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海外での窃盗被害…「良心に訴えるスタイル」パッキング術に脱帽
訪問した国「大好きなままでいられた」
海外に行くとき心配なのが、窃盗などの犯罪に巻き込まれることです。スーツケースの中に何を入れるか、よく悩むという人も多いのではないでしょうか。そんなときに役立つかもしれない「パッキング術」が、ツイッター上で話題を呼んでいます。異文化交流から生まれた秀逸なアイデアについて、取材しました。(withnews編集部・神戸郁人)
3月19日、一枚の画像がツイートされました。
写っているのは、開いた状態の旅行用スーツケースです。下側の収納スペースに、マスクなどの日用品が入っています。
そして上側に視線を移すと、ベルトで固定された、一枚のタペストリーが目に飛び込んできます。
緑色の背景に浮かび上がるのは、キリスト教の聖母マリアの姿。ローブをまとい、伏し目がちに両手を合わせるさまが、何とも神秘的です。
更に、こんな文章も添えられています。
「これはまねしたくなる」「むしろお金とか入れてくれそう」。ツイートには称賛のコメントが連なり、4月1日時点で5千近い「いいね」もついています。
良心に訴えかけるスタイルでパッキングしました!何も盗まれませんでした! pic.twitter.com/wQNZSLzL0Y
— あゆはん (@3FwCfzzAiSrBWHj) March 19, 2022
画像を投稿したのは、あゆはんさん(36・@3FwCfzzAiSrBWHj)です。一体、どのような経緯で思いついたのでしょうか。直接、話を聞いてみました。
スーツケースは、メキシコからの帰国時に使用したものでした。2019年夏、会社員の夫の転勤に付き添う形で仕事を辞め、首都・メキシコシティーに約3年滞在。任期の終了に伴い、3月16日に戻ってきたばかりです。
あゆはんさんによると、メキシコではキリスト教の聖母信仰が盛んです。街中の至るところに、「日本で言うお地蔵さんのように」(あゆはんさん)マリア像が飾られていたり、地元民が聖母モチーフのアクセサリーを身につけたりしています。
メキシコシティーのグアダルーペ大聖堂には、聖母の姿があしらわれたマントが掲げられています。地元に伝わる宗教的奇跡を祝う、12月12日の祝日を迎えると、国中から聖母の人形などを手にした巡礼者がやってくるそうです。
「私もマントを見に行ったことがあります。人混みがものすごく、拝観者が一箇所にたまらないよう、動く歩道が設置されていました。メキシコ人の信心深さを実感した経験で、これは防犯に活かせるんじゃないかと思ったんです」
タペストリーは昨年12月、メキシコシティー歴史地区の布屋で、テーブルクロスと一緒に購入しました。それを半分ほどの大きさにたたみ、お土産の民芸品や衣服の上を覆うようにして、スーツケースに入れたそうです。
「スマートフォンやお金、指輪ケースなどの貴重品は、手持ちのリュックとバッグに移しました。他の日本人観光客の方が、空港などでケースをこじ開けられ、中身を奪われたと聞いていましたので。予防と警戒は徹底しましたね」
あゆはんさんいわく、過去に一時帰国した際は、メキシコ国旗柄の布をスーツケースにしのばせたといいます。今回、あえて聖母の布を使ったのには、特別な思いがありました。
「大好きなメキシコでの日々を、最後の最後で台無しにしたくない。そう考えていたんです」
あゆはんさんにとって元々、海外はそれほど身近ではありませんでした。台湾など、日本からの移動が比較的容易な国や地域を、友人と観光したくらいだったからです。しかしメキシコで暮らした時間が、価値観を大きく変えたといいます。
スペイン語が分からなくても、陽気に話しかけてくる市場の人々。バスや電車が定刻通りにやって来なくても、のんびりと待つ市民たち……。気ぜわしくなりがちな、日本での生活との落差に驚きつつ、心がほぐれていくのを感じました。
「一方で激しい経済格差を受けて、待遇改善を訴える大規模なデモが行われることもありました。当日は実施場所の街の中心部に行かないよう、現地の日本大使館から呼びかけられたほど。しっかり声を上げられる点は素直にすごいと感じました」
もっと、色々な人と交流したい。そんな思いが募り、地域の語学学校に通っていた頃、新型コロナウイルスが流行します。授業は休講となり、辞めざるを得ませんでした。
感染対策のため、おしゃべりだったタクシーの運転手は無口になり、地元でできた友人たちが、親愛のハグをやめてしまう……。「メキシコの良さが失われていく気がして寂しかった」と、あゆはんさんは振り返ります。
メキシコ人の気風に触れた経験もあります。あゆはんさんの自宅に通う、家事手伝いの女性の振る舞いは象徴的です。
現地には大型連休や祝日を迎えるたび、家族に会うため実家に戻り、フィエスタ(パーティー)などを楽しむ風習があります。しかし女性は「ウイルスを広めてはいけない」と、何カ月も帰省を控えていたのです。
「メキシコ人が家族を大切にする姿勢は、日本人以上だと感じます。それなのに会うのを我慢している。彼女だけではなく、他の多くの市民も同じでした。本当に真面目な人たちなんだな、と思ったことを覚えています」
自らも家に引きこもりがちになっていた2020年7月。あゆはんさんは、スペイン語を改めて学びたいと、オンライン授業が受けられる別の語学学校に入り直します。先生や生徒と対面できる機会は限られていましたが、多くの交流が生まれました。
そして2021年末。感染者数が減少し、他都市の遺跡といった観光地へと徐々に足を伸ばせるように。メキシコを発つ直前、現地の友人とカフェに行く機会も持てました。別れ際、久しぶりに抱き合えたときは、思わず涙があふれたそうです。
帰国後、国が定めた隔離期間に入り、ホテルに移ったあゆはんさん。その日の夜、東北地方などで最大震度6強の地震が起きました。ほどなく、メキシコでお世話になった家事手伝いの女性や友人たちから、お見舞いのメールが届いたといいます。
「最後の最後まで、大きな犯罪の被害に遭うこともなく、メキシコを大好きなままでいられた。それがうれしくて、スーツケースの画像をツイートしました」
コメントを読むと、メキシコに長期滞在中と思われる人物の、「これは間違いなく防犯効果がある」という感想も目に入りました。「少しは現地の文化になじめたのかな」。あゆはんさんが笑います。
その上で、こんな風にも話しました。
「窃盗を防ぐには、基本的な備えが大切です。貴重品をスーツケースに入れない、隙を見せない、といったことを、まず意識して頂きたいです」
「そして、コロナ禍が落ち着いたら、ぜひメキシコを訪れてみてください。現地に行くことでしかわからない魅力を感じて頂けたら、いいですね」
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