連載
#1 罪と人間
「万引きをやめたい」と思えない私 「どうせ捨てられる」と言い訳
「『万引きをやめたい』と思えない。それが苦しみでした」――。
衝動的に盗みを重ねる「窃盗症(クレプトマニア)」を患い、万引きを繰り返した東京都の悠(ゆう)さん(39)=活動名=は、そう話します。
中学1年で摂食障害を発症した後、36歳で窃盗症と診断。「賞味期限切れはもったいない」などと自身の行為を〝正当化〟し、万引きが止まらなくなったそうです。
摂食障害も窃盗症も精神疾患の一つ。回復をめざし治療を続ける傍ら、盗みを繰り返した時の心境や、万引きを「手放す」ための方策を、インターネットサイトで発信しています。
「小学生の頃は男っぽい子でした」と悠さん。子どもの頃は、明るくリーダー的な存在だったと振り返ります。
ところが、中学生になる頃には体に変化が訪れます。
女性的な体形になっていくことに違和感を覚えました。ルーズソックスを履いたり、男性芸能人を応援したり。当時は「女の子らしい」とされたことが嫌でたまりませんでした。
悠さんは、性自認について、女性にも男性にも当てはまらないと考える「Xジェンダー」だと話します。
体の変化を止めるように「ダイエット」。やがて食事は極端に少なくなり、その後は、吐いて食べるを繰り返す「過食嘔吐」を行うようになりました。
中学校に入る頃に約50キロだった体重は、冬には30キロほどまで落ちました。
まもなく、治療のために1カ月半入院しました。
退院後も過食嘔吐をしていましたが、学校生活は続けました。
25歳で医療機関に就職。当時、夕食にはおよそ5人分の食べ物を取り、吐いていました。食費がかさむため「仕事中でも、食べ物をいかに安く買えばよいのかを考えていました」。スーパーを「はしご」し、値引き品を買いだめしました。
悠さんは「依存的な没頭癖」があると話します。のめり込むものがないと不安になるそうです。
長らくは、仕事に打ち込むことで達成感を得ていました。ところが、2016年、34歳の時に、働きすぎでうつ病に。約1カ月間休職しました。
復帰後は、体調管理のため定時退社。残業が当たり前だった働き方が一変しました。
「仕事で得ていた達成感や満足感が失われてしまいました」
「過食嘔吐」を繰り返していた悠さんは、食べ物やお金がなくなる「枯渇恐怖」を感じていたそうです。
そこに仕事での喪失感が加わったことで、万引きにつながっていったと振り返っています。
お金を使わずに食料を得られる上、「スリル」や「背徳感」も覚えることから、喪失感の「穴埋め」のようになっていたと、悠さんは言うのです。
食料品を安く買うために値引き品を買いだめしていましたが、次第に行動がエスカレートしました。値引きシールをはがして別の商品に貼り替えて買う。サンプル品を持ち帰る――。そんな行為が続きました。
それでも、悠さんの中では「ズル」という認識でした。
「『サンプル品は捨てられてしまう。もったいない』などと、いま思えば訳の分からない理屈で行動を正当化していました」
アルコールやギャンブルなどの依存症は、依存を認めない「否認の病」とも言われます。窃盗症の悠さんも、自身の行動が「万引きではない」と言い聞かせていたそうです。
しかし、行動はさらにエスカレート。
2017年の夏ごろ。賞味期限切れのパンを持参したバッグにしのばせたのです。「その時も、どうせ捨てられるのだから、と自分の行為を正当化しました」
以来、万引きが止まらなくなりました。
「万引きを中心に生活が回っていた」と振り返ります。
帰宅後には、盗んだ食料品の合計金額を推測して計算し、さらに「達成感」を得ていたそうです。
その後も、「万引きするのは、自分が食べるものだけ」などの「マイルール」を設けることで自分に「言い訳」をしていたそうです。
そんな悠さんも2018年3月。保安員に見つかり、警察に引き渡され聴取を受けました。
それでも万引きは止まりません。
約3カ月後にも、再び警察の取り調べを受けました。
万引きの歯止めになればと、裁判を傍聴。被告人の人となりを話す家族の姿を見て「両親を同じ場所に立たせたくない」と思いましたが、その帰路に再び万引きをしました。
「『万引きをやめたい』と思えない」。自分はそんな状況にあると認めざるを得ませんでした。
同じ頃、「自分の力では万引きをやめられない」と、医療機関を受診。窃盗症(クレプトマニア)と診断されました。36歳でした。
悠さんは、医療機関の医師と相談し2019年4月に入院しました。
入院中は、被害店舗に謝罪文を書き、現金を添えて発送し続けました。50店舗以上に、100万円を超える金額を送ったそうです。
悠さんによると、半数近くは「被害事実の確認ができない」などとして、戻ってきました。ただ、その中には、万引き被害に頭を悩ませていることや、悠さんの回復を願う気持ちがつづられた文章が添えられていることもありました。
「被害に遭うことの憤りや痛みが、実感としてイメージできるようになったのもこの頃です。私がしたことは許されることだとは思っていません」
サイトには、「わたしの実体験」というコーナーを設け「わたしのクレプトマニア経歴」「万引きに逃げていたことを再確認」などのタイトルで記事を投稿。万引きが仕事での達成感の「穴埋め」になっていたこと、「どうせ捨てられるものだから」と自己正当化を続けてしまったことなど、包み隠さずつづっています。
「盗らないための工夫」というコーナーでは、「盗りたくなる状況を把握する」「買い物に行くならば目立つ格好で」と、自身の体験もまじえた防止策をまとめています。
万引きを繰り返す窃盗症(クレプトマニア)の別の当事者はもちろん、何よりも自身の回復につなげたいと更新しつづけています。
「退院後、2年6カ月は『盗らない生活』を続けています」と話す悠さん。
いまも過食嘔吐は続きます。月に1回は通院。うつ症状を和らげる薬も処方してもらっています。万引きをやめたことで得られなくなった達成感、満足感はホームページやSNSによる情報発信などに置き換えています。
自助グループへの参加を継続し、仲間とつながり自分の内面と向き合うことで少しずつ心のバランスを得られるようになってきたそうです。
「万引きに依存しない生活を送るというのは長距離走です。自身と向き合って回復に向かっていければと思います」
万引きは犯罪で、繰り返し罪を犯す人の割合が高いことでも知られます。一方、万引きの加害者には窃盗症(クレプトマニア)などの精神疾患や障害のある人もいて、治療や福祉的アプローチの重要性も説かれています。
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