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連載

#2 虐待の先にある人生―わたしの40年―

虐待死に集まる同情、逃れてもあった〝壁〟そして後遺症が始まった

助けてほしかった。

「一例を通して、少しでも多くの人に虐待被害の現実と後遺症がもたらす苦しみを知ってほしい」。写真はイメージです=Getty Images
「一例を通して、少しでも多くの人に虐待被害の現実と後遺症がもたらす苦しみを知ってほしい」。写真はイメージです=Getty Images

目次

両親による虐待から逃れた過去を持つ、エッセイストの碧月はるさん(@haru35525859)。両親からの虐待に耐えかねて家を出ましたが、その後数々の壁が立ちはだかりました。虐待を受けた後も続く人生について、碧月さんが綴るコラムの第2回目です。
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私は、世間一般でいわれるところの「虐待サバイバー」です。そのうえで、ここに綴る内容はすべて私個人の体験・主観であることを明記しておきます。汎用性のある情報ではなく、一個人の記録に過ぎません。ただ、その一例を通して、少しでも多くの人に虐待被害の現実と後遺症がもたらす苦しみを知ってほしいと願っています。

逃れた先に新たな壁

家を出たら、解放されると思っていた。両親から逃げられたら、虐待は終わると思っていた。でも、私のその考えは、砂糖菓子より甘かった。

中卒の未成年がひとりで生きていくには、社会の壁はあまりにも分厚かった。最初の壁は、住居の確保だった。私が家を出た1990年代、大抵の物件は保証人が必要で、礼金・敷金がゼロのところは限りなく少なかった。計画性なく衝動的に家を出た私は、当然の如く途方に暮れていた。

次に、就職の壁にぶつかった。履歴書には「住所欄」がある。でも、私には住所がなかった。住所不定無職、尚且つ、中卒で無資格。「がんばります」しか言えない私を雇ってくれるところは、簡単には見つからなかった。生まれてはじめて自由になれたと思ったのに、そこには自由なんてなくて、あるのは容赦ない現実だった。本来なら、警察や児童相談所に駆け込むべきだったのだろう。でも、私の中にその選択肢はなかった。父に刷り込まれた呪縛が、家を出たあとも私の心をがんじがらめにしていたからだ。

「誰もお前の言うことなんて信じない」

「みんなお前が悪いと言うよ」

この世でもっとも憎むべき相手の言葉なのに、「そんなことない」とは思えなかった。大人と子どもの話が食い違うとき、大抵の人は大人の話を信じる。何より、実の父親との間に起きたあれこれを、誰にも知られたくなかった。

どうしようもなくて、数日、公園の遊具で夜をしのいだ。手持ちの金は、吹けば飛ぶような額だった。なるべくそれを減らさぬために、そのへんに生えている雑草を食べた。田舎育ちで、農家を営む祖父母に「食べられる草」と「毒のある草」を教え込まれていたことが、思わぬ形で役立った。火も通さずに生で貪る草の味は、ただただ苦かった。草の表皮のザラザラが、口内をチクチクと刺す。その痛みが、たまらなく不快だった。

【児童虐待の疑いがあるとして、全国の警察が昨年1年間に児童相談所(児相)に通告した18歳未満の子どもは10万8050人(暫定値)で、過去最多を更新。心理的虐待が全体の7割を占めた】
虐待疑いの児相通告10.8万人 コロナ禍で見守り機会減の恐れ:朝日新聞デジタル

フラッシュバック…部屋で一人、声を押し殺した

身元特定につながる恐れがあるため詳しい事情は明かせないが、その後、紆余曲折を経て、どうにか住む場所と仕事を確保した。これでもう大丈夫。そう思ったのに、またしても新たな問題が立ちはだかった。後遺症の、始まりだった。

パニック発作、フラッシュバック、希死念慮、それらのストレスによる頭痛や胃痛などの身体症状。あらゆる苦痛に、連日苛まれた。さらに、この頃から記憶の欠如が顕著になった。でも、私はそれを安定剤の副作用だと思っていた。まさか自分が解離性同一性障害を患っているなどとは、思いもよらなかった。

フラッシュバックは、ただ「思い出す」だけではない。あたかも今現在、被害に遭っているかのような錯覚に陥る。感触から臭いに至るまで、鮮明に蘇る記憶。誰もいないアパートの一室で、私はたびたび発狂した。それが原因で、警察を呼ばれたこともある。それ以降は、布団に潜って枕を噛み、声を押し殺した。ぎりぎりと食いしばった奥歯が、嫌な音を立てて軋む。その鈍い痛みを持ってして、残されたわずかばかりの理性を握りしめていた。

一睡もできないまま仕事に行き、ミスを連発し、やがて出勤さえもできなくなった。天井を見上げることしかできず、朝か夜かもわからない日々。食べ物は底をつき、脱水による目眩と動悸を自覚しながら、眠剤をラムネのように貪った。OD(オーバードーズ。安定剤の過剰摂取のこと)をしても、簡単には死ねない。吐瀉物が喉に詰まって死ぬ場合もあるけれど、大抵は生き残ってしまう。それでも、意識を飛ばさずにはいられなかった。いっときでもいいから、思い出さない時間がほしかった。過去を忘れて、ただただ無になれる時間がほしかった。気がついたときには重度のうつ病を患い、精神科の閉鎖病棟に入院となった(このときの入院費用は、当時付き合っていた人に立て替えてもらい、分割で返した。詳細は次回触れることとする)。

【令和2年度中に児童相談所が対応した養護相談のうち児童虐待相談の対応件数は205,044 件で、前年度に比べ 11,264 件(5.8%)増加しており、年々増加している。主な虐待者別構成割合をみると「実母」が47.4%と最も多く、次いで「実父」が41.3% となっており、「実父」の構成割合は年々上昇している】
厚生労働省「令和2年度 福祉行政報告例」より

「過去だから平気」と思えたならよかったのに

家を出て結婚するまでの8年間、閉鎖病棟への入院歴は4回。自殺未遂による救急搬送多数。胃洗浄の苦しみも、牢獄のような保護室の景色も、蔑むような周囲の視線も、すべて覚えている。虐待で子どもが死ぬと、みんな「可哀想だ」と涙を流す。その感覚は、正しい。でも、じゃあ、この頃の私は?もしもあの頃、自殺により命を落としていたら、私の死は「虐待死」として扱われただろうか。答えは、否だ。

過去を断ち切るのは、容易ではない。今年40歳になる私は、未だにその触手を振りほどこうともがいている。過去は過去だと人は言う。それは間違いではないが、正解でもない。目の前に突然現れるビジョン。夢の中で繰り返される行為。幻覚に怯える夜。自分の叫び声で目覚める朝。そういうのを、「過去だから平気」だと思えたならよかった。でも、私にはできそうもない。今でも私は、過去が怖い。

今になって両親を訴えたところで、とうの昔に時効だ。被害者の苦しみが終わらずとも、一定の年数が経過すれば、加害者は無罪放免となる。私の父も母も、法の上では加害者じゃない。どうして。ままならないことが多すぎて、諦めばかりがうまくなる。これはおそらく虐待被害に留まらず、あらゆる犯罪被害者たちが味わう感覚だろう。

【――自傷をするときの心情について。
自傷をして「気持ちいい」という子もいるけど、正確に言うと、やってないときがえらい苦しくて、やってるときだけ、瞬間、苦しみから解放されて楽になるんですよね。それを「気持ちがいい」とか「快感」とかって表現しているんだと思います】
精神科医・松本俊彦さんへのインタビューから

あのときの願いはただ一つ

あの日、家を飛び出して逃げた決断が本当に正しかったのか、正直、今でもわからない。大学進学まであと1年半。その時間をあの家で堪えていたほうが、学歴においても経済面においても、今の何倍も生きやすかったのは言うまでもない。しかし、あれ以上堪えられなかったのだ、とも思う。いずれにしろ、あの当時の私の望みは、ひとつだけだった。

助けてほしかった。

信頼できる大人に、身体を張って救い出してほしかった。「もう大丈夫だよ」と言ってほしかった。「虐待から逃れた先で待ち受ける現実」を、当事者だけに背負わせないでほしかった。

「助けて」と声を上げられたらよかったんだろう。でも、虐待被害者の大半は、脅しを盾に口を塞がれている。当事者が声を上げるのを待っているだけでは、おそらく救えない。表に出ているものは、あくまでも氷山の一角に過ぎない。虐待被害は、「隠される」。只中であっても、逃げのびたあとであっても。

サバイバルは、今でも続いている。あと何年戦えば終わるのか、私には知る由もない。

逃げたら終わりだと思っていた。でも、違った。逃げたあとから始まる、「後遺症」という名の第2のサバイバル。その過酷さゆえに失ったものの数を、私はもう、覚えていない。


この連載は、両親から虐待を受けた経験のあるライター・碧月はるさんが「虐待の先にある人生」について綴ったコラムです。
次回のテーマは「後遺症が招く生活の破綻、その先で待ち受ける貧困の苦しみ」です。

●連載名●

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