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食欲を解き放つ!ミニチュアフード フリマで即完売「びっくりした」
「おいしそうなパン屋さん」。たまたま目にした写真に心を奪われた私は、食欲をそそられました。
どこのお店? と思ってよく見ると「ミニチュアフード」でした。樹脂粘土に絵の具で着色したもので、三つ四つのパンが100円玉の中に入ってしまうほどの小ささです。
「なぜこんなにリアル!?」。食欲は好奇心に変わり、作家さんに連絡を取りました。聞けば、病で3カ月の間、制作を中断。その後、再開したそう。作り続けている理由も聞きたくなりました。
作家名は、Qoomel(くうめる)さん。
東京都内に住む40代の女性で、夫と小学生の息子2人がいます。
「piccolatorta.qoomel」というユーザー名でインスタグラムにアカウントを開設。フォロワーは1万5千人います。
「原点は、子どもの時に母に連れられて行った喫茶店の食品サンプルです」。くうめるさんは、そう話します。
「おみそ汁があまりにリアルで、どうなっているんだろうと、ケースが開いているときにこっそり触りました」
中学生の時には、色つき消しゴムのかすを練って、小さなラーメンやスパゲティを作っていたそうです。いわば〝ミニチュアフード〟です。
30歳を前に結婚。数年後に仕事を辞めたくうめるさんは、書店で偶然、ミニチュアフードの本を手にします。
みずみずしいサラダ、湯気の出そうな点心――。
「これだ!」
くうめるさんは、〝ミニチュアフード〟作りに没頭した子どもの頃の記憶がよみがえりました。
すぐに樹脂粘土を買って作り始めました。ところが、「おいしそうに見えるかどうか以前に、食べ物の形すらまともに作ることができませんでした。挫折でした」
転機は、「挫折」から10年ほど経った2019年に訪れます。次男が小学校に入学。家事と子育てに大忙しだったくうめるさんも、少し時間が取れるようになりました。
実はくうめるさん、「挫折」後も、ミニチュアではないもののフェイクフードは作り続けてきました。「ケータイのストラップやキーホルダー向けのケーキやクッキーを作ることはありました」。ただ、友人に頼まれて作るほどの頻度でした。
本腰を入れた19年、試しにフリマアプリでデニッシュを売ると即完売。購入者から「もっともっと作品を見たい」というコメントが寄せられました。 久しぶりにミニチュアの料理を作ってみるとイメージ通りに作ることができました。
「びっくりしましたが、細々とでも粘土に触り続けてきたことで腕が磨かれたのかもしれません」
インスタグラムは19年11月にスタート。1日1作品というハイペースで作り続け、翌20年の秋には「個展」も開きました。
ミニチュアフードの材料は主に樹脂粘土です。
くうめるさんは、デザインナイフや歯ブラシ、つまようじなど、手に入りやすい道具を使って形を作っていきます。
作業工程は料理そのもの。例えば、揚げ物を作るとすれば、ベージュに着色した「お肉」に、ボンドに着色した「卵」と、樹脂粘土を削って色をつけた「パン粉」をまぶし、その上で揚げ色をつけるそうです。着色には、筆やスポンジを使います。
「4回から5回に分けて、薄い色から塗っていくことがポイントです。『偽物』であるがゆえに『本物』よりも誇張します。つまりは、誰もが共通に抱くオーソドックスなイメージを大げさに表現します」
整いすぎていないことも大切です。卵焼きならば、混ざり切っていなかったり、焦げ目がついていたり、いびつだったり。「そのほうが本物のように伝わります」。赤黄緑の3色を入れることで彩りが良く、パッと元気が出るイメージになるそうです。
なぜ、ミニチュアフードを作り続けるのか。くうめるさんの答えはシンプルです。
「自分が食べたいと思うものを作る。それが心から楽しいのです」
実際、ステーキを作ればステーキ屋に、オムライスを作れば洋食屋に足が向くそうです。
だから、かわいさではなく「目で見ておいしい」ことが大切。食欲旺盛な2人の息子たちの「ソースがうまそうじゃない」「マヨネーズかけた方がよい」といった「ダメ出し」もバネに作品を作り続けてきました。
本格的に作品を作り続けて1年が過ぎた頃、3カ月ほど制作をストップしました。
20年末、「肝内胆管がん」と診断されたのです。がんはこぶし大を超えていて、肝臓内に多数転移していました。医師は「難しい状況です」と言いました。
以来、抗がん剤治療を18回続けました。治療の当初は、制作をお休みしました。「食欲が作品づくりの源。食べたくないときは作れません」
再開は21年の春。食欲が戻り始めました。それからも作品を作り続け、インスタも更新しています。
くうめるさんは、いまもがんとともに生きています。「多くは食べられません。でも、食べたいという気持ちがあるんです。それを形にし続けたいんです」。そう話します。
「食べることは生きること。今日食べられること、生きていることが何よりの幸せです。『おいしそう』をミニチュアで表現することで、観る人にワクワクを与えたい。食べ物から感じる幸福感を、小さな作品で伝えられたらうれしいです」
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