイッター(@mikazuki_yumi)

目次

耳が聞こえない少女の日常を描いたエッセー漫画が、ツイッター上で話題を呼んでいます。小学校の先生から、聴覚にまつわる考え方を否定された実体験がテーマです。どんな大人も、子どもに投げつけてしまう可能性がある、抑圧の言葉。うまく距離を取る方法について、作者に聞きました。(withnews編集部・神戸郁人)

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先生が添削した文章から受けた衝撃

「子どものころ見えていた『黒い手』の話」。そう名付けられた14ページの漫画が、4日にツイートされました。

主人公は小学2年生の女の子・ユミです。生まれつき両耳が聞こえず、学校では文章を書く訓練を受けています。その一環でノートに日記をつけ、先生に毎日チェックしてもらっていました。

ある日の日記では、自宅のインターホンが鳴ると、室内に備え付けのランプが光って回ることについて取り上げました。その中で「わたしは耳がきこえないので ランプを見て『おきゃくさまがきたんだな。』とわかります」と書いたのです。

出典:ミカヅキユミさんのツイッター(@mikazuki_yumi)

先生から、どんな返事がくるだろう。ユミは楽しみにしていました。しかし後日、手元に戻ってきたノートを読んで、衝撃を受けます。「きこえない」という一文の横に、赤字でこんな風に書き入れられていたからです。

「きこえにくい と書きましょう。難聴とも言うよ。」

ユミには、そもそも聴力がありません。耳以外から外界の情報を集めるしかなく、その状態をずっと「きこえない」と表現してきました。

「まちがいなの?」「直さなくちゃダメなの?」。先生による指導は、自分の小さな身体を頭から押さえつける「黒い手」のように、重苦しく感じられました。

出典:ミカヅキユミさんのツイッター(@mikazuki_yumi)

訂正しなかった「きこえない」という記述

元々、正しい言葉遣いを教わること自体を苦にしていたわけではありません。文章を読んだり書いたりするのが大好きだったからです。ただ、今回の訂正は、ユミ自身の魂を傷つけるほどのものでした。

何度も何度も考え抜いた結果、ユミは決断します。どうあっても、「きこえにくい」は自分の感性になじまない。だから、「きこえない」という記述は直さない。そう思ったのでした。

その後も先生は、日記の文章を、同じように添削してきました。しかし無視するうち、いつしか直されることはなくなったのです。

出典:ミカヅキユミさんのツイッター(@mikazuki_yumi)

大人になってから、聴覚障害がある友人たちに当時の出来事を話すと、「おかしい」と怒ってくれたり共感してくれたりしました。あのときの判断は、間違っていなかった……。ユミは幼少期の自分を誇らしく思います。

やがて一男一女の母親になった彼女ですが、突如として意外な事実を告白します。

「あのときの大人たちみたいな 黒い手を持つ大人にはなりたくないと思っていましたが」

「見事になってしまいました!! 私も この黒い手を持ってしまっているんですよ」

出典:ミカヅキユミさんのツイッター(@mikazuki_yumi)

「考え続ける」余白を持っておきたい

娘が2歳だったときのこと。買ったばかりの絵本を水浸しにしているのを見て、ユミは「なにいたずらしてるの!」「大事にしなきゃダメだよ!」としかりつけます。その両腕は、真っ黒に染まっていました。

ところが、娘は涙ながらに「ごみついてた……」。子どもなりの意図が、行動の背景にあったのです。ユミは自らの至らなさを恥じて、全力で謝ります。

大人は子どもと並んだときに、意識せずとも権力を持つことができてしまう。ちょっと生きやすくなっただけで、生きにくかった頃の状況を忘れるものなのだ――。「悔しいけれど 残念だけれど それが現実です」とユミは語ります。

出典:ミカヅキユミさんのツイッター(@mikazuki_yumi)

だからこそ、自分が間違えたとき、はっきり指摘してくれる子どもたちに敬意を抱いているのです。

大人の自分ができることと、子どもたちが喜んでくれる大人のあり方。それらを「考え続ける」余白を持っておきたい。そんなメッセージが打ち出され、漫画は幕を閉じます。

「自分も子どもの頃、大人に本心を言えず悔しい思いをした」「読めて良かったと思える素敵なお話」。作品を掲載したツイートには、様々なコメントが連なりました。8日時点で2万超の「いいね」もついています。

出典:ミカヅキユミさんのツイッター(@mikazuki_yumi)

「自分が失われてしまう感じがした」

作者はイラストレーターのミカヅキユミさん(@mikazuki_yumi)。9歳の息子と5歳の娘、夫の4人で暮らしています。家族の日常を扱うコミックエッセー「背中をポンポン」をブログ上で連載中です。

ミカヅキさんは、重度の感音性難聴の当事者として生まれました。耳が聞こえる人々が大多数の社会で、生きにくさを覚えることも少なくありません。そうした事実を含めた、日々の暮らしぶりを、イラストや漫画で表現してきました。

一方、自らと異なるタイプのマイノリティーの生きにくさに、思いをはせるのは難しいと感じています。そこで、人々が無意識に持ってしまう権力について、イメージしやすくなるような作品を手掛けたいと思ったそうです。

「このテーマは、大人と子どもの関係性にも共通すると感じました。二つの要素を結びつけられないものか。そう考えた結果生まれたのが、今回の漫画です。幼少期の日記ノートが出てきたことが、創作の直接的なきっかけとなりました」

日記の文章を先生に添削されるシーンも、小学生時代の実体験に基づいています。当時のミカヅキさんにとって、一般的な字句の訂正は、知識を得るのと同じ。様々な資料で答え合わせできたこともあり、抵抗感を抱かなかったといいます。

「ですが、『聞こえない』を『聞こえにくい』と直されたときは、それこそ魂レベルで『これは違う!』と直感的に思いました。『聞こえない』のが私なので、自分が失われてしまうような感じがしたんです」

出典:ミカヅキユミさんのツイッター(@mikazuki_yumi)

醜い部分を完全否定する必要はない

まだ幼い子どもにとって、大人の言動の影響力は、決して無視できません。ミカヅキさんの場合、そこに聴覚障害が重なりました。

音楽やインターホンの呼び出し音、自動車のクラクションに、救急車のサイレン……。小さい頃は様々な音について、聞こえているか親に確認されました。苦痛を感じながらも、その都度気持ちを察して、期待通りの反応をしていたそうです。

それとは対照的に、先生に対して「聞こえない」と主張し続けられたのは、日記だった点が大きいと振り返ります。

「日記を書くときは、いつも一人です。冷静に自分自身を見つめることができます。大人から突然『この音聞こえる?』と聞かれることも、求められている答えを出すよう誘導されることも、相手を喜ばせるための噓をつく必要もありません」

「だからこそ、自分の世界観を出しやすかったんだと思います。そして今思えば、文章を訂正されたのは、先生本人というより、社会の考え方や意識があらゆるマニュアルに反映されてしまっていたからではないかな、とも感じます」

漫画の読者からは、親になったミカヅキさんが、自らの「黒い手」に思い悩む場面にも共感が集まっています。わが子の感性を必ずしも分かち得ない点について、殊更に否定したり責め立てたりしない描写は、特に印象的です。

「『黒い手』を持っているのも『私自身』だから、反省しつつも、自分の醜い部分を完全に否定する必要はないなと思ったんです。それでなくなるものでもなく、しんどいだけなので。タブー視せず、まるっと肯定してしまおうと考えました」

出典:ミカヅキユミさんのツイッター(@mikazuki_yumi)

わが子に「大人も間違える」と伝える

親子間のコミュニケーションにも、こうした姿勢が貫かれています。

例えば、娘と息子が小さい頃から、「大人も間違えるんだよ」と伝えてきました。あるとき、幼い息子が目に涙をいっぱいためて、同じフレーズを使い反論してくる場面もあったそうです。

不適切な振る舞いをしてしまったら、相手が子どもであろうと過ちを認めて謝罪し、対話を続ける。そのように意識することが、大人が不意に発揮してしまう権力性に気付き、向き合う上で重要と考えている、とミカヅキさんは語ります。

話し合いが、母としての思いを一方的に告げる機会になっていないか。子ども自身は、対話に満足できたのだろうか――。日々の何げない交わりの中で、そうした事柄に関して、いつも考えているそうです。

「子どもたちに直接『(対話に)満足した?』と聞けば良いのかもしれません。でも私に気を遣って『満足した』と言いそうだなと。だからあえて尋ねず、表情や言葉、しぐさなど、本人たちが自発的に表すものを拾っていきたいと思っています」

「一方で、二人が何を考えているか知りたいときもあります。その際は『あなたの気持ちを教えて』と聞いています」

今回の漫画は「上司と部下など色んな関係性に当てはまる話」などとも評価されました。「それは私が言いたかったことの一つ。想像以上に多くの方が、深いところまで読み解いてくれてうれしいです」と、ミカヅキさんは喜んでいます。

【関連リンク】ミカヅキユミさんのコミックエッセー「背中をポンポン」
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