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連載

#5 記者が見た帰還

「双葉町に帰る」頂点に立った競輪選手は決断した「ここなら…」

華々しい経歴、楽しみにする「大工仕事」

震災前は、自宅敷地内の屋内練習場でプロ競輪選手を目指す若手を指導していた谷津田陽一さん。今後は自分が体を動かす場所にしたいという=2022年1月14日、福島県双葉町、福地慶太郎撮影
震災前は、自宅敷地内の屋内練習場でプロ競輪選手を目指す若手を指導していた谷津田陽一さん。今後は自分が体を動かす場所にしたいという=2022年1月14日、福島県双葉町、福地慶太郎撮影

東京電力福島第一原発の事故から11年。いまでも全町民が避難を続ける福島県双葉町では今年1月から、帰還をめざす住民らが自宅に泊まれる「準備宿泊」が始まりました。現地で取材を続ける記者が出会ったのは、競輪選手として活躍した谷津田さん。4千人の頂点に立ったこともある〝元王者〟が地元にこだわる理由とは?

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東京電力福島第一原発が立地する福島県双葉町で、今夏の帰還に向けた「準備宿泊」が行われています。大沼勇治さんは1月下旬、東日本大震災後に生まれた息子たちと地元に戻り、約11年ぶりに自宅に泊まりました。原発被災地に足しげく通い、取材してきた記者(31)が大沼さんの3カ月に密着しました。【記事はこちら】

中野浩一さんを破って頂点に

「もう少し帰る人はいると思ったんだけど…ちょっと、さみしいなぁ」。準備宿泊のスタートが1週間後に迫った1月14日、谷津田陽一さん(70)は双葉町の自宅でそうこぼした。

準備宿泊は、町に住民登録がある5600人余りに加え、震災後に町外に住民票を移した人も対象だが、このころの申請は谷津田さん夫婦を含め数世帯。「双葉の人たちにはできるだけ戻ってほしい」と続けた。

双葉町で田んぼをかけずり回って育った。小学校を卒業後に県外へ引っ越し、16歳で競輪選手としてデビュー。20代のころ、後に世界選手権10連覇を果たす中野浩一さんらを破って全国4千人超の頂点に立った。

それでも42歳で双葉町に戻った。「街中は渋滞も多くてコンクリートだらけ。双葉は、山も海もあって自由だから」。51歳で引退する数年前から、競輪選手をめざす地元の子どもらを受け入れ、指導した。家の裏に練習場を建て、育てた13人中10人がプロに進んだ。

自宅に飾られた競輪選手時代の写真を背に当時を振り返る谷津田陽一さん=2022年1月14日、福島県双葉町、福地慶太郎撮影
自宅に飾られた競輪選手時代の写真を背に当時を振り返る谷津田陽一さん=2022年1月14日、福島県双葉町、福地慶太郎撮影

「帰る」と決断、その理由は

だが、子や孫の成長を見守り、競輪の弟子を育てたふるさとは原発事故を境に住めなくなった。子や親戚を頼って県内外を転々としたが、事故の5年後に政府が避難指示の解除方針を出すと、帰ると決めた。

自宅がある地域が通行証なしで入れるようになった2020年3月からは週5日のペースで通った。家はイノシシに荒らされ、「思い出したくないぐらい、ぐちゃぐちゃだった」。それでも中を掃除し、床にペンキを塗り、台所の収納扉などをひとつずつ直したという。

どうして、双葉町に帰りたかったのか。

「ここで手を動かしていると、嫌なことも忘れられるから」

自宅の庭には孫を遊ばせるために作ったプールや地下室、自分で設置した蛇口も至るところにある。再び「大工仕事」で汗を流す日々を楽しみにする谷津田さんの表情が印象に残った。

※第6回「帰還めざす住民同士の縁」はこちらから
愛犬を抱く谷津田陽一さん=2022年1月14日、福島県双葉町、福地慶太郎撮影
愛犬を抱く谷津田陽一さん=2022年1月14日、福島県双葉町、福地慶太郎撮影


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