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連載

#5 虐待の先にある人生―わたしの40年―

実名で仕事をしたかった 虐待サバイバーを美談で終わらせないために

「ないもの」にされる痛みを、もう誰にも…

「一例を通して、少しでも多くの人に虐待被害の現実と後遺症がもたらす苦しみを知ってほしい」。写真はイメージです=Getty Images
「一例を通して、少しでも多くの人に虐待被害の現実と後遺症がもたらす苦しみを知ってほしい」。写真はイメージです=Getty Images

目次

両親による虐待から逃れた過去を持つ、エッセイストの碧月はるさん(@haru35525859)。「被害者は加害者の影におびえ、息をひそめて隠れるように暮らしている」という現状に、周囲ができることはなにか。虐待を受けた後も続く人生について、碧月さんが綴るコラムの最終回です。
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私は、世間一般でいわれるところの「虐待サバイバー」です。そのうえで、ここに綴る内容はすべて私個人の体験・主観であることを明記しておきます。汎用性のある情報ではなく、一個人の記録に過ぎません。ただ、その一例を通して、少しでも多くの人に虐待被害の現実と後遺症がもたらす苦しみを知ってほしいと願っています。

時々、何もかもが嫌になってしまう

虐待サバイバーが抱える足枷は、目に見えない。でもそれは、水を吸った砂袋のように、ずっしりと重い。重くて重くて、時々、何もかもが嫌になってしまう。

私の職業は、「エッセイスト/ライター」である。この仕事は、“実名・顔出し”のほうが信頼されやすい側面がある。匿名であることは、イコール実体が見えにくいと捉えられてしまうのだ。

しかし、私は名前も顔も出せない。自身の過去を実名でつまびらかにすることは、私にはできない。両親が私を虐待していた証拠はなく、名誉毀損で訴えられる恐れがあること。そして何より、息子たちに自分の過去を知られたくないことが大きな理由だ。幼い彼らが知るには、私の過去はあまりに重すぎる。知らないままのほうが身軽に生きられる事実を、敢えて突きつける気にはなれない。

“実名・顔出し”でなければ、応募さえ叶わない案件もある。その現実を目の当たりにするたび、学歴の壁で面接さえしてもらえなかった過去を思い出す。
変えられないものを嘆いて歯ぎしりしている暇はない。そう思う一方、周囲を羨ましいと感じるのも事実だ。「匿名の者は信用に値しない」などの文面を見ると、胸が焼ける思いがする。自身が持つ「名前・顔を出せる環境にある」優位性を知らないからこそ、出てくる言葉であろう。

生き抜いた人が振りかざす根性論は「一種の暴力」

「虐待は連鎖する」という言葉もまた、私を苦しめる要因のひとつだ。

虐待被害に遭ったからこそ、連鎖させまいと歯を食いしばっている人たちは大勢いる。そのことをすっ飛ばして、「またしても虐待の連鎖です」と訳知り顔で騒がれるたび、心がぎゅっと縮こまる。だからこそ私は、実生活においては、未だに自身の過去をひた隠しにして生きている。謂れのない差別は、あらゆるところに転がっている。

それでも、今はどうにか人並みの日常を営めている。仕事の収入と障害年金を併せれば、納豆や卵を買うのに通帳残高とにらめっこしなくてもいい、外食や映画鑑賞にも手が届く生活水準を、私は得られた。でも、それはただ単に運が良かっただけに過ぎない。生と死の境目は、案外近しいところにある。私は幾度となく、そのボーダーライン上に立った。たまたま、向こう側にいかずに済んだ。ただそれだけの話だ。だから、「がんばればどうにかなる」なんて、絶対に言いたくない。

生き抜いた人が振りかざす根性論は、一種の暴力だ。性格も環境もそれぞれ異なるなかで、「私は耐えられた」なんていう一人よがりの自慢は、何の役にも立たない。真っ只中の人がそれを聞いたときに感じるのは、途方もない絶望だけだ。

住民票の閲覧を制限できるシステムを活用

このコラムの連載を通して、自身の過去を改めて振り返った。我ながら、よく生きているなと思う。

当然のことながら、私の40年は数千字では書ききれない。ここに書いたものは、ほんの一部だ。「書けなかったもの」のほうが、はるかに多い。表に出ている被害の実態が、氷山の一角であるのと同じように。

間違っても、「悲惨な生い立ちのサバイバーがエッセイストになった」などと、きれいに解釈してほしくない。美談にはなり得ない過去もある。美談にしてはいけない痛みが、この世にはある。

細い糸でつながっていた実家との縁は、昨年の私自身の離婚時にすっぱりと断ち切った。その際、身を守るための制度である「住民基本台帳事務における支援措置」を活用した。これは、例え一親等であっても住民票の閲覧を制限できるシステムである。現在の住居を両親や兄弟に知られることが、身の危険に直結する人のための制度だ。この手続きのために、警察と役所に足を運び、受けた被害の具体的内容と後遺症の実態を訴えた。当然のことながらフラッシュバックを起こし、役所のトイレで嘔吐した。それでも、身の安全を確保するために、この手続きを怠るわけにはいかなかった。

【配偶者からの暴力(DV)、ストーカー行為等、児童虐待及びこれらに準ずる行為の被害者(以下「DV等被害者」といいます。)の方については、市区町村に対して住民基本台帳事務におけるDV等支援措置(以下「DV等支援措置」といいます。)を申し出て、「DV等支援対象者」となることにより、加害者からの「住民基本台帳の一部の写しの閲覧」、「住民票(除票を含む)の写し等の交付」、「戸籍の附票(除票を含む)の写しの交付」の請求・申出があっても、これを制限する(拒否する)措置が講じられます。】
総務省HPより

児童福祉法だけでは救えない現実

被害者は加害者の影に怯え、息をひそめて隠れるように暮らしている。

罪を犯した側ではなく、人としての尊厳を踏みつけられた側が、制約を課せられる。

「逃げていいんだよ」という言葉は、ときにやさしく、ときに残酷だ。なぜ、いつだって被害に遭った側が、それまでの生活や本来持ち得るはずの権利さえも放棄して、逃げ隠れしなければいけないんだろう。私だって、普通の生活がしたかった。逃げも隠れもせず、実名で仕事をして、顔を出すことを恐れない日常を手に入れたかった。でも、それは叶わない。

虐待は、逃げて終わりじゃない。そこから始まるサバイバルの過酷さと、それゆえの足枷の重さは、自力でどうにかできるほど生易しいものではない。現状の「児童福祉法」だけでは、18歳以上のサバイバーは救えないのだ。

見える場所で書き続けて、もうすぐ3年が経つ。トータル何万字書いたかなんて、もう覚えていない。すべての虐待被害者に「あなたは悪くない」と伝えたい一心で、これまで書き続けてきた。でも、これからは一歩、その先に進みたい。

【児童福祉法とは】
「児童が良好な環境において生まれ、且つ、心身ともに健やかに育成されるよう、保育、母子保護、児童虐待防止対策を含むすべての児童の福祉を支援する法律です」
内閣府HPより

映画でも小説でもない私たちは、存在している

今この瞬間も、現在進行形で苦しんでいる人たちがいる。

30年前の私と同じ状況にある10歳の子どもが、20年前の私と同じ状況にある20歳のサバイバーが、たった独りで蹲って(うずくまって)いる。

子どもの政策を担う省庁(子ども家庭庁)の創設を目指し、国では議論が進められている。実現するのであれば、そういう人たちに手が届く仕組みがほしい。蹲っている人が前を向くために必要な支援を、生きる力を蓄えられるまで寄り添える仕組みを、これらの体制を整えるための改革を、国をあげて迅速に進めてほしい。傷だらけの人間に立ち上がることを求める前に、まずは手当てをしてほしい。それは、決してワガママな願いではないはずだ。

私たちの痛みを、「ないもの」にしないでほしい。被害を繰り返さないためにできることは、きっとある。国単位でも、個人でも。ひとりの力は小さくても、集まればそれは大きな力になる。

虐待サバイバーは、圧倒的なマイノリティだ。私たちの声は、なかなか国の中枢には届かない。だからどうか、力を貸してほしい。人ひとりの声は、あまりにも小さい。でも、その「ひとり」の集合体が、国をつくっている。

過去も未来も現在も、ひと続きで生きている私たちは、そのすべてを「なかったこと」にはできないし、どちらか一方だけにすがって生きることもできない。地続きであるからこそ苦しい。今と未来だけに全振りしようにも、過去に足を取られるからこそ、うまく息ができない。言葉にしきれないこの閉塞感を、見えないがゆえに「ないもの」にされる痛みを、もう誰にも味わってほしくない。

ここに書いた内容は、事実であって物語ではない。映画でもなければ、小説でもない。

私たちは、存在している。

【児童虐待の疑いがあるとして、全国の警察が昨年1年間に児童相談所(児相)に通告した18歳未満の子どもは10万8050人(暫定値)で、過去最多を更新。心理的虐待が全体の7割を占めた】
虐待疑いの児相通告10.8万人 コロナ禍で見守り機会減の恐れ:朝日新聞デジタル

10代のための相談窓口あります

【10代のための相談窓口】
チャイルドライン
18歳以下の相談窓口。電話やチャットで相談できます。サイト内では、誰にも見られないように「つぶやく」こともできます。
Mex(ミークス)
10代のための相談窓口まとめサイト。なやみに関する記事や動画も見れます。
TEENS POST(ティーンズポスト)
 手紙やメールで相談できます。対象は13〜19歳。

【虐待かも…と思ったら】
児童相談所虐待対応ダイヤル「189」について(厚生労働省)
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