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連載

#12 記者が見た帰還

思い出の味食べ「RESTART」 原発事故後、初めて過ごす故郷の夜

「家を残してよかった」

「なみえ焼そば」を食べる大沼勇治さん一家。段ボールを集めて作ったテーブルには「RESTART」と記した=2022年1月29日、福島県双葉町、小玉重隆撮影
「なみえ焼そば」を食べる大沼勇治さん一家。段ボールを集めて作ったテーブルには「RESTART」と記した=2022年1月29日、福島県双葉町、小玉重隆撮影

東京電力福島第一原発の事故から11年。いまでも全町民が避難を続ける福島県双葉町では今年1月から、帰還をめざす住民らが自宅に泊まれる「準備宿泊」が始まりました。震災後に生まれた子どもたちと妻と初めて泊まる大沼勇治さん(46)は、夕食に「思い出の味」を選びました。

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東京電力福島第一原発が立地する福島県双葉町で、今夏の帰還に向けた「準備宿泊」が行われています。大沼勇治さんは1月下旬、東日本大震災後に生まれた息子たちと地元に戻り、約11年ぶりに自宅に泊まりました。原発被災地に足しげく通い、取材してきた記者(31)が大沼さんの3カ月に密着しました。【記事はこちら】

一口目はみんなで

《2022年1月29日 RESTART》。段ボールを集めてつくったテーブルの側面には、マジックでそう書かれていた。

「(これまで)絶望だったんですけど、今日から希望になったんで」と大沼さんは照れくさそうに言った。この日は、震災後に生まれた息子2人と妻と初めて故郷・双葉町の自宅に泊まるからだ。

夕食には、隣町・浪江町の名物「なみえ焼そば」を選んだ。大沼さんにとっては原発事故前、よく食べていた「思い出の味」。うどんのような太麺に豚肉ともやしが入り、食べ応えがあるのが特徴だ。

「いっせーのーせ!」

大沼さんの号令で一口目は4人で同時に口に運んだ。妻のせりなさん(46)が「おいしい」とほほえみ、「うん、おいしい」と長男の勇誠君(10)が相づちを打つ。その間に、ホットプレートに箸をのばして「おかわり」をする次男の勇勝君(8)の横で、大沼さんは味をかみしめるように目を閉じてうなずいていた。

双葉町の自宅で家族4人で夕飯を食べた大沼勇治さん。「花を植えたり、ごはんを食べたりできた。付き合ってくれた家族に感謝したい」と語った=2022年1月29日、福島県双葉町、福地慶太郎撮影
双葉町の自宅で家族4人で夕飯を食べた大沼勇治さん。「花を植えたり、ごはんを食べたりできた。付き合ってくれた家族に感謝したい」と語った=2022年1月29日、福島県双葉町、福地慶太郎撮影

家を残してよかった

普段はほとんど酒をのまない大沼さんも、この日は浪江での酒造りを昨年から再開した酒造会社「鈴木酒造店」の銘酒を楽しんだ。

家具や家電の処分など、家族で過ごせる環境の準備を始めてから約9カ月。除染やハウスクリーニングなど、準備に奔走してきて迎えたきょうは、どんな日だったか――。大沼さんに聞いた。

「家を残してよかったなと思いました。残したからこそ、得られる喜びだったので。花を植えて、子どもが水をかけているところは町に希望を感じました。明日をつくるというか、のりしろをつくったというか。今度は、桜を見に行きてぇなあって思いましたね」

※最終回「34年前、原発PRの標語考えた福島の小学生」はこちらから


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