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「下手したら死にます」高さ27m、ハイダイビングに魅せられた男

危険すぎるマイナー競技を選んだ理由

福井県の東尋坊で練習する荒田恭兵さん=2020年8月、荒田さん提供
福井県の東尋坊で練習する荒田恭兵さん=2020年8月、荒田さん提供

目次

ビルの9階に相当する高さから水中に飛び込む水泳競技「ハイダイビング」を知っていますか? 世界水泳の種目になっているものの、「ほぼゼロ」という国内での知名度を上げたいと活動している選手がいます。入水時の衝撃で九死に一生を得た経験があり、少なからずリスクもある競技ですが、その魅力とはいったい……? SNSでも競技について発信する選手に話を聞きました。

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練習のため、飛び込み台に立つ荒田恭兵さん=2021年9月、イタリア、荒田さん提供
練習のため、飛び込み台に立つ荒田恭兵さん=2021年9月、イタリア、荒田さん提供

掃除機に吸い込まれるように

ハワイの王や戦士が勇気を示すために崖から飛び込んだことが起源とされるハイダイビング。元々、高飛び込みの選手だった荒田恭兵さん(25)=富山県高岡市=は4年前、この世界に足を踏み入れた。

高さ27メートルから時速約90キロで飛び込み、体に回転やひねりを加えて美しさを競う。「デカい掃除機に吸い込まれる」ようにまっすぐ水の中へ。この間、約3秒。高さ10メートルから頭で飛び込む高飛び込みに対し、ハイダイビングはその危険さゆえ足から入水する。

「ちょっと入水がずれただけでも大けがをする可能性があり、下手したら死にます。かと言って、怖さで体が硬くなったらいい演技ができない。その緊張感があるから集中力も高まります」

演技を終えて陸にあがると、観客や他の選手から万雷の拍手で出迎えられる。

「高飛び込みの比じゃない心地よさがあって、『生きてる』っていう実感を持てる」

過去に、入水の際に姿勢を崩してひざの靱帯を痛めたことも、衝撃で気を失って水中に沈んだこともある。飛び込み台に立つたび怖さを感じるし、手には汗をかく。

でも、この快感があるからやめられない。

2017年7月にブダペストであった世界水泳。選手たちが国会議事堂を背景に演技を披露した=池田良撮影
2017年7月にブダペストであった世界水泳。選手たちが国会議事堂を背景に演技を披露した=池田良撮影 出典: 朝日新聞社

「人と違うことがしたかった」

飛び込みを始めたのは、小学4年の時。「誰もやってない。目立てると思った」と荒田さん。

高校3年の高校総体では高飛び込みで3位になり、日本体育大学4年だった2017年にはシンクロ高飛び込みで日本選手権を制した。

ただ、目標だった国際大会への出場はかなわなかった。

卒業を前に岐路に立つ。現役を続けて世界を目指すか、就職か。

「どっちも誰かが歩んだ道。面白くない。人と違うことがしたかった」

2018年11月に中東であったワールドカップ。専用の飛び込み台を建てて行う=荒田恭兵さん提供
2018年11月に中東であったワールドカップ。専用の飛び込み台を建てて行う=荒田恭兵さん提供

頭に浮かんだのが、一度やってみたいと思っていたハイダイビングだった。

16年、レッドブルが主催する世界大会が国内で開かれたが、日本人選手は出ていなかった。

「誰もやってない。土俵を変えて勝負したくなった」

見るからに危険だけど…

「危ない。やらない方がいい」。周りからは止められた。

見るからに危険な競技だけど、実際のところはやってみないと分からない……。「自分で確かめて、ちゃんと語れるようになりたいと思った」

2018年11月に中東であったワールドカップで、コーチと記念写真を撮る荒田恭兵さん=荒田さん提供
2018年11月に中東であったワールドカップで、コーチと記念写真を撮る荒田恭兵さん=荒田さん提供

最初はトランポリンで海外選手の動きをまねるところから。国内には高さ10メートル以上の飛び込み台はなく、本番の高さに慣れるために単身、海外選手が集まるオーストリアに飛んだ。

そこでのパフォーマンスが認められ、競技を始めて半年後の18年11月、中東であったワールドカップ(世界水泳連盟主催)にアジアからただ一人出場した。

途中で脚を痛めながら2日間で計4本を飛び切ったが、結果は25人中最下位。

「もっと強くなりたいと思った」

高さ求め 崖、川、岩場へ

新型コロナウイルスの影響もあり、大会に出たのはこの一回だけ。次の大舞台を夢見て2年前、練習拠点を地元・富山に移し、県内のプールで働きながら後進の指導と練習に励んでいる。

福井の東尋坊、岐阜の清流、静岡の海に浮かぶ岩場――。

普段はプールでの練習が中心だが、本番に近い高さを求めて自然の中に練習場所を見いだすようにもなった。

飛び込んでみると、ロケーションや水のきれいさをより体感できた。この視点を地元のPRに役立てられないか。そんな発想も浮かんだ。かたや、海面や川の中に大量のゴミが潜んでいるのが気になり、拾い集めるようにもなった。

競技だけをやっていればいいわけじゃない。日本での知名度は皆無。独自の価値を加えていかないと。そんな意識は強い。

高さ約20㍍の岩場から飛び込む荒田恭兵さん=2021年5月11日、静岡県松崎町雲見、荒田さん提供
高さ約20㍍の岩場から飛び込む荒田恭兵さん=2021年5月11日、静岡県松崎町雲見、荒田さん提供

次の目標は、福岡での世界水泳。出場はかなわなかったが、新型コロナの影響で5月の開催予定が来年7月に延期された。再び選考のチャンスが巡ってくるかもしれず、開催国の選手としてデモンストレーションをさせてもらえる可能性も残る。

「国内にも選手がいることをアピールしたい」

練習仲間がいない寂しさはあるが、「誰もやってないことに挑む特別感が原動力になっている」。

後に続く人が出てくるように道をつくり、「引退までに一人、選手が出てきてほしいですね」。そう願っている。

荒田恭兵さん。「飛び込み自体をもっと身近にしたい。『危ない』で終わらせず、どうやったら安全に楽しくできるかを含めて伝えていきたい」=2021年11月、富山県高岡市、竹田和博撮影
荒田恭兵さん。「飛び込み自体をもっと身近にしたい。『危ない』で終わらせず、どうやったら安全に楽しくできるかを含めて伝えていきたい」=2021年11月、富山県高岡市、竹田和博撮影

「ぶっ飛んでる世界」に新鮮な発見 取材を終えて

取材後、荒田さんが働くプールに建つ飛び込み台に上がらせてもらった。

階段を上がって10メートルの高さに足を踏み入れる。強風で体があおられ、怖くて立てない。

はうようにして縁まで進んで下をのぞいてみる。ゾクゾクっとする嫌な感覚が体を走る。

ハイダイビングの高さは、この3倍近く。もはや想像も及ばない。とりあえず、ビルの9階から下を見下ろして感覚を味わってみようと思う。

きつさや怖さの先にある快感を求めたくなる。そんな衝動は、私たちがスポーツを楽しむ際にも共通しているように思う。

私はマラソンやトレイルランをやるが、正直キツイ。でも、走り終わった後には色んな快感に満たされる。だから、やめられない。

競技の特殊性ゆえ、荒田さんの感覚にダイレクトに共感できる人はほとんどいないだろう。

でも、自分に置き換えてみたら、根っこの部分は案外似ているのではないか。そんなことを思った。

パフォーマンスを披露できる機会がない。そして、周りに十分な練習環境がなく、現状では海外に武者修行に行くのも難しい。そんななかでも、荒田さんは思いを持って楽しみながら、地味な練習を重ねている。

競技のインパクトに目がいきがちだが、その裏側に目を凝らすと、学びや気づきを得られるし、触発もされる。

「ぶっ飛んでる」「縁のない世界」と思えても、自分にひきつけて考えを巡らせてみると、大なり小なり新鮮な発見がある。その楽しさを味わった取材でもあった。

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