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漢字を読むより難しい「空気読む」 はっとする留学生の悩みラップに
まちなかで見かける「外国人」と、つい距離を取ってしまった。
留学生と学び、ともにバイトする、そんな「多文化共生社会」を生きる学生たちが、肌身で感じた「見えない壁」を歌いました。学生たちに話を聞きました。
youtubeで今年9月30日に公開され、5日間で再生回数1万回を超えたミュージック・ビデオ「やさしい せかい」。
その歌詞では、軽快に、日本で生活する外国人たちが日々感じているリアルな「戸惑い」が歌われています。
言葉の裏にある本音の微妙なニュアンス。漢字を読むより難しい、「空気を読む」こと……。
日本に長く暮らしている人にとっても難易度が高い文化ですが、日本語がまだ苦手な外国人にとってはさらに切実になる「あるある」エピソードが並びます。
そんな歌詞作りの裏には、日本人学生が同世代の留学生たちに行ったインタビューがありました。
歌詞作り・ラップを担当した学生に話を聞きました。明治大学国際日本学部の日高悠希さんと、盛永樹さん。
ともに3年生で20歳の二人は、「多文化共生のまちづくり」をテーマに活動する、山脇啓造ゼミに所属しています。
ゼミでは、キャンパスのある中野区を拠点に、留学生と協力して商店街で「やさしい日本語」を使う研修をしたり、中野区や豊島区の職員向けにやさしい日本語の研修を行ったりするなど、地域密着と実践をモットーに活動してきました。
とはいえ二人は幼い頃から「多文化共生」を身近に意識していたわけではありません。盛永さんは神奈川県の郊外で、日高さんは広島県で育ちました。「外国から来て困っている人」と接することはなかったと言います。
大学に入学して東京生活が始まると、コンビニや飲食店で外国人従業員に出会う機会が格段に増えて、「カルチャーショック」を受けました。日本に住んでいる外国人は約300万人。
「『左利きの人』以上に多い。『マイノリティー』と呼ばれる人が、自分が思っているほどマイノリティーではないことを実感しました」
盛永さんは、以前、牛丼屋でのアルバイトで外国人従業員と働いた経験がありました。同じシフトでも半数がベトナム人という時もありました。「外国人がいないと店が回らない、という感じでした」
でもその時期は、コミュニケーションするためのコツは知りませんでした。
「おはようございます」とあいさつはするぐらいの関係でしたが、休憩時間になると日本人とにベトナム人に分かれて過ごしていたと言います。
そこには見えない「壁」がありました。「言葉の問題が大きいですが、表情も分かりにくくて、あのときは、外国人が『壁』を作っているように感じていました」
今年5月、山脇ゼミと協力して「やさしい日本語」の普及啓発を進める「やさしい日本語ツーリズム研究会」の吉開章さんから、「やさしい日本語のミュージックビデオを作ってみませんか?」と提案されたとき、二人も手を上げました。
日本語にまだ慣れていない人にも分かりやすい「やさしい日本語」。そのコツを、歌に乗せて、より幅広い人に伝えたいとの狙いがありました。
日本語学校の協力を得て、外国人留学生から日本生活での困り事などを聞き取り、歌詞にできそうなネタを「約100個」上げるというものでした。
インタビューの中で、バイト先で「見えない壁」を感じていた盛永さんは、ハッとすることがありました。
留学生が共通して語っていたのは「日本人と親しくなりたい」という悩みでした。
「外国人が壁を作っている」と思っていましたが、振り返ると、「仲良くなりたい」という思いに気づけていなかったのでは、と感じました。
「外国人だから、と壁を作ってしまっていたのは自分の方だったのかもしれない」
外国人から聞き取った言葉、自分の思いが重なり、こんな歌詞ができました。
壁を取っ払うコツについて、今、どう感じているのでしょうか。
盛永さんは、「ありきたりなんですが、お互いを知り、違うところや文化を知って、そして同じ人として接するっていうことだと思います」と話します。
牛丼屋でのバイトで実践するとしたら? 「あいさつ・プラスいち」と答えます。
「おはようございます。今日疲れましたね」
あいさつと、ひとつ声を掛けることから、思いやる関係が築けたらと考えます。
曲のテーマに据えた「やさしい日本語」の「やさしさ」には、相手のことを思いやる「優しさ」と、誰にでも分かりやすいように伝える「易しさ」とが表現されていると言います。
ラップの中では、「易しい」言葉を交わす時のコツも繰り返しています。
日高さんがハッとさせられたのはこんなパーツでした。
普段から早口だと言われている自分。「日本語に慣れていない人には、たぶん聞き取ってもらえないだろうな」と気付されたと言います。
日高さんも参加した動画が広まり、他学部の先輩や地元・広島の友達、他大学の友人からも「やさしい日本語のラップしとったやん!」と声をかけられました。
「自分のまわりにも『やさしい日本語』と知ってもらえてよかった」と手応えを感じました。
やさしい日本語が必要なのは日常だけではありません。
曲には、耳が不自由な人など、やさしい日本語を必要としている人が日本人でもいることが分かります。
阪神淡路大震災で、被災者の中に多くの外国人もいたことから生まれた「やさしい日本語」の概念。
「『やさしい日本語』について知ってくれていれば、いざと言う時の声掛けで気をつけることができます。多くの人が助かる社会になれば良いと思います」
「やさしい日本語」については、2020年8月に出入国在留管理庁・文化庁が「在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン」を公開し、行政でも「やさしい日本語」での発信に取り組むなど広まりつつあります。
一方で、このガイドライン策定の有識者会議で座長も務めていた、山脇啓造教授は「ガイドラインは省庁や地方自治体、行政がターゲットでした。さらにもっと間口広く、日本社会のいろんな人に関心をもってもらいたいと考えています」と話します。
国際化というと「英語」と思われがちですが、実は日本で暮らしている外国人にとっては、英語より日本語の方が伝わりやすいことが分かっています。
山脇さんは「これからの学生には、英語のスキルを磨きつつ、やさしい日本語も使える『二刀流』を目指してほしい」と願いを込めます。
「多文化共生」の課題は、多岐にわたります。一方で、やさしい日本語は「とっつきやすい」窓口になると、その可能性にも注目されています。
「やさしい日本語のテクニカルな部分も大切ですが、相手への配慮を持つという、より大切なマインドの部分を、多くの人に知って頂きたいと思います」
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