マンガ
「自由に作っていいよ」が怖い…図工で固まる少年を突き動かした思い
「手が動かぬ理由」を描かなかった作者
「何でも自由に作ってみましょう」。学校の図工の授業中、先生からそう言われ、戸惑う少年の心象風景を描いた漫画が、ツイッター上で人気です。何の制限もない環境の恐怖と真正面から向き合う様子に、自分自身を重ねる読者が続出しています。作品に込めた思いについて、作者に聞きました。(withnews編集部・神戸郁人)
3月21日、「図工の『ある授業』が苦手な子」と題された20ページの漫画が公開されました。物語は、主人公で小学生の男の子「横山君」が、図工の授業を受けるシーンから始まります。
この日は、「街を作ろう」という課題の最終回です。思い思いに、立体的な街並みを再現した作品を、机の上に置く同級生たち。一方、横山君は白い紙を敷いただけで、まだ何も組み立てられていません。
「何か…困ってることある?」。心配そうに声をかけてきた先生に、彼は答えます。
「な…何つくったらいいか わかんない」
すると突然、場面が奇妙な街の中に切り替わります。段ボールのような質感の柱を持つビルなど、へんてこな工作物を思わせる建物に囲まれ、横山君はイスに座っていました。そして顔に「自由」と書かれた巨人が近付いてきます。
「毎回言ってるけどぉ~」「好きなように 自由に作っていいんだよぉぉぉ」
戸惑いつつ「わかんないもんはわかんないんだよー!」と言い返す横山君。その直後、体を巨人の手につかまれ、放り投げられてしまいました。
横山君は、空高く舞い上がります。自由ってこわいよ、正解がないってことでしょ――。心に浮かんだ不安や恐怖が、そんなモノローグで示されます。
「危ない」。誰かの叫び声が教室に響きました。更に、どろりとした液体が横山君の頭にかかります。前の席にいる女の子が、自分の作品を誤って倒したのです。液体の正体はボンドでした。
廊下の水道でボンドを洗い流した横山君は、不安な表情を見せる女の子と向き合いました。片手には、女の子の「街」に置いてあった、紙コップ製の犬型模型が握られています。作品が落下した際、勢いで押し潰してしまったものです。
「これ、つぶしちゃって」。申し訳なさそうに切り出した横山君に、女の子は言いました。「大丈夫。その子…ほんとはもういないから」。
その言葉の意味を、横山君はすぐに悟ります。教室に、女の子が書いたと思われる文章を載せた紙が貼り出されていたからです。そこには、こうつづられていました。
「先週 飼っていた犬が死んでしまいました。」
横山君は、はさみを持ち出し、何かを作り始めます。犬の模型を再現しようとしたのです。しかし、思うように形が整いません。完成品を見せられた女の子も、「いいって言ったのに」「悪いよ…」と、何となく気まずい態度です。
「もう一回作らせて」「もっときれいに作る」。横山君は、女の子の目を真っすぐ見つめ、そう申し出ました。真剣に作業に取り組む様子を、先生も傍らで頼もしそうに見守ります。
「作りたいものは まだわかんない」「けど… 元気になってほしい」。工作の街の中、犬の模型の横で笑顔を見せる女の子のイメージに、横山君の思いが重ねられます。
が、できあがったのは、パーツのバランスがいびつな模型でした。最初に作ったものと、ほとんど外観が変わりません。ばつが悪そうにする横山君。でも女の子は、「ありがとね」と歯を見せて笑いました。
そのやり取りを目にして驚いたのが、先生です。「ようやく作り始めたと思ったら…自分のじゃなかったの」。横山君は、少しだけまごつきつつ、こう答えました。
「何を作るかは 自由なので」
自由工作の意味を、自分なりに捉えた言葉に、先生も「そっか、そうだったね」と笑顔になりました。そして、2体の犬の模型が描かれたコマで、漫画は幕を閉じるのです。
「何を作れば良いか分からない、と主張できる横山君を尊敬した」。ツイートには読者の好意的なコメントが連なり、6日時点で4万超の「いいね」もつきました。
漫画の作者は、かくたすずさん(@cactuses_manga)です。noteなどでオリジナル作品を公開しています。
かくたさんいわく、元々はファンタジーものを多く手掛けてきました。昨年、とある漫画コミュニティーに所属した際、エッセーを描くメンバーたちに囲まれ、実体験も題材に据えてみたいと思ったといいます。
「何かを作るのが好きだったので、もの作り全般で考えてみました。そして小学生の頃、図工の時間に自由工作がなかなか作り出せず、何もせず座っていたことを思い出したんです」
当時取り組んだのが、画用紙の上に、島や山を作るという課題です。そこで、主人公の横山君が、授業で「街造り」に挑むストーリーに。更に、カメラが風景をなぞっていくように街の姿を変化させ、心の動きを象徴的に表すことにしました。
実は、『図工の「ある授業」が苦手な子』をツイッター上で発表したのは、昨年7月。今回の漫画は再投稿したものです。初出時は終わり方を決めず、1ページごとにアイデアを練るスタイルを採ったといいます。
「前半で横山君が街に迷い込むところは、間延びさせるために描きました。そして、とても大きな街を造る女の子を出し、結末まで少しずつ考えていったんです」
物語の中で特に印象的なのが、女の子のために犬の模型を作ったことについて、横山君が「何を作るかは自由なので」と語るシーンです。かくたさんによると、このセリフを思いついたのは、ラスト2ページを構想していたときでした。
ヒントになったのは、本格的に漫画を描き始めてから最初に出会った、編集担当者の発言です。まだ2作品しか見せていなかった段階で、こんな風に口にしたといいます。
「あなたが一生描けそうなテーマが見つかるといいよね。人とのつながりとかかなあ」
この一言が、キャラクターたちの関わり方に、深く影響を与えました。人間同士の結びつきに光を当てるという趣旨は、先生と男の子の関係性にも表れています。
かくたさんが小学生時代、図工を担当していた先生は、子どもの創作を積極的に支えるような人物でした。何も作れず悩んでいると、教科書や他の児童の作例について説明しつつ、作品のアイデアを示してくれたのです。
自らの体験を、かくたさんは漫画に反映しようと考えていました。ただ原稿を少しずつ見せていく方式ゆえ、1ページ目だけ公開した際に、「先生が子どもを放置している」との意見が読者から届いたといいます。
「できれば、漫画の先生にも、横山君を見守っていて欲しい。そう感じたことから、(先生が男の子の発言を肯定する)後半のやり取りが生まれました」
ところで横山君は、なぜ街を完成させられなかったのでしょうか。その点について、漫画では明らかになっていません。
「実際に『自由工作で何も作れなかった」という経験がある人はたくさんいて、理由はそれぞれ異なっていたようでした。だから、あえて踏み込んで描かなかったのです」(かくたさん)
漫画に対する読者の反応を見てみると、そのことがよく分かります。「自由に作っても、先生に直されてしまう」「そもそも図工が好きではなかった」――。思い出は十人十色です。
そして理由を限定しなかった結果、横山君の行動を解釈する余地が生まれ、より自由な読み方が可能になった、とも振り返ります。
読み手に対して、何か伝えたいことはありますか……。最後に尋ねてみると、次のような答えが返ってきました。
「私には、漫画を描くことで『どうしてもこうしたい!』という野望などは、特にありません。作品を読んで、暇潰しや、何かの発信のきっかけにしてもらえたならうれしいです」
図工の「ある授業」が苦手な子(再掲)
— かくたすず (@cactuses_manga) March 21, 2022
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