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「卒アルって、卒業式のためにあるんじゃない」マスク整列の罪深さ
コロナに翻弄された高校生活聞いてみた
新型コロナウイルスによって学校生活を揺さぶられたのが、今春卒業する高校生3年生です。突然、始まったオンライン授業。学校行事の相次ぐ延期。そして、今、卒業アルバムに並ぶマスク姿の自分たちの姿を見て、どんな気持ちでいるのでしょうか。一人の高校生の話をじっくり聞いてみることにしました。
札幌創成高校を卒業した18歳の藤原ルイさんは、4月から大学生になります。
コロナの感染拡大が確認されたのが1年生の時でした。2年生は、ほぼリモート。3年生は対面とオンラインを繰り返し。つまり、高校生活3年間すべてにおいてコロナの影響をまともに受けることになりました。
卒業アルバムに写っているのはマスク姿の自分たちです。
「卒アルって、卒業式のためにあるわけではないんですよね」
何年か後、何十年か後、見直した時、当時を思い出すためにあるのが卒アル。それが、全員マスクだなんて……。
「顔が写っていないと全然わからないじゃないですか」
考えてみれば、写真の役割は、単なる記録にとどまるものではありません。自宅に人を招いた時、ある程度、親しい人とするのがアルバムめくりです。その時、写真は会話のきっかけとして機能します。
大人になって、マスク姿の整列写真を見させられる残酷さに胸が痛みました。
同じ写真でも、日常的に使っているのがインスタです。
卒アルが単なる記録でないのと同じように、インスタも単なる写真投稿アプリではありません。
実は、藤原さん、コロナ禍で彼女ができたという。きっかけはインスタでした。
インスタのストーリーにあるアンケート機能に反応した一人にDMを送り、それが出会いに。
ところが、「インスタやLINEから始まった恋愛は短く終わってしまう」のだそう。
初対面が初デートというのは、なかなか話が盛り上がらないらしい。
教室で過ごす〝友だちでも恋人でもない〟時間。そういうのがあれば、もっと盛り上がれたかもしれないのに。
「なんか違う、思っていた人と違うってなってしまうんですよね」
意外だったのはプリクラです。
1996年、一大ブームを巻き起こしたプリクラですが、それから20年以上経った今も、友だちと肩を組んだり、色んなポーズをしたりして撮るそうです。遊びにいったら最後は「じゃあ、プリクラ撮るか」という流れに。
「プリクラは形として残るんです。お財布に入れて見返してます」
そういうイベント感は、スマホに保存された写真にはないという。
手帳に貼られた思い出の証し。その光景を思うと、あらためて、卒アルのマスク整列写真の罪深さが思い起こされます。撮ればいいってものじゃないのに――。
同じことを強烈に感じたのが修学旅行でした。先生たちから出てきた「可哀想だからせめてオンラインで……」という言葉にモヤモヤしたそうです。
自分たちのことを考えてくれたと思いつつ「逆に、傷をえぐっている」と感じてしまいました。
準備までのワクワク感、宿で深夜に隠れてする友だちとひそひそ話、留学旅行ってそっちの方がメインじゃなかったっけ?
先生たちも経験していたはずのことを、どこまで、わかっていたのでしょうか……。
結果的に中止になった修学旅行。
感染拡大を防ごうと世の中全体が取り組む中、旅行に行けなかったのは「しょうがない」。教室でマスクをしていない同級生を注意したこともある。友だちとも外でしか会わなかったし、密にならないよう気をつけていた。でも、こうも思う。
「期待させないでほしかった」
まず、延期の知らせが来る。「どうせ中止になるんでしょ、という空気に」。案の定、中止に。
結局、校長先生、教頭先生が決めているんじゃないか。「自分たちの行事なのに、声が反映されない」。そんな気持ちは残ってしまったそうです。
「結果は変わらなくても、意見は聞いてほしかったな」
想像していたのと違った高校生活でしたが、最後にサプライズがありました。
コロナに揺さぶられた卒業生のため、学校が地元テレビ局のHTB北海道テレビの企画に「メモリアルな思い出を生徒にプレゼントしたい」と応募。その思いに賛同したセガから、最新のプリクラ機が提供され、2日間、校内に臨時で設置されたのです。
これには藤原さんも「うれしかった」と笑顔になりました。
高校では運動部にいこうか迷ったけれど、生徒会に飛び込んだ藤原さん。みんなで決めたことを指示したり、人前で話したりしたことは貴重な経験になったといいます。
「高校時代の経験を大事に、将来は、人の役に立つ仕事がしたい」と語ってくれました。
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