話題
餅つきへの危機感 写真家は臼と杵をかついで伝えることにした
自然と漏れ出る「よいしょー」の声
「餅をつきたい人、気軽に連絡ください!」。SNSでもそう呼びかけている出張・餅つきユニットがあります。バイクに臼と杵を乗せてあちこちへ出かける、その名も「もちはもちや」。活動の主体は、普段はカメラを手に写真を撮っている沼田学さんです。「年がら年中、餅をつきたい」と語る写真家が、なぜ餅つきに取りつかれたのか……? その活動について聞きました。
写真家としてポートレートを撮り、築地市場で働く人やホストクラブの人々にフォーカスする沼田さん。なぜ「餅つき」を始めたのか。そのきっかけは、年始に開くことが多かった写真展でした。
お正月気分が抜けず、あまり来場者が多くない時期。何か人を呼ぶ企画はないかと考え、7年ほど前、写真展のオープニングイベントとして「餅つき」をやったのが始まりでした。
しかし餅つきは全くの初心者。ネットで方法を調べ、手探りで準備を始めました。
地元の松陰神社通り商店街(世田谷区)に餅つき経験者がいることを知り、米の蒸し加減や全体の流れを学び、実際に臼と杵でつかせてもらいました。
「本番では、僕が初心者だと知っている餅つき経験者たちが『あれは用意したか?』『俺にもつかせろ』と心配して出てきてくれて、事なきをえましたね」と笑いつつ振り返ります。
結果、ギャラリーには50人ほどが集まり、3回にわたって代わる代わるもちをつきました。
準備段階から片付けも含めて、大変だったけれどとても盛り上がったというイベント。
「餅つきでは自分が撮った写真のモデルを一人一人紹介しながら、杵をバトンしていきました。モデル同士が仲良くなったりして、すごく楽しかったんですよね。そこで餅つきにはまっちゃいました」
札幌生まれの沼田さんは、小さい頃の「餅つきの思い出」は全くないといいます。
「みんな北海道に移住してきた人ばかり。昔からのコミュニティーもなくて、小学校でやった記憶もありませんでした」
だからこそ「餅つき」を開くと、自然と人がたくさん集まってきて、「自分もつきたい」と手を挙げるようすがとても新鮮だったといいます。
「お祭りのお神輿みたいですよね。自分も思わず参加したくなる。それが餅つきだなって」
2~3年ほど、ギャラリーで餅つきイベントを開き続けると、友人や知人から「花見で餅をついてくれない?」「ライブでやってほしい」と声がかかるようになりました。
とうとう7年前、ギャラリーのスタッフや知人の漫画家とともに出張餅つきユニット「もちはもちや」をスタート。
レストランウェディングで行った餅つきは、新郎がタキシード、新婦がドレス姿で杵をふるい、「よいしょー」と参加者が声をあわせる一体感がありました。
沼田さんは「お客さんにもついてもらって、みんなで餅を作り上げる参加型。まさに共同作業でした」と話します。
ユニットの活動は1月が多いといいますが、沼田さんは「年がら年中、餅をつきたい。真夏でも」ときっぱり。「おいしいし、季節関係なしで餅つきを打ち出していきたい」と語ります。
その背景には、急速に消えつつある地域の「餅つき文化」への危機感があるといいます。
一晩水に漬けた米を蒸して、臼や杵をお湯で温めて、代わる代わるついてできた餅を丸めて……準備や片付けはたしかに面倒です。
しかし、沼田さんは「札幌から東京に出てきたとき、お祭りや神社といった見えない〝地縁〟みたいなものを感じて、コミュニティーを意識するようになりました。そのひとつとして『餅つき文化』も残したいと思っているんです」といいます。
本業の写真家としても、築地市場で働く人々や赤線などをテーマにしてきた沼田さん。「消えゆくもの」「消えてしまうかもしれないもの」にフォーカスしてきたようにみえます。
「全部たまたまですが、そういう思いは素地としてあったのかもしれません。写真を撮っていること自体が、残るか残らないか分からないものを記録しようとしているってことですよね。そこに餅がうまくフィットしたのかもしれません」
餅つきをしなくても、日本にはお正月に餅を食べる文化が残っています。
昔からずっと続いているもの、廃れずにあるものって面白い――。「餅」にはそんな魅力があるという沼田さん。
「餅つき器が広まって、餅をつく世代って断絶してるんですよね。餅研究をしている人も若い人はいない。だからこそ若手として立候補します、という感じですね」
もちろんパックされた市販のお餅も便利でおいしいですが、大人数でついた方が面白いし、つきたてのお餅はおいしいと語ります。
「ふだん食べているあの切り餅が、どんな風にできるか。上流から下流まで全行程を見られる機会ってなかなかありません。しかもそれを体験できるのが『餅つき』の良さですね」
1月に開かれた沼田さんの「餅つき」にお邪魔しました。つき手の杵の動きに合わせて、自然と参加者から漏れ出る「よいしょーーー」の声。餅つきの様子はSNSで配信することも。
沼田さんは「自然と『よいしょー』って言ってしまう、何か僕たちに刷り込まれているものがあるんじゃないかって思いますよね。そんなプリミティブな感じを呼び起こしてくれる餅つき。かつ、うまい。最高ですよね」と笑います。
臼・杵、蒸し器などを載せ、バイクで行けるところならどこでも出張餅つきに向かう沼田さんは、コロナが落ち着いたら、各地の餅つき文化を聞き取り、記録として残したいとも考えています。
「現場に行かないと『つきたての餅』は食べられないので、あちこちへ行って餅文化を掘っていきたいですね。もしこれまで『餅をついたことがない』という人は、ぜひ機会を見つけてついてみてほしい。絶対楽しいですし、つきたてのお餅を食べたら世界が変わりますよ」
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