ネットの話題
「早く年を取りたくなる!」89歳おじいちゃんファッションに大絶賛
「おしゃれの力」ってすごい
おしゃれなんて、若いうちしか楽しめない……。そんな固定観念を抱いているとしたら、価値観が根底からひっくり返されるかもしれない写真が、ツイッター上を賑わせています。極彩色の古着を着こなす被写体は、89歳の男性。いぶし銀の魅力と、弾けるような笑顔が称賛を集めているのです。「ファッションに携わる人間として、おじいちゃんの気持ちを盛り上げたいと感じた」。撮影会をプロデュースした若きジーンズ職人に、思いの丈を聞きました。(withnews編集部・神戸郁人)
とりわけ印象的なのが、民家の木戸前に座る構図の一枚です。真っ赤なシャツとロングパンツ、ベージュのトレンチコートをまとい、右手には朱色の傘。ターコイズブルーを基調とした、目の覚める色合いのストールも、首に巻き付けています。
そして、目深に被ったベレー帽の下からのぞくのは、分厚いサングラス。目元が隠れていますが、白い歯を見せ高らかに笑う様子から、楽しげな雰囲気が存分に伝わってくるようです。
これと対照的に、深い渋さを醸すのが、スカジャン姿の画像です。
口元を覆う右手は、肌の表面を走る血管としわが陰影を生み、画面に奥行きを与えています。年輪を重ねた人物しかまとい得ない貫禄が、スカジャンを染める、墨のように濃い黒と響き合い、くっきりとした輪郭を浮かび上がらせるのです。
「私も早く年を取りたくなった」。写真には続々と前向きな感想が集まり、11日時点で10万以上の「いいね」がつきました。男性のファンキーぶりを、ジブリ映画「紅の豚」の主人公ポルコ・ロッソ並みと評する向きも少なくありません。
「反響の大きさに驚きつつ、『そうだよね!やっぱりかっこいいよね!』と呼びかけたいくらいうれしいです」。男性の撮影会を企画し、写真をツイッター上に投稿した祇園涼介さん(26・@twelveO2twelve)が歓喜します。
岡山県真庭市在住の祇園さんは、同市内でオリジナルジーンズブランド「Rockwell Japan」を営む、若き経営者です。一年半ほど前、地元の岡山市から移住し、事業を展開しています。
その祇園さん宅の近所に、今回話題を呼んだ写真の主人公が暮らしています。約1年前、知人の紹介で知り合った、農家の三好晋平さん(89)です。折に触れて、ジャガイモや葉物野菜をお裾分けしてもらうなど、日常的に交流を持ってきました。
どうして三好さんを撮ることになったのか。きっかけは、初対面の頃、一緒にお茶を飲みながら交わした会話でした。
「ジーンズの製造・販売をしていると伝えると、こうおっしゃったんです。『若いもんは何を着ても様になるが、わしらくらいの年齢では、着られる服も限られてくる』。ぽろっと本音をこぼすような感じでした」
本当は赤色や黄色など、明るくて元気の出るカラーの洋服に、袖を通してみたい。でも同年代で着用している人はいないし、知り合いの目が気になる……。胸の内をつぶやく姿を見て、祇園さんの心に、熱い思いが湧き上がってきたといいます。
「話を聞きつつ、原色の衣服に身を包んだ三好さんを想像してみました。絶対に似合うだろうし、格好良いはずと感じたんです。ファッションに携わる者として、気持ちを盛り上げてもらう機会をつくりたい。そう考えました」
どうせ取り組むなら、より多くの人々に、三好さんの雄姿を見てもらえないか――。検討の末に思いついたのが、撮影会を催すアイデアです。
昨年の夏、本人に直接提案すると「恥ずかしいなぁ」。しかし試着用に持参した、真っ赤なロングパンツを手渡すと、いそいそと身につけてはにかんだそうです。まんざらでもなさそうな様子に、いよいよ腹は決まりました。
祇園さんが、三好さんを写真に収めたいと思ったのには、人柄に惹き付けられたことも影響しています。とりわけ、新しいものを生活に採り入れようとする姿勢に、感服してきました。
「象徴的なのが、ご自宅にある大量の蔵書です。リビングだけでも、60冊くらいの本が、あちこちに積まれている。毎週、何冊か追加で購入するのだと聞きました。ほかにも、海外の途上国に、支援金を送るなどの活動もしているそうです」
「積み重ねてきた人生の重みと、人間的魅力を踏まえれば、きっと服に着られてしまうことはない。ワンポイントで派手な色を入れるのではなく、明るいカラーのファッションをどんどん重ねていくことで、良さを引き出せると思いました」
こうした理念の下、祇園さんは元々付き合いがあった高松市の古着屋で、衣装を調達。いずれも主張の激しい、原色系のものを中心にそろえました。
そして、昨年11月22日。Rockwell Japanの商品PR動画などを協同制作してきた、3人のカメラマンと共に、撮影会に臨みます。三好さんの体力を考え、自宅内外と、いつも耕している畑の計4地点を会場に選びました。
1時間にわたる撮影の最中、何度かファッションの力を感じる瞬間があったと、祇園さんは振り返ります。
例えば、自宅の玄関前に座る形で、写真を撮った後のことです。室内に入る際、三好さんが、地面の段差を小走りで飛び越えました。そうやって、俊敏に動作する様子を目の当たりにしたのは、初めてだったといいます。
自前の軽トラックで畑に移動する際も、鼻歌を交えつつ、軽快にハンドルを切っていたそうです。漫画家が身につけるイメージから、ベレー帽を被り「漫画を描かなきゃいけんな」と冗談を飛ばすなど、笑いの絶えない現場となりました。
「『三好さんの気持ちが乗らないときは、その場で撮影を取りやめることも有り得る』と、あらかじめ他のメンバーに伝えていたんです。いざ始めてみれば、奥様とのなれそめについて打ち明けて下さるなど、本当に和やかに接して頂けました」
「ファッションは、生活に絶対必要なものではないと思います。一方で、自分の内面を表現するためのツールという側面がある。その意義や、何歳になっても、新しい刺激を受ければ前向きになれることを、三好さんから教わりました」
一連の画像がツイッター上に出回った後、祇園さんは、読者の感想を冊子にまとめました。額装した写真と合わせて、三好さんにプレゼントするためです。
現物を手渡すと「コメントをくれた人に、何度もありがとうと言わにゃいけん」と喜んだといいます。
そして今回の経験は、本業であるジーンズ生産にも通底すると、祇園さんは話します。
「自分の足で稼いだ情報に、最も価値がある。そんな思いで、各地の縫製企業などを訪ね周り、協力を取り付けてきました。行動を起こす中で、社会的にあまり認知されていない技術や、忘れられた地域の魅力を知ったことは少なくありません」
「そうした体験を情報に置き換え、発信したいと考えながら、活動しています。年配の方のファッションにフォーカスする試みも、その延長線上にあると言えるかもしれません。もっと評価されて欲しいとの気持ちを、表現できたように思います」
多くの人目に触れ、支持を集めた、三好さんの写真。祇園さんは「僕一人では、決してご本人の心を動かせなかった」と感謝しつつ、次のように語りました。
「本当にいいものに、きちんとライトを当てる。そのために、自分たちが一から企画できることに、これからも取り組んでいきたいと思っています」
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