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連載

#5 名前のない鍋、きょうの鍋

我が家の〝名前のない鍋〟 女性だから…の呪縛解いた「ほどほど感」

何かで覚えたレシピが「我が家仕様」に

細切りの白菜とニンジンがたっぷり入り、優しい味わいの服部さん家のお鍋
細切りの白菜とニンジンがたっぷり入り、優しい味わいの服部さん家のお鍋 出典: 白央篤司撮影

みなさんはどんなとき、鍋を食べたくなりますか。

いま日本で生きる人たちは、どんな鍋を、どんな生活の中で食べているのでしょう。そして人生を歩む上で、どう「料理」とつき合ってきたのでしょうか。

「名前のない鍋、きょうの鍋」をつくるキッチンにお邪魔させてもらい、「鍋とわたし」を軸に、さまざまな暮らしをレポートしていきます。

今回は、3人の子どもを育てる会社員の女性の自宅を訪ねました。

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名前のない鍋、きょうの鍋
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服部エレンさん:1986年、秋田県生まれ。大学進学で上京。卒業後は新聞社に入社。報道部、文化部などに所属し、現在は育児休暇中。夫、3人の子どもと暮らす。

「うちの鍋って、たまたまテレビで見て知ったものなんですよ。たっぷりの白菜とニンジン、肉団子の鍋で。お団子は鶏肉で作るんですけど、ごはんを入れて作るんです」

すぐに「そのテレビの放映は2015年でした」と続く。取材中、ずっと「何々をしたのはいつのことだったか」が迅速に示されて驚いた。

取材を受けてくださったエレンさんのご職業は新聞記者、職業柄だろうか。

夫の下屋鋪(しもやしき)聡さんがボウルにごはんを入れて、すりこぎで潰していく。

ほどよく粒を残したごはんと鶏ひき肉を1:3の割合で混ぜ、ひと口大より小さめに、手慣れた手つきで丸めていく。この大きさなら、お子さんも食べやすいだろう。

隣ではエレンさんが白菜とニンジンを刻んでいく。切り方はかなり細め。

「いつもは取材する側ですが、取材を受けるなんて初めて。緊張しますね、実は前もって細切りの練習もしていました」と笑う。

この団子鍋、数年ぶりの登場なのだ。
「以前はふたりでよく食べていたんですが、子どもが食べなくて、ずっとやっていなかったんです」

エレンさんたちのお子さんは現在、上から7歳、4歳、0歳。このお鍋、もともと子どもからご高齢の方までの食べやすさを考慮して作られたレシピのよう。

「たしか本来は豚団子だったんですけど、いつまにかうちでは鶏肉に。チンゲン菜も入れるんですけど、きょうはちょっと面倒なので入れてません(笑)。逆に豆腐は、元のレシピだと入れないんです」

ああ、ありますね。何かで覚えたレシピがだんだんと「我が家仕様」に変わっていく。元々は誰かの名前のある料理が、次第に名前のない「うちの料理」になっていく。

鍋つゆは鶏ガラスープの素と料理酒をベースに。細切りにした白菜とニンジンは軽く炒めてから鍋中へ。

「あっ、いけね。肉団子におろしショウガ入れるの忘れた!」と聡さん。
「スープに入れればいいよー。でも、鶏団子をお鍋に入れるのやってもらっていい? 私、移すとき潰しそうでこわい」
「いいよ、やろうか?」
「いや……やっぱりやってみる」
「そう」

おふたりの結婚は2012年、社内恋愛だった。聡さんは13歳年上で、エレンさんと同じように記者であり、現在はスポーツ記事を扱う部署に所属している。

「つきあい始めたのは2010年の10月の終わり頃で……」と、私が質問する前に補足してくれるエレンさん。なんだか取材してるというより、取材結果を報告されているみたいだ。

「いやあの、私は取材してるとき時系列が気になるので、そういう情報があったら嬉しいかなと思いましてつい……」
いえいえ、ありがたいです(笑)。

エレンさんが新聞社に入社したのは2009年のこと。報道部に配属され、県警担当となった。「がむしゃらでした」と当時を振り返る。1日のうちかなりの時間を仕事にとられていたようだが、自身の食はどうまかなわれていたのだろう。

「ファミレスで済ませることが多かったですね。近所にお弁当屋さんもあったのでよく利用して。とにかく仕事を覚えるのに必死でした。料理に時間を割く余裕はなかったです」

料理する時間がなければ、買ってきたり外食したりで済ませる。
ごく普通のことだし、それで何の問題もない。しかしこの国では、女性というだけで「料理ぐらいはするもの、できるもの」と決めつけられてしまうことがある。

実はエレンさん、私が『自炊力』という本を書いたときに「取材をしたい」と声をかけてくれた記者さんだった。

この本で私は「日々の食をまかなう力は男女問わず必要」「その力は人それぞれの形でよく、作らない選択肢だって当然ある」と説いた。
日本の社会は「手づくり=素晴らしいこと」と捉えすぎる傾向があり、それは一部の人々にとって抑圧にもなっている、とも。

そういった点に共感してくれ、「自炊をもっとラクに、楽しもうという意見に救われる」と言ってくれた彼女は、どんな食の形を描いているのだろう……と知りたくなり、今度は私から取材をお願いしたのだった。

食欲を誘う鶏だしの香りが広がる。お鍋の完成だ。

いただいてみれば、野菜のやさしい甘みに満ちたスープが胃にしみて、体がホッとする。細切りの野菜も小ぶりの肉団子も柔らかくて食べやすく、なんとも胃にやさしい鍋である。

夫の聡さんは子どもの頃、仕事を持つ母親の代わりに料理をすることが多かったそう。基本的に興味もあったようで、長じて料理する回数も増えていく。
エレンさんのつわりがひどかったとき、モヤシとキュウリの酢和えを作ったらそれだけは食べられた、なんてことも。

「女性だから料理してほしいとか、そういう考えはまったくないですね。性別に関わらず(家事や育児を)一緒にするのが基本だと思いますし。忙しいときはお互い適当になることもあります。『しょうがないよね』と一緒に思えばいいんじゃないでしょうか」

以前、エレンさんは知人の男性に「料理、全然しないんだね」とあきれるように言われた経験があった。その言葉は、まだ心に残っている。

「女として料理をしないのは恥ずかしいこと――といった“呪い”を、周りからかけられたこともありました」

女性はこうあるべき、という差別。女性だからどうこうではなく「自分自身がどうありたいのか」を何より大事にしたい、とエレンさん。現在は気負いなく料理できている、とのことだ。

そんな話をしていたら、「(エレンさんの作る)トマトソースのスパゲッティがおいしくて、好きなんです」と聡さんが言った。

結婚して子どもができて、日々料理することが習慣に。

家族に「おいしい」と反応をもらい、かつて持っていたこともあった苦手意識は薄れていった。料理とより良い関係を築いているのがうかがえる。

「でも、毎日バタバタです。末っ子が寝ているタイミングで作ったり、上の子たちが帰宅してから急いで作ったり」

エレンさんは今、「自分を追い込みすぎない」ことを心しているそう。
「毎日が全力投球だと身がもちません。気合い入れて料理しても、子どもにあまり食べてもらえないことだってある。ほどほどでいきたいですね」

理想を持ちつつ、そこへのアプローチは全力投球のときと、ほどほどのときとバランスを取る。エレンさんがこれまでに仕事をし、人と暮らし、そして子どもを育ててきて得た人生訓なのだろう。

「今はどうしても時短料理が多いんですが、そのぶん時間を気にせずじっくり料理したい、という気持ちによくなるんです」

エレンさんのお母さんは、フランスのご出身。母が作ってくれたキッシュや牛肉の赤ワイン煮込みなども、いつか子どもたちに作ってあげたいと目を細めた。そうそう、お鍋の取り鉢がかわいいなと思ったら、あちらの陶器とのこと。それぞれに、家族の名前が刻まれていた。

取材の翌日、「あのお鍋、夜にうどんを入れて子どもたちに出したら、食べたんです」というメールをいただいた。文字の間から5人家族のにぎやかな声が聞こえてくるようで、嬉しくなった。

お子さんたちの成長と共に、一家の鍋の形もきっと変わってくるだろう。
いつかまた、取材させていただきたい。

取材・撮影/白央篤司(はくおう・あつし):フードライター。「暮しと食」、日本の郷土料理やローカルフードをテーマに執筆。主な著書に『にっぽんのおにぎり』(理論社)『ジャパめし。』(集英社)『自炊力』(光文社新書)などがある。ツイッターは@hakuo416

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