連載
#10 #コミュ力社会がしんどい
「雑談上手が成功する、は幻想」発達障害の私を励ました専門医の一言
ノリを共有できなくたって悪くない
大人になってから、発達障害の診断を受けた漫画家・ゆめのさん。長年、雑談への苦手意識を抱き続けてきました。「他の人とノリを共有できなくて、申し訳なくなってしまうんです……」。切実な胸の内を、専門医に伝えると、予想もしない言葉が返ってきたのです。緊張した心を解いてくれたやり取りについて、描いてもらいました。
ゆめのさんには以前から、どうにも悩ましい問題がありました。興味を持てない事柄について、他の人と気軽に語らうことが難しいのです。30代になった今も、なかなか克服できません。
昨年秋、ゆめのさんはADHD(注意欠如多動性障害)・ASD(自閉スペクトラム症)と判明。「コミュニケーション力の無さって発達特性の影響が大きいみたい」。調べると、自身の特性と対人関係を築く力とのつながりが見えてきました。
もっと情報を集められないかーー。そんな思いから、勇気を出して、専門医にオンラインインタビューを申し込みます。取材先は、発達障害に詳しい精神科医で、信州大学医学部子どものこころの発達医学教室教授・本田秀夫さんです。
「私、とにかく雑談が苦手で」「話さなきゃいけない場面でしんどくなってしまうんです」。取材当日。パソコン画面の向こう側に座る本田さんに、ゆめのさんは、ぽつりぽつりと気持ちを打ち明けます。
「僕も同じタイプ。雑談はあまりしないです」。本田さんはそう共感すると、どんな場面で会話が怖くなるのか聞き出していきました。
自分の興味があるテーマであれば、話せる。少数の、気の許せる人の前でなら、物怖じしない。むしろ饒舌(じょうぜつ)になることさえあるーー。
過去の出来事を振り返っていくと、他人と心置きなく言葉を交わせるシチュエーションが、少しずつ頭に浮かんできます。
「それは好きなことが偏っていて、同じ興味やノリを共有出来ない人に対する後ろめたさに悩んでいるんでしょう」。本田さんの一言に、「ふつう」にコミュニケーションができないと思い込んでいたゆめのさんは、ハッとした表情を見せました。
実は、この点について、心当たりがあったのです。
相手の話題に共鳴できないと、探究心が生まれない。当然、会話も盛り上がらず、相手に申し訳なくなってしまう……。場の微妙な空気を味わいながら、心の中で謝罪したことは、数しれません。
「人様に迷惑をかけちゃいけない、みたいに気にせず、どう開き直れるか(が大事)ですね」。本田さんのアドバイスは、シンプルに思える反面、奥が深そうです。一体、どうすればいいのでしょう?
同席した担当編集者が疑問をぶつけると、本田さんは、何かを好きになることの「ままならなさ」について語りました。
「僕は音楽が大好きだけれど、日本の音楽はほとんど聴かない。スポーツもNBAばかり見ている。他の人から薦められても面白くないんですよね」
好きになる対象は直感的に決まり、意識的には操作できない。そう気付けた時、他人と話が合わないこともあっていいと、開き直れたそうです。ゆめのさんは、流行歌に興味を持てず、ヘビーメタルばかり聴いていた10代の頃を思い出します。
そして本田さんは、更に意外な一言を口にしました。「雑談が上手な人が成功する」という、一般的な価値観について、「幻想」と表現したのです。
いわく、技術系や芸術系などの仕事に就く人には、発達特性がある場合が少なくありません。他人の目を気にせず、のめり込める性質が重要な領域だからです。ゆえに、発達障害のありようが、無理なく調和するケースは珍しくないといいます。
「雑談が上手な人がうまく適応できる領域と、大成しづらい領域がある。仕事によって、求められる人は違うんです」。そう説明した上で「漫画家なら、周りを気にせずやるしかない」と、ゆめのさんを励ましました。
まずは、他人に対する後ろめたさを、なるべく減らしてみよう――。本田さんとの会話から、ゆめのさんは、そう思うのでした。
長らく、「コミュニケーション力」を巡る悩みと向き合ってきた、ゆめのさん。今回の取材を通じ「私自身の特性について理解が深まった」と喜びます。
他者との付き合い方は、千差万別です。雑談が上手な人もいれば、全く別の方法で誰かとつながれるという人もいます。本田さんの言葉には、交流の可能性を広げるような、豊かな含みがありました。
こうした点を踏まえて、ゆめのさんは、次のように話しています。
「他の人と同じようになれないことに、後ろめたさを抱えていました。でもこれからは、『好みの違い』があると考え、それを受け入れることで、自分にも他人にも優しくなれそうだなと感じています」
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