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「頭がよくなる薬おくれ」 ホームレス状態の人がもらした自虐と呪縛

社会にひそむ「役に立ちたい」「有用であれ」の呪縛を考えます。

炊き出しに並ぶ人たち(画像はイメージです)=2021年7月24日午後6時20分、東京都豊島区、川村直子撮影
炊き出しに並ぶ人たち(画像はイメージです)=2021年7月24日午後6時20分、東京都豊島区、川村直子撮影 出典: 朝日新聞

目次

「役に立たないと」「有用であれ」――。私たちの社会には、そんな呪縛があふれているのではないでしょうか。

「ホームレスの命はどうでもいい」などと、生活保護利用者らに対する差別発言をしたユーチューバーは批判を受けた後、謝罪動画で「頑張ること」「努力すること」が生きる資格とも取れる発言をしていました。

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認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやい理事長で、『絶望しないための貧困学』(ポプラ社)の著書がある大西連さんは、路上生活者の生活をサポートしたり、生活相談に乗ったりしています。しかし、働き口の紹介をする「就労支援」はしていません。「役に立つべきだ」という発想に危険性を見いだすからです。大西さんの言葉から「有用であれ」という呪縛について考えます。

ふと、考える。ケンちゃんやカツさんたちは、いまどうしているのだろう?
まだホームレスをしているだろうか。(中略)
でも、あの日の一斗缶のあたたかさは、いまでもたまに思い出す。
『絶望しないための貧困学』(ポプラ社)

「俺たちみたいになるな」とケンちゃんは言った

大西さんは2004年の冬、生まれて初めて路上で夜を明かしました。

都心の中高一貫校に進学したものの不登校に。「進路」の決断を目前に控えた夜、モヤモヤを抱え降り立ったのが渋谷駅。1人でカラオケ店に入り終電を逃してしまいます。

『絶望しないための貧困学』(ポプラ社)
『絶望しないための貧困学』(ポプラ社)

そこで出会ったのが、ホームレス状態だったケンちゃんとカツさん(いずれも仮名)です。火をくべた一斗缶で暖をとらせてくれながら、ケンちゃんは大西さんに小声で言います。

「俺たちみたいには、なるなよ」

そして空が白むと、街に消えて行きました。

そんな経験が支援活動の原点だそうです。

「頭がよくなる薬をおくれ」

高校卒業後、フリーター生活を続けていた大西さんは「友人に誘われて」ホームレス支援の現場に足を踏み入れることになります。10年以上前のことです。

「ホームレス状態の人と話している時、『俺は役に立たないからさ』『頭がよくなる薬をおくれ』という言葉を聞くことがあります」

大西さんは、支援の現場でそうしたやりとりがあると話します。そして発言をこう読み解きます。

「冗談のように言っているのですが、『役に立たない』『頭が悪い』とからかわれてきたからこそ、『役に立つべきだ』という感覚が刷り込まれているのだと思います。そして、先手を打つように、『頭がよくなる薬をおくれ』などと、自虐的に言っているのだとも感じています」

「役に立たないと」「有用であれ」――。私たちの社会には、そんな呪縛があふれているのではないでしょうか(画像はイメージです)
「役に立たないと」「有用であれ」――。私たちの社会には、そんな呪縛があふれているのではないでしょうか(画像はイメージです) 出典: Getty Images

インターネット上には、生活保護利用者を中傷する言葉が後を絶ちません。

大西さん自身、「税金を使って」「ナマポ(ネット上などで使われる生活保護利用者の蔑称)」のような言葉を投げつけられることは珍しくないそうです。

「働いてこそ一人前」を再生産

「有用であれ」という呪縛は、支える側にもあるのでないか。大西さんは、そんな問題も提起します。

例えば、困窮者支援の現場では「就労」が評価軸になりがちだと話します。

「支援現場では、対象者のうち何人が就労に至ったのか、ということを数えることもあります。ただ、個人の状態やニーズをなおざりにして、働くことを支援の目標にしてしまうことにはリスクを感じます」

ともすれば「働いてお金を稼いでこそ一人前」のような価値観を再生産しかねない、と言うのです。

ともすれば「働いてお金を稼いでこそ一人前」のような価値観を再生産しかねない、と言うのです(画像はイメージです)
ともすれば「働いてお金を稼いでこそ一人前」のような価値観を再生産しかねない、と言うのです(画像はイメージです) 出典: Getty Images

大西さんは、行政の助成金を得て活動している場合など、分かりやすい「成果」が求められる局面があり、「就労」が一つの指標となっている実態もあると話します。

「ただ、本来的には、本人の意思に沿って、その人らしく生きていけるよう支えることが大切ではないでしょうか」

大西さんが理事長を務める「もやい」では、就労支援はしていないそうです。「『就労』が前面に押し出されると、『有用であれ』というメッセージにつながりかねません」

こうした発想は「根が深い」と大西さん。障害者施設「津久井やまゆり園」での殺傷事件を起こした元職員の死刑囚が「生産性のない命には価値がない」と発言していたことを引き合いに、「役に立つべきだ」という発想の持つ危険性を指摘します。

ああならないように

子どもと接する中で、差別を再生産してしまうおそれもあります。

大西さんは言います。「ホームレス状態の人を例に、子どもに対して、『ああならないために勉強しようね』と言ってしまうケースも、残念ながらあります。悪意があるわけでなくとも、差別を内蔵したコミュニケーションです」

そうすることで、子どもが野宿生活者を「自分たちより劣った存在」だとグルーピングしてしまう危険があるとします。

呪縛とならないか悩む日々

この記事を書いている私には5歳の娘がいます。娘が3歳の頃、「なぜ、ほいくえんにいかないといけないのか?」と尋ねてきました。

「パパとママが働いているから」と答えたところ、すぐに「なんではたらくの?」との切り返し。とっさに「ごはんを食べるお金も必要だから」と答えたように思います。

以来、「働くこと=お金を稼ぐこと」のように捉えている娘がいます。

できるなら仕事に楽しみも見いだしてほしいですし、それ以上に、働くことやお金を稼ぐことに意味をもたせすぎた気がして、心にひっかかっています。

できるなら仕事に楽しみも見いだしてほしいですし、それ以上に、働くことやお金を稼ぐことに意味をもたせすぎた気がして、心にひっかかっています(画像はイメージです)
できるなら仕事に楽しみも見いだしてほしいですし、それ以上に、働くことやお金を稼ぐことに意味をもたせすぎた気がして、心にひっかかっています(画像はイメージです) 出典: Getty Images

「働くこと=お金を稼ぐこと」が、あまりに正当化されると、「働いていないこと」「お金がないこと」に対する偏見を生むかもしれません。事情によっては、働けないこともあるし、経済的に苦しくなることはあります。そうした時に、自分を追いつめてしまうことにもつながりかねません。

大西さんの指摘する「ああはならないように」という働きかけと、どこかで通じるように感じてしまうのは杞憂でしょうか。「生産性」を強調する価値観に浸しているような感覚もあり、根底ではつながっているように思います。

「有用であれ」という思考と適切に距離を取り、子どもに対する呪縛としないようにするにはどうすればよいか、日々、悩んでいます。

#役に立つの呪縛 ご意見お寄せ下さい

インフルエンサーが「ホームレスの命はどうでもいい」と発言して炎上、謝罪しました。

「役立つかどうか」「価値があるかどうか」で人間を判断するような基準の広がりが根底にあるのではないでしょうか。

一方で、「役に立ちたい」という個人の思いは、自らを苦しめることもあれば、肯定的にとらえられることもあります。

さまざまな視点で「役に立つ」を考えます。みなさんのご意見も「#役に立つの呪縛」でつぶやいてみてください。

メール(dkh@asahi.com)でも感想や体験談をお待ちしております。「#役に立つの呪縛」係へお寄せください。

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