連載
#28 SDGs最初の一歩
「絶対に告知しない」横浜のパン屋さんが行き着いたフードロスの答え
「苦労もしない」最初から黒字を達成
「告知をしない」「苦労もしない」。余ったパンを堆肥にする取り組みを始めた2人には、ちょっと変わったこだわりがありました。これまでのSDGsと呼ばれる活動への疑問から生まれたこの活動。いったいどんな思いから始まったのでしょうか。詳しく聞くため横浜のパン屋さんへ向かいました。(ライター・安倍季実子)
お話をうかがったのは、高島屋横浜店の加納淳平さんとハットコネクトの中島慶さんです。横浜高島屋の「ベーカリースクエア」で実施された「ぱんクル」の活動は、2人の熱い想いから実現しました。
「パンくる」とは、高島屋横浜店のベーカリースクエア内のパン屋「KANAGAWA BAKER’s DOCK(カナガワ ベーカーズドック、以下ベーカーズドック)」で、2021年の秋に、ひっそりとおこなわれたSDGsの取り組みです。
健康食品などを手がける山梨県のアルソア慧央グループへ、廃棄になったパンを送って堆肥化。それを使って栽培した野菜を買い取り、ベーカリースクエアに出店しているお店に渡し、野菜を使ったオリジナルパンを作ってもらい、ベーカーズドックで販売するというものでした。
ハットコネクト
「ぱんクル」を発案した高島屋の加納さんには、SDGsの取り組みについて疑問があったといいます。
「実は、各企業ともSDGsに熱心に取り組んでいますが、どの会社がどんな取り組みをしているのかは、あまり世間に知られていません。極端な場合、その会社の人しか知らないということも。本来は、各企業の取り組みがもっと世間に浸透することで、『どんなことがSDGsに繋がるのか』を一人ひとりが理解し、自然と行動していただくことが理想だと思います。そんな想いもあって、SDGsに取り組むのであれば、お客様と直接接する販売現場で、本気でやるべきだという風に考えるようになりました。
ただ、パンでSDGsな取り組みをしたいと思っても、何ができるのかわからなかったので、はじめにインターネットで調べてみました。すると、すでに『ぱんクル』と同様の取り組みをしているパン屋さんを見つけたんです。すぐに、『うちでやりたい!』と中島さんに相談しました」
中島さんによると、最初に育てたのは、カボチャとさつまいもでした。
「廃棄になるパンから無農薬堆肥にするには、約2カ月かかります。そこから野菜を育て始めるので、収穫は春と秋の2回。1回目の今回は、3店舗のパン屋さんに参加していただきました。どれも野菜を使った総菜パンが得意なお店です。案の定、それぞれが上手にアレンジしてくれました。」
加納さんが手応えを感じていたのは、店頭での告知等をしなくても購入してくれる人がいたことです。
「全部で4種類のパンを販売したのですが、どれも好評でした。中でも人気が高かったのは、『かぼちゃとさつまいもの秋のフォカッチャ』です。味はもちろん美味しかったですし、見た目の華やかさもよかったのでしょう。売り上げ的にも上位にランクインしていて、みなさんが、『ぱんクル』の商品と知らずに購入されたのも嬉しかったです」
告知をしなかったのには、ある狙いがありました。
「店頭でSDGSを意識した商品であると告知をすると、お客様が味や値段などのほかの部分で妥協してしまうかもしれません。なので、SDGsを意識せずに単純に美味しい商品であるか・日常使いできるかどうか、そういう商品を生み出せるかがポイントになると思っていました。何も知らないで買っていただいたお客様が、単純に美味しいと思ってくださり、よく見たらSDGsに繋がったパンだったのね、と気づいていただくことが大事ですし、それは必ず数字に反映されると思っていたので。1回目は最終的に黒字で終えられました」(加納さん)
無事に成功を収めた「ぱんクル」。プロジェクトに取り組む中で、次第にSDGsの輪郭がはっきりしてきたそうです。
プロジェクトを通じて、中島さんは「新たに二つの問題」があることに気づきました。
一つ目は「循環」です。
「完全な循環を目指すなら小麦を作るべきだろうと考えていたのですが、小麦は痩せた土地の方が育つので、堆肥が必要なかったんです(苦笑)。現在は、パンで作った堆肥で野菜のみを育てていますが、養鶏や魚の養殖などの飼料にも応用できるので、新しい循環経路を模索する必要があります」
二つ目は「地産地消」です。
「山梨にパンを送ることで、わずかですが排気ガスの排出などのSDGs的なマイナスを生んでしまいます。神奈川県で出たロスは神奈川県で消費された方がいいでしょう。神奈川県内に堆肥場を作れないかと考えています」
どちらも中長期的に解決したいと中島さん。ただ、今回のプロジェクトはとても楽しく取り組めて、特に苦労したことはないそうです。
「『苦労しないように工夫した』というのが正しいかもしれません。消費部分でハードルを設けてしまうと、きちんとサイクルが回らない可能性があります。なので、きれいにサイクルを回すには、簡単さや気軽さは絶対に外せません」
加納さんが大事にしているのは「いつものように買い物をして、気が付いたら、それがSDGsになっていた」という状態です。
「今までのSDGsは、あえて消費するという意味合いが強かったように思います。同時に、一時的なものという印象もぬぐえませんでした」
現在おこなわれているSDGsの取り組みのスタートは、「廃棄になってしまう食べ物の消費」がほとんどです。それらを通常よりも低い価格や冷凍にして「ワケあり商品」として販売したり、アップサイクルして別のものに生まれ変わらせて販売し、誰かが購入するという流れが主流です。
「ぱんクル」は、スタートこそ一緒ですが、上記のようなSDGsの流れとは違い、一般的な生産・販売・消費のサイクルが完成しています。廃棄になってしまうパンを堆肥にして、それを使って野菜を育て、その野菜で総菜パンを作り、店頭で販売する。そして、余ったパンをまた堆肥にするというサイクルが続きます。
つまり、「パンくる」は、廃棄になるパンを消費するサイクルであると同時に、野菜を作るサイクルでもあり、総菜パンを作って販売するサイクルでもあるのです。
中島さんは、サイクルをひとつに絞らず、派生させることも大切だと話します。
「堆肥は野菜のほかに、花などの植物の栽培にはもちろん、家畜の飼料にもできます。水分が多くてパンに使いにくいトマトなどの野菜も、一工程を加えてケチャップなどの加工品にすれば、利用シーンは広がります。また、菓子パンに使うクリームなどのフィリングにするという手もあります。そうやって、サイクルを増やしていけば、無理なくSDGsに取り組めますし、生活の中でSDGsに関わるシーンも増えると思います」
SDGsの取り組みであることを公表せず、どこにもしわ寄せが来ないサイクルを作り、少しずつ広げていく。『ぱんクル』以外にも、そういったサイクルを作っていけば、SDGsは私たちの生活に溶け込み、やがては文化になっていくのでしょう。
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