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救急車の乗り心地…なぜ悪い? 元消防官の記者が長年の疑問を取材

「健全じゃない」 ベンチャー社長の決意

救急車の乗り心地はアップデートできないのか? 救急車の作り手の答えは……=イラスト:仲程雄平
救急車の乗り心地はアップデートできないのか? 救急車の作り手の答えは……=イラスト:仲程雄平

目次

サイレンを鳴らし、赤色灯を回して緊急走行をしているはずなのに、ゆっくり走る救急車を見かけることがあるけど、どういうこと――? その疑問に答える記事を書いたところ、ネット上で、救急隊をたたえる声が目立った一方、「そもそも救急車の構造が……」という指摘がいくつも見受けられました。救急車の乗り心地はアップデートできないのか。救急隊員の経験もある元消防官の筆者が、救急車の作り手に取材しました。(元消防官の朝日新聞記者・仲程雄平)

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仲程雄平(なかほど・ゆうへい)
高校卒業後、2002年に東京消防庁に入庁。2010年春まで東京都北区の滝野川消防署で勤務し、ポンプ隊員、はしご隊員、救急隊員、指揮隊員を経験。その間に夜間大学で学び、2011年春に朝日新聞社に入社しました。
 

ゆっくり走る救急車のワケは

緊急走行しているはずなのに、ゆっくり走る救急車の理由ですが、それは、後ろに乗せている傷病者を気遣っているからです。

主な例を挙げますと、救急車が揺れることで、脳出血の傷病者であれば出血を助長させてしまいますし、骨折した傷病者であれば患部が痛みます。

ですから、救急車を運転する機関員は、ハンドルやブレーキの操作に気を遣っているんですね。

救急車が揺れることで、傷病者の容態を悪化させてしまうおそれがある場合はゆっくり走る一方、救命救急センターに運び込むような一刻を争う傷病者の場合は飛ばします。

つまり、救急車を運転する機関員には、臨機応変に対応できる運転テクニックが求められるんです。

そんな記事を書いたところ、筆者の想像を上回る反響をいただきました。

<あれだけ重い救急車を揺らさないように走る、曲がる、止まるを実践している救急隊のすごさを感じる>

そんな声と同時にちょっと気になるコメントも……。

<サスペンション(タイヤと車体をつなぎ、衝撃を吸収する装置)を改良した方がいい>

<ハイエース(トヨタ自動車)やキャラバン(日産自動車)がベース車両だから、揺れやすいのは仕方がない>

<ドイツの救急車は装甲車くらい頑丈>

搬送中に嘔吐した傷病者も

救急隊員だった頃の私
救急隊員だった頃の私

私が救急隊員だった当時、救急車は揺れやすい、ということを機関員が言っていたことを覚えています。〝困った相方だ〟とでも言うように。

たしかに、救急車はよく揺れました。

ストレッチャーに座る傷病者が、容態の影響もあったと思いますが、走行中に嘔吐する姿を何度も目の当たりにしました。

ただでさえ揺れやすい救急車の中で、ストレッチャーに乗せられてさらに不安定な状態になっていますから、気分が悪くなるのは当然と言えるかもしれません。

また、傷病者を収容する後ろのスペースで立って救急処置をしているときは、足を踏ん張っていましたし、天井に取り付けられた手すりをつかむこともありました。

その頃から、救急車の乗り心地の悪さは、救急車のベースになっている車両に要因がある、ということは聞いていました。

ネットの声の〝後押し〟もあり、この機会に取材することにしました。

オンライン取材で話す「ベルリング」社長の飯野塁さん=2021年12月28日
オンライン取材で話す「ベルリング」社長の飯野塁さん=2021年12月28日

話を聞いたのは、2019年から救急車の開発を始めたベンチャー企業「ベルリング」社長の飯野塁さん(32)です。

一般読者にとっては〝マニアック〟な世界かもしれませんが、いつ、お世話になるかわからないのが救急車です。

飯野さんは、大学在学中の2011年に消防車両の開発・販売などを手がけるベルリングを創業しました。

父親が救急救命士ということもあり、消防隊員や救急隊員を「リスペクトしている」と言い、自ら聞いた現場の声を開発に生かしているといいます。

「シェアの8割がトヨタ」

そもそも救急車は、すでに市場に出回っている車両をベースに製造されています。

飯野さんによると、救急車のベース車両になっているのは、ほとんどがトヨタ自動車のハイエースで、ほかには、日産自動車のキャラバンなどとなっているそうです。

2004年発売の5代目を改良したハイエースバン=トヨタ自動車提供
2004年発売の5代目を改良したハイエースバン=トヨタ自動車提供 出典: 朝日新聞

そういうことですから、救急車については「シェアの8割がトヨタ」と言います。

そのわけは、どんな車両でも救急車のベース車両になれるか、というと、そうではないからです。

飯野さんは、救急車のベース車両としては、メンテナンスなどのサービス態勢がしっかりしている車両で、後ろに傷病者を処置できるスペースが確保されていることが求められるので、適合車両はハイエースなどに限られる、といいます。

そこで、どうして救急車の乗り心地が悪いのかです。

飯野さんはこう説明します。

「ハイエースなどは、一般的にバン(商用車)と呼ばれる車種で、荷物を運ぶことを主体に設計されています。ワゴンやバスのように乗り心地はあまり重視されていません。それよりも、大量の荷物を運べて壊れにくい耐久性が重視されています。ただ、バスなどをベース車両にすると、救急車が大きくなってしまって、住宅の軒下に寄せることができなくなるなどしてしまうので、現状、適合車両はハイエースなどしかないんです」

イラスト:仲程雄平
イラスト:仲程雄平

荷物を運ぶために設計された車両は、大量の荷物を載せられるように、硬いサスペンション(タイヤと車体をつなぎ、衝撃を吸収する装置)が使われているので、軟らかいサスペンションと違い、タイヤからの振動が車体に伝わりやすい、ということのようです。

〝合わせ技一本〟を取らないとダメ

そんな揺れやすい救急車だからこそ、救急搬送においては、路面状態にも気を配る機関員の運転テクニックが重要になってくるんですが、飯野さんはこう言います。

「ただ、健全じゃないですよね。急いでいるのに気を遣って運転するって。ただでさえ、いろんなことに注意力を使っているのに、健全じゃない」

そこで、軟らかいサスペンションに変えれば、タイヤから車体へ伝わる振動を和らげることができ、救急車の乗り心地がよくなるんじゃないか、と思いましたが、そう単純ではないそうです。

飯野さんは、救急車の乗り心地をよくするためには、主に四つの改善が必要だと言います。

(1)タイヤ(衝撃を吸収する)

(2)サスペンション(タイヤからの衝撃を吸収し、かつ、大量の荷物を支える)

(3)車体(揺れてもふにゃふにゃしない硬さ)

(4)防振架台(救急車内でストレッチャーを載せる台座)

救急車は、救急隊員や傷病者、同乗者のほか、ストレッチャーをはじめとした多くの資器材をのせるため、荷重は相当なものになります。

ですから、ただサスペンションを軟らかくすると、上からの荷重に耐えられなくなり、逆に乗り心地が悪くなってしまうというわけです。

「乗り心地が良くなったと体感できるほどにするためには、〝合わせ技一本〟を取らないとダメです。ボディー(車体)を変える、サスペンションを良くする、タイヤを良くする、防振架台を良くする――ぜんぶ変えていかないとダメなんです。2年間救急車の開発をしていますが、1番難しい課題が揺れです」

道路事情などの違いから、欧米の救急車は硬いつくりになっていて、サスペンションの構造も違うことなどから、日本の救急車よりも安定感があります。一方で、欧米の救急車の構造は、車体の小さい日本の救急車には合わない、という難しさもあるそうです。

増える救急車の保有台数

ベルリングが手がけた新型救急車「C-CABIN」=ベルリング提供
ベルリングが手がけた新型救急車「C-CABIN」=ベルリング提供

高齢化などに伴い救急出動件数が増えていることは知られていることですが、それにあわせて救急車の需要も増しています。

総務省消防庁によると、救急車の保有台数は年々増えており、2021年は6579台。同じく増加傾向にあった救急出動件数については、2020年に12年ぶりに減少したものの約593万件でした。

総務省消防庁として救急車のシェアは把握していないそうですが、担当者は「トヨタがメインのイメージはある」と話します。

「ベンチャーとして提供できる救急車がある」と意気込み、コンピューターでシミュレーションを繰り返すなどして、日々、救急車の開発に向き合っているという飯野さん。

開発した救急車は2022年度から正式販売する予定ですが、それまでに消防本部や病院に数台納車する予定だといいます。

最後に聞きました。

機関員が、揺れやすい救急車にまで気を遣うことなく、ハンドルを握る日はくるのでしょうか。

「そうしないといけないのが我々の仕事です」

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