連載
#18 ゴールキーパーは知っている
優勝メダルは飾らない 無観客の選手権、PK戦を止めた主将の今
失敗を糧に進む…ゴールキーパーらしい生き方
今年で100回を迎える全国高校サッカー選手権大会。前回、99回大会で頂点に立ち、優勝旗を掲げたのは1人のゴールキーパーだった。決勝でPKを止め、山梨学院を優勝に導いた主将、熊倉匠(19)=立正大=。新型コロナウイルスで無観客になった異例の選手権をどのように受け止めているのか。節目の100回大会を前に「GKが見た選手権」を聞いた。(朝日新聞スポーツ部記者・照屋健)
高校最後の1年は、予想していたものと大きく違った。1月に主将に就任するも新型コロナウイルスの影響で、夏のインターハイも中止に。それでも、熊倉は「コロナの期間に自分を見つめ直すことができたから、成長することができた」と振り返る。
買い出しにもいけず、練習もできない。そんな日々が2カ月近く続いた。寮から一時、帰省もした。そんなときに、自らのサッカーノートを読み返した。自分はどんな練習をしてきたのか。何を積み上げてきたのか。小説なども読み、自分に足りないことを改めて考えた。
「絶対的な練習の質と、量が足りていない」
練習ができるようになると、OBのコーチと基本技術を見つめ直した。その集大成が、選手権だった。
本来、最も注目を集めるはずの選手権。そこは独特の雰囲気だった。
1月に緊急事態宣言が出た影響で、準決勝、決勝は保護者も、チームメートすらも。埼玉スタジアムのスクリーンに、学校で応援する仲間たちの姿が映し出された。
「準決、決勝は、仲間たちも応援に来られなくて。リモートで応援していたのがバックスクリーンに映っていたので、あいつらのためにも戦おう、と思っていました」
決勝の青森山田戦は「ワクワク感しかなかった」。無観客での決勝戦も「決勝っていう感じがしなかった。練習試合のように、のびのびできた」とプラスに捉えていた。
見せ場は同点で迎えたPK戦。蹴る前に助走のスピードを緩め、GKを最後まで見て蹴ってくる青森山田のキッカーたちの動きが冷静に見えた。
「最後、自分は手を振って飛ぶんですけど、その手を振るタイミングと、相手が助走して止まって蹴るタイミングが結構あっているな、と思って」
中学時代にチームメートだった青森山田の2人目、MF安斎颯馬をストップ。4―2で制し、11大会ぶりの優勝を決めた。ロッカールームに戻ってすぐ、スタジアムには来られなかった親に電話をかけた。
「メダル、直接かけられなくてごめん。でも、優勝したよ」
そう伝えると、泣きながら「おめでとう」と言ってくれた。優勝旗を持つと、ちょっとだけ涙が出た。「親にも見せたかったな」。それでも、「笑っていたい」と最後まで笑顔でいた。
優勝インタビューで「いろんな人に支えられた」と語った。心からの、言葉だった。
強いチームを倒そうと、山梨で3年間、もまれてきた。FC東京の下部組織から親元を離れ、高校で山梨での寮生活へ。そのときに、サッカーノートに記し、寮の部屋の前にも張り出した言葉がある。
「青森山田を頂点から引きずりおろす」
昨年まで過去5大会で4度決勝に進んだ強豪を意識していた。毎日、寮の前に張られた言葉をみて、練習に向かった。
「選手権で絶対、決勝にあがってくるのが青森山田。強い、強いといわれているけど、俺らなら勝てるぞ、と思っていました」
そんな3年間の思いを、決勝で果たした。
100回大会を迎える後輩たちにメッセージをお願いすると、「みんな、そこに向かって高校生活を送ってきたと思うので、本当に悔いのないように頑張ってほしい」と話してくれた。
そして、自身は今も、前を向いている。関東大学リーグ1部の立正大で、日々、レギュラーを目指す立場だ。
「自分の夢は日本代表に入って、W杯に出て活躍するというところまでが、最終的な夢。そのために、この大学4年間で、足りないところを見つけて、誰よりもグランドにいたい」
失敗を糧、GKらしい前向きさ――取材を終えて
昨年卒業した高校3年生は、新型コロナウイルスによって多くの大会が中止になった1年だった。そのなかでも目標を見失わず、高校最後の選手権で頂点に立った熊倉さんに話を聞きたいと思った。
感じたのは芯の強さだ。
立正大に進んだ今も、寮に選手権のメダルは飾っていないという。あるのは、中学時代に全国大会決勝で敗れたときの銀メダル。「余韻にひたりたくないし、ああいうときがあったから、強くなったと思いたいので」。浮つくことなく、自分を見つめることができるからこそ、大舞台でも活躍できたのだろう。
今年8月の東京五輪期間中には、J1浦和の練習に参加した。そのときのメモが、「今日学んだこと」としてスマホにびっしりと書き込まれていた。
「どうやったら硬くならずに構えられるか、とか、そういうことを忘れないようにメモをしていました」自らの現状を整理し、言葉にする。そして、ぶれずに成長し続ける。必ずしも結果がついてくるかはわからない。それでも、GKらしく、失敗を糧にしながらも前に進む姿をみてほしい。
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