MENU CLOSE

お金と仕事

トップの実業団入ったのに…バスケ一筋だった私が24歳で退職した理由

生活のすべてを捧げる“第一線”を退いて得たもの

バスケット選手の山田愛さん=筆者撮影
バスケット選手の山田愛さん=筆者撮影

目次

女子バスケットボール名門高校を卒業後、国内トップの実業団チームに就職した山田愛さん(26)は、24歳で退社の道を選びました。その理由は、海外への挑戦でした。日本を離れたことで見えた景色や、国内での「違和感」。現在、豪州のセミプロチームの入団を目指す山田さんが安定した道を捨てられたのはなぜか? 一つに絞らないデュアルなキャリアプランを聞きました。(ライター・小野ヒデコ)

「カッコいい年のとり方」を考えたら、見えにくいモノが見えてきた(PR)

 

山田愛(やまだ・あい)
1995年、三重県生まれ。朝明中学卒業後、2011年に桜花学園高校に進学し、高校2年次にインターハイ、ウィンターカップで優勝、3年次には国体も含む3冠を達成。FIBAアジアU-16選手権優勝、FIBAU-17世界選手権4位の実績にも貢献。高校卒業後、14年にENEOSに就職し、JX-ENEOSサンフラワーズ(現・ENEOSサンフラワーズ)に所属。19年に退職し、豪州セミプロリーグ「NBL1」のオルベリー・ウォドンガ・バンデッツへの入団が決まるも、コロナウイルス感染拡大の影響で白紙となる。
 
JX-ENEOSサンフラワーズ時代の山田愛さん=本人提供
JX-ENEOSサンフラワーズ時代の山田愛さん=本人提供

日本代表を目指した理由

<寮生活だった高校時代に出場した国際大会。カルチャーショックを受けた>

地元の三重県から、高校は愛知県の桜花学園に進学しました。桜花学園は女子バスケの名門校なので、入りたいと思っても入れるとは限りません。私が通っていた中学は全国大会に出場するレベルだったこともあり、運良く桜花学園から声がかかりました。

高校3年間は寮生活で、バスケ漬けの毎日でした。どれだけ練習がきつくても、バスケをやめようと思ったことは一度もありません。ただ上手くなりたいと思う一心でした。転機となったのは、アジア大会などの国際大会の代表選手になり、海外へ行ったことでした。

様々な国の選手たちと接し、日本では見られない街並みを見たり食べ物を食べたり。その全てにカルチャーショックを受けました。その上で好きなバスケができる喜びを知った時、「私は日本一になって、海外のチームにオファーをもらう」という目標ができました。
そのためには、日本で一番強い実業団チームのENEOSに入団し、日本代表にならないといけないと思いました。

2歳上の兄の影響で、小3でバスケを始めた山田さん。小学生時代は、父親と毎日自主練をしていた。身長170センチ=筆者撮影
2歳上の兄の影響で、小3でバスケを始めた山田さん。小学生時代は、父親と毎日自主練をしていた。身長170センチ=筆者撮影

言えなかった「海外にチャレンジ」

<ケガに泣いた日々。国内の女性バスケ選手で海外を目指す人がいない現実を知った>

そして高校卒業後、希望していたENEOSに入ることができました。自分が思い描いていたビジョンは、2018年のシーズンに実績を上げて、海外に挑戦をすることでした。それなのに、リーグ開幕の9日前に、3回目となる両膝の前十字靭帯を損傷してしまいました。

入社してから両膝のケガを繰り返していて、思うようにプレーができず、苦しみました。でも、思うようにいかないと感じたのは、ケガだけではありませんでした。

日本のトップレベルの選手で、世界へチャレンジする人がいない現実、国内試合にもまともに出られていない身で、「海外にチャレンジします」と堂々と言うことがはばかれる雰囲気などに、違和感がありました。

私は、高校時代は寮生活で、大学には行っていません。会社に就職しましたが、他の業務はせずにバスケに専念していました。その結果、バスケ以外のことで自分が何が好きなのかわからないことに気づきました。

入社して5年がたった2019年、ヒザもあまり良くならず、そして会社に所属しながら自分の個性を出すこと、そして海外へ挑戦することは難しいとの結論に行きつきました。

JX-ENEOSサンフラワーズ時代の山田愛さん=本人提供
JX-ENEOSサンフラワーズ時代の山田愛さん=本人提供

会社退職に、親は反対

<ケガをしたことで始めたデザイン。独学から、今では販売するまでに>

退職を考えていることを親に伝えたところ、反対されました。「ENEOSは大企業で、安定しているから安心でしょ。ケガを治してあと1シーズンがんばりなさい」と言われたのですが、精神的にもう1シーズン戦うのは難しいと感じました。何より、私にとっての幸せは、安定ではありませんでした。

私は、言い出したらきかないタイプです。お世話になったチームと会社にお礼を伝え、24歳で退職しました。

振り返ると、ケガに泣いた5年間でしたが、その中で良かったこともあります。それは、デザインに興味を持ったことです。

きっかけは、以前、チームがリーグ優勝した際に行ったハワイで、ある絵を購入していたことでした。その絵を部屋に飾っていたのですが、ベッドに横になった時にちょうど目に入る位置にありました。

ケガの療養中にベッドの上からぼんやりその絵を眺めている時に、「自分も描いてみよう」と思い、電子タブレットで描き始めてみたんです。そこから独学で、描いていきました。

今では、自分でデザインした洋服やアート作品などをオンラインで販売もしています。一つひとつのイラストにメッセージを込めていて、それに共感してもらえるのがうれしいです。

持参の電子タブレットでイラストを描いてくれた山田さん。「売れるようになったのは、始めてから半年以上経ってからです」=筆者撮影
持参の電子タブレットでイラストを描いてくれた山田さん。「売れるようになったのは、始めてから半年以上経ってからです」=筆者撮影

入団が決まっても渡豪できず

<豪州のセミプロチームからオファー。コロナが弊害となり、入団できず>

退職後、憧れの海外生活を送るために、単身オーストラリアに渡りました。オーストラリアでの暮らしをSNSに投稿していたところ、現地在住の日本人の方から「小学生の子どもにバスケを教えてください」とメッセージをいただきました。

そのご縁で、現地の小学校の体育館でバスケを教えていたところ、私の姿を見た人から「セミプロでプレーしてみないか?」と声をかけられました。それがきっかけで、メルボルンのセミプロチームに混ざって練習を始め、バスケットに再び打ち込むようになりました。

そして、元NBA選手だったセデール・スリーット(Sedale Threatt)が教えているトレーニングにも毎朝行くようになりました。セデールに「(オーストラリアのセミプロリーグの)NBL1のオルベリー・ウォドンガ・バンディッツがPG(ポイントガード)の選手を探している」と聞きました。PGは私のポジションです。そこで、オルベリーのチームのトライアウトを受けてみることに。その結果、とんとん拍子に話が進み、結果的にオファーをもらうことができました。

そうして意気揚々と入団を待ち望んでいた中、新型コロナウイルスが流行しました。感染はどんどん拡大し、2020年度のシーズンはコロナの影響でリーグ自体が中止に。2021年度は入国許可がおりませんでした。本来だったら、オルベリーの選手としてバスケができたはずなのに、その夢は流れてしまいました。

そして2022年のシーズンを控えた今、再びオルベリーに入団希望を出しています。その結果を、今はただ待つだけです。

山田さんの服のバックプリントは、自身がデザインしたコンパス。マスクのイラストのデザインも手がけた=筆者撮影
山田さんの服のバックプリントは、自身がデザインしたコンパス。マスクのイラストのデザインも手がけた=筆者撮影

自分軸で判断したい

<バスケを通しての出会い。将来、海外で挑戦する人を応援したいとの思いも>

バスケを通して、国内外の様々な人と出会い、視野が広がりました。以前、オーストラリアに滞在した時に出会った選手がいるのですが、彼女は米国テキサス州のオースティン出身でした。

その後、オースティンに遊びに行ったのですが、“Basketball brought me here.”(バスケが私をここに連れてきたんだね)と話したのを覚えています。

将来のキャリアビジョンの一つは、「現地コーディネーター」になることです。バスケをはじめ、海外で何か挑戦したい人を、通訳やマネジメントの面で支えられたらと思っています。

今も肩書きはバスケット選手ですが、五輪代表を目指すなど、個人のすべてを競技に捧げる“第一線”からは退きました。

引き続き海外チームでのプレーを目指すことに加え、動画配信をしたりアパレル関連の仕事をしたりと、自分のやりたいことをして、デュアルキャリアを築いています。

私がデザインをしたコンパスのイラストがあるのですが、「答えは自分の中にあって、迷った時は心の声を聞いてワクワクする方向に向かっていって欲しい」という意味を込めて描きました。

これまで、ケガやコロナなどの壁にぶつかり、散々考えて悩みましたが、たどり着いた答えは「自分がハッピーであること」が大事だということ。悩みというのは、誰かと比較した時に生まれてくることが多いです。その時、このコンパスのイラストに込めた思いの通り「自分軸をしっかり保つこと」を大切に、これからも挑戦を続けていきたいと思っています。

CLOSE

Q 取材リクエストする

取材にご協力頂ける場合はメールアドレスをご記入ください
編集部からご連絡させていただくことがございます