肥満は新型コロナの重症化リスク。そして、コロナ禍においては日々、重症患者数が発表され、社会活動の目安にもなっています。
こうした背景と「太っている人は自己管理ができていない」というイメージからか、「肥満は新型コロナの重症化リスク」という情報は、「なぜ太っている人のために(健康なわれわれが)行動を制限されるのか」という自己責任論を前提にした言説に結びつきやすい面があります。
ここで、太っている人に自己管理を求めることの是非についても、あわせて考えてみる必要があります。
というのも、これは社会疫学という医学の分野における、大事なテーマだからです。京都大学教授で社会疫学を専門とする近藤尚己さんを取材しました。
「人々の健康は、学歴や所得、職業、人とのつながりといった、社会的な状況の影響を受けます。また、国や地域の政策や文化、景気動向や所得格差といった社会環境の影響も同様です。私たちはこれを『健康格差』と呼んでいます。
そのため『バランスのよい食事をしよう』『適度に運動しよう』といった個人の理性的な行動を促すアプローチだけでは人々の健康を守ることはできません。健康に影響する社会的な要因(健康の社会的決定要因)を踏まえて、個人だけではなく社会にアプローチする必要があります」
新型コロナにおいても、2020年9月に発表されたアメリカの「COVID-19と格差、栄養状態と肥満」についての論文(※3)などで、健康的な食事や医療へのアクセス、地域的・身体的な環境、社会経済的な地位、教育、社会や共同体における他者との関係が、新型コロナの重症度に影響することが指摘されている、と近藤さん。
日本でも、例えば残業が多い労働環境や非正規雇用、所得格差、その他にも人間関係のストレスなどが、健康の社会的決定要因になり得ます。
「これには個人の力では対応しがたいので、健康格差対策は“みんなでやる”という意識が大事になります。健康に関心を向けにくい状態にある人も無理なく健康になれるような社会環境の整備が必要です」
ここで近年、社会へのアプローチとして注目されているのが「ナッジ理論」です。
ナッジとは提唱者であるリチャード・セイラーさんがノーベル経済学賞をとったことで有名になった「そっと後押しする」ことを意味する行動経済学の言葉。健康格差の是正を目指す際も「健康づくりを強く意識しなくても自然と健康になれる」環境を作るヒントになる有力な考え方です。
例えば、2016年頃から流行している『Pokemon GO』は、ゲームのプレイ要素の中に「歩行」「移動」を盛り込んでいます。運動不足の人でも自発的に運動をするようになる、このような取り組みがナッジと呼ばれています。
コロナ禍においては、「密を避ける」「不要不急の外出の自粛」という抽象的なメッセージを「人との距離を2m開ける」「買い物は3日に1回」と具体的に言い換えることがナッジの手法の一つとされました。
また、京都府宇治市では、消毒用アルコールによる手指消毒を促進するために、建物の出入口に設置する消毒用アルコールに向かって、床に黄色のテープを矢印型に設置、これにより約10%のアルコール利用率の増加につながったと報告されています。このように、視覚的に行動を促すこともナッジの手法です。
一方で、コロナ禍ではそもそも外出の機会が減り、運動不足になりがちなため、肥満解消に対してのナッジは有効なものが出てきていないということでした。
※3. Covid-19 and Disparities in Nutrition and Obesity - The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMp2021264