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カワイイ缶バッジに〝意外な言葉〟見えない障害見える化する理由
6年近く前、妊娠中の筆者は、電車の中でつわりで気分が悪くなりました。でも、誰にも助けを頼めませんでした。「知らない人に、迷惑にならないか」「妊婦をよく思わない人に理解してもらえるか」そんな葛藤が頭をよぎったのです。インターネットで販売している缶バッジ「トリセツ!」には、動物のほのぼの系イラストに「いま不安です」「ゆっくり話してください」などの言葉があしらわれています。「見えない障害を見える化する」ことの意義とは? 「トリセツ!」に関わる人たちの言葉から考えます。
「トリセツ!」を企画・販売しているのは、札幌市にある障害者就労支援施設「就労継続支援ビルド」(就労継続支援B型)です。
一般企業で働くことが難しい人に働く場を提供し、就労に必要な能力を身につけるための訓練を行う施設で、主にイラストやデザイン、グッズ販売などをしています。
利用者は25人で、6割が精神障害、3割が発達障害、1割が知的や身体的障害があります。
「トリセツ!」は、昨年4月の世界自閉症啓発デーに向けて活動を知ってもらおうと、販売を始めました。現在全18種類で、シールと缶バッジがあり、かばんに付けたり、自治体で配っている赤地に十字マークのヘルプマークに付けて使うことができます。
妊娠中の女性がつける「マタニティマーク」があります。障害や病気がある人たちには、赤い「ヘルプマーク」が配布されています。
しかし、外見からは「実際どんな助けが必要なのか分からない」という悩みを持っている人の場合、マークをつける人は少なかったといいます。発達障害などでコミュニケーションがうまく取れないと、助けを求めるために知らない人に声をかけるのが難しいことも少なくありませんでした。
「トリセツ!」は、実際に「困りごと+こうしてもらえると助かる」ことをテーマに当事者が使うことを想定して考案されました。
企画会議で一番悩んだのが、困りごとを多くの方に理解してもらえるためにどんな言葉で伝えるべきか、ということでした。
スタッフのブログでは、その悩みがつぶさに記録されています。
そんな風に試行錯誤の過程が記録されています。
トリセツは2020年4月に第一弾を発表すると、ネット上で注目され、障害のある子どもを育てる保護者や、社会人などが購入していきました。2020年10月には第2弾、今年6月には、「障害がない人にも活動を知ってもらおう」と、新型コロナワクチンを接種済みのワクチンも新たに発表しました。
「トリセツ!」を作成した背景には、当事者の人たちが持つ、「悩みを口にする難しさ」がありました。
ビルドの生活支援員で精神保健福祉士の森田安希子さんによると、ビルドでは、大人になってから発達障害に気づいた利用者も多いといいます。
「自分から声をあげられず、一般校に通って我慢をずっと続けてきた結果、なんとなく生きづらいまま、社会人になり体が悲鳴を上げてしまったという方や、鬱などの症状が出てから気づいた方も多いです」。
30歳のビルド利用者女性は、精神障害者手帳2級を持っています。今も朝、突然起き上がれなくなることがあり、気分の浮き沈みが激しく、体の調子も崩しやすいといいます。
高校は進学校に通っていましたが、3年生のときに精神的に不安定な症状が出たため精神科を受診。学校に行けなくなり、通信制高校に編入して卒業しました。
美術系の専門学校への進学を希望していましたが「親の目が気になってしまいました」と断念し、大学受験を目指しました。しかし、体調が悪く進学はできませんでした。
混雑する地下鉄の中や駅、街中、大規模イベントなど、人が集まる場所が苦手で、動悸、冷や汗、めまい、などが起こります。また、わずかなにおいでも強く感じ、気持ち悪くなることがあります。
「トリセツ!」は「においに敏感です」「ワクチン接種済みです」を、赤いヘルプマークと一緒に身につけています。
「トリセツ!」を使うことで、周りの人に障害のことを少しずつ伝えられるようになってきたといいます。
「それなあに? かわいいね!」と話しかけられたことをきっかけに、分かりづらい障害の困り事や特性について話せるように。障害について他の人に伝えるときは、「わずかな匂いでも強く感じて、気持ちが悪くなることがあります」「光が実際よりも眩しく見えるようで、目が痛くなったり目が開けてられなくなります」など、できるだけ一般的な言葉を使い、具体的に説明するようにしているそうです。
「ワクチン接種済み」を普段から使用しているという、27歳のビルド利用者女性は、自閉スペクトラム症があります。
以前から、人から少し見られたり視線が合っただけでも怖く感じたり、攻撃されるのではないかと不安に思うことがあったといいます。
新型コロナが広がってからは、外出先で飲み物を飲むためにマスクを外しただけでも「もしかしたら(感染対策の面で)注意されるのでは? 嫌がられたり迷惑がられているのでは?」と感じていました。
「トリセツ!」をつけてからは、何か注意してくる人がいても「トリセツ!」を見せればいいと勇気が持てたといいます。
筆者は妊娠中、「マタニティマーク」をつけることに抵抗がありました。今思うと、「自分さえ我慢すれば良い」という考えで、伝えることをあきらめてしまっていたのかもしれません。また、マークを付けている人が、嫌がらせを受けたというような体験も聞いたことがありました。ただ、電車内で体調が悪くなったときに、マークを付けておらず、後悔したこともありました。
今回の取材を通して、「伝える勇気」が必要だとあらためて気づかされました。そして、自分から伝えようとしなければ、何に困っているかも理解してもらえません。「トリセツ!」は、困っているという気持ちだけでなく、何に困っているのかをやわらかく伝えてくれます。
人は誰でも年を取れば障害を背負っていきます。一人でも多くの人にどんな障害があるのか、気づいてもらう。そのための一歩としてもこのマークが多くの人に知ってもらいたいと思いました。
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