体重が43キロになると「ゲームオーバー」――。摂食障害で食べて吐くを繰り返し、治療を続けている30代の女性は、30歳の時にそんな感覚に陥り、ホームの線路に吸い込まれていきます。「完璧主義で、自分に自信がありません」。そう話す女性は、自身の体験談が、摂食障害の気づきと早い対応につながればと語り始めました。
※この記事には過食嘔吐にまつわる描写、写真があります。
ダイエットで「リンゴの皮」
女性は、高校生の頃、女性誌のモデルやアイドルグループに憧れていました。「モデルになりたい」という思いで、ダイエットを始めたそうです。
お昼のお弁当は「リンゴの皮」。ただ、周囲の友人も「ニンジンの千切り」などで、自分だけが際立っているとは感じていませんでした。夜には2時間、とりつかれたように歩きました。
そして体重計に乗りました。
「100グラム増えれば『終わった』感じで次の日の予定はキャンセル。100グラム減れば、万能感で満たされました。数字が全て。『白か黒か』でしか受けとめられませんでした」
身長156センチ。元々やせていましたが、高校1年の夏に36キロまで落ちました。

「過食」で下剤100錠
抑えていた衝動があふれ出したのは、18歳の夏です。
アルバイト前に空腹を満たそうと、5枚で100キロカロリーのビスケットを食べました。自分で決めた「許可食」の一つでした。
「もう一袋食べたい」。そんな衝動に駆られ、口にした途端、食べることが止まらなくなりました。菓子パンや唐揚げを手当たり次第に買って食べました。バイトは休みました。
過食の衝動は当初こそ1週間に1回でしたが、やがて毎日に。バスに乗る前には、乗車中に衝動がきたらと菓子パン10個を買い込みました。「過食」を中心に、日常生活が回るようになりました。

40キロ~42キロを維持しようと、過食の後は絶食しました。
20歳の頃には、絶食の代わりに市販の下剤を使うようになりました。規定量は3錠。それが、10錠、30錠、70錠、100錠と増えていきました。
やがて吐くように。指を使っていたら「吐きだこ」ができました。

「バレたくない」 周囲に言えなかった
女性は高校卒業後、アルバイトで生計を立てました。20代半ばで企業に就職しました。
ただ周囲には言い出せませんでした。
「家族や友人、誰1人として打ち明けられませんでした。『バレたくない』と必死で隠しました」。食事を制限しているのに、付き合いで食べてしまうことが嫌で、人との食事は避けていました。
それでも、職場の同僚と「おやつ」などを食べるように。少しずつ体重が増え、会社の健康診断では43キロとされました。30歳の時でした。
「私にとっては体重が全て。43キロは受け入れられない数字でした。あぁ、『ゲームオーバー』だと思いました」

女性は、通勤途中、地下鉄のホームで線路に吸い込まれていきました。
そこで我に返りました。仕事を続けることは難しいと判断し退職。医療機関を受診し、摂食障害と診断されました。
女性は治療を続けていました。ところが、ある時から万引きが止まらなくなります。
「完璧主義」背景にあるケースも
厚生労働省によると、医療機関を受診した摂食障害の患者は年間20万人超。医療機関が把握していない患者も多数いるとみられます。
食事制限で極端にやせる「神経性やせ症」と、〝むちゃ食い〟の発作が起こる「神経性過食症」に大別されます。
摂食障害の治療に取り組む内科医で、日本摂食障害協会理事長の鈴木眞理さんは、「発症しやすい遺伝素因や『完璧主義』『低い自己肯定感』を背景に、ストレスを作りやすい物事の捉え方、ストレス対処の柔軟性のなさが原因となりえます」と説きます。

その上で「やせを称賛する文化が、挫折感の埋め合わせとして体形や体重へのこだわりを助長してダイエット人口を増やしています。そのことが、患者の〝すそ野〟を広げています」と言います。
体形のからかい、友人関係のトラブル、体操や陸上競技といったスポーツでの体重制限など、さまざまなことが〝引き金〟となるそうです。
「早期発見と早期支援が鉄則」
鈴木さんは、食べることに悩む人に早期の受診を呼びかけます。
鈴木さんによると、「神経性やせ症」では、やせが進行すると、良いアドバイスが耳に入らず低栄養による死亡率が高くなります。また、低身長、骨粗鬆症などの後遺症が残ります。「神経性過食症」では、むちゃ食いと嘔吐・下剤乱用という悪循環に陥り、日常生活に支障が出てきます。
「早期発見と早期支援が鉄則」と鈴木さん。「ほかの病気と同様に、当事者とご家族が正しい情報をできるだけ早期に得ることが重要です」と話します。
「なぜ発病したのか自分のストーリーを知って、『やせると嫌な現実に鈍感になれる』『過食しているときだけ現実を忘れられる』という心理的な〝メリット〟が生じてしまっていることを認識することが第一歩です」
家族支援も
回復に向けては、それぞれの過程に、さまざまなアプローチがあると話します。
「医療では栄養・心理・薬物治療を提供できます。回復過程では、学校など周囲の支援は有効です」
「摂食障害をケアする家族の負担はほかの精神疾患より大きいと言われています。また、家族の叱責、感情的な対応が回復を遅らせることもわかっています。ですから、ご家族には摂食障害に特有の支援方法を学んでいただきます。ご家族だけが受診して、本人が回復することもあるほどです」
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女性のエピソードは後編に続きます。
相談先は
また、宮城、千葉、静岡、福岡の4県には「摂食障害支援拠点病院」があり、電話などでより詳しい地元の医療情報も案内しています。
《摂食障害全国支援センター》
「相談ほっとライン」 047-710-8869(火曜日・木曜日・金曜日の 9時~15時)
https://sessyoku-hotline.jp/
《宮城県摂食障害支援拠点病院》
022-717-7328(火曜日・水曜日・木曜日の10時30分~17時)
http://plaza.umin.ac.jp/~edsupportmiyagi/
《千葉県摂食障害支援拠点病院》
047-375-4792(月曜日・水曜日・金曜日の9時~15時)
http://www.ncgmkohnodai.go.jp/sessyoku/
《静岡県摂食障害支援拠点病院》
053-435-2635(平日の9時~17時)
http://www.shizuoka-ed.jp/
《福岡県摂食障害支援拠点病院》
092-642-4869(月曜日・水曜日・金曜日の9時~16時)
https://edsupport-fukuoka.jp/
ご意見お寄せください
繰り返し「罪」を犯してしまう人がいます。この記事の女性も、万引きが止まらなくなりました。万引きの被害は深刻で、窃盗は言うまでもなく犯罪です。
ただ、「罪」の背景に目を向けると、ままならないことがさまざまに浮かび上がってきます。依存症や別の精神疾患、知的な障害などがある人もいます。女性も、衝動的に盗みを繰り返す窃盗症と診断されます。もちろん、疾患や障害があっても「罪」を犯さない人が多数ですが、再犯を防ぐために、「罰」だけではない医療や福祉的なアプローチへの関心が高まっています。