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初めての愛車がコンフォート教習車 教習所以来の奇跡の再会だった
「このコンフォートは嬉しいだろうなぁ」
ほぼ全ての人が初めて運転するクルマが、自動車学校の教習車。それぞれに甘酸っぱい思い出が詰まったあの角張った地味なセダンを、初めての愛車にした男性がいます。それは同型車種ではなく、かつて自分が仮免のハンドルを握っていた個体との、運命的な再会でした。(北林慎也)
Twitterで回ってきたハッシュタグ #愛車を買ったきっかけを言え を添えて、愛知県在住の男性「えいじゅん」さん(23)はこんな写真投稿をしました。
26日未明のこの投稿には、1.2万超のいいねが付く反響がありました。
その愛車は、トヨタ・コンフォート。小型タクシーや教習車といった法人・ビジネス用途に特化した4ドアセダンの乗用車です。
見た目は、昔ながらのオーソドックスな箱型セダン。バブル期を象徴するベストセラーだったX80系マークIIセダンをベースに、1995年に発売されました。
スクエアな5ナンバーサイズの車体は見切りもよく、癖のないハンドリングや乗り味が特徴です。
えいじゅんさんのコンフォートも、そんな地味で目立たない個体のうちの一台。ところが、投稿に添えられた劇的なエピソードと、多くの人にとって懐かしい教習車の写真に、RTのコメントが殺到しました。
ほとんどの人にとって人生の一瞬を通り過ぎていく存在でしかない、コンフォート教習車。
それをなぜ、かけがえのない伴侶にしてしまったのか? えいじゅんさんに聞きました。
えいじゅんさんは3年ほど前、地元の福岡市西区にある自動車学校「姪浜ドライビングスクール」に通って免許を取得しました。
教習車は定番のトヨタ・コンフォート。初めてハンドルを握った記憶は鮮明です。
「こんなに大きな車を本当に運転できるのか!?と焦りにあせりました。半ばパニックだったといっても差し支えないでしょう。
しかし、そんな半パニックな教習生でも、コンフォートは優しく受け入れてくれました。
クラッチペダルをゆっくり離すと、スーッと動き出すコンフォート。
たったこれだけのことですが、コンフォートは車を操る楽しみを、確かに私に教えてくれたのでした」
まるで最愛の相手との馴れ初めのような、コンフォートの甘美な記憶。
しかし、えいじゅんさんがコンフォートに魅せられたのは、これが初めてではありません。
えいじゅんさんの大好きだった亡き祖父がタクシー運転手で、仕事の相棒がコンフォートだったのです。
「たまに祖父のコンフォートに乗せてもらいましたが、街の全ての道を知り尽くし、必ず遵法の範囲で最速で目的地にたどり着く祖父。大柄に見えて5ナンバーサイズに収まるその車体は、細い道もスイスイと進むことができました。
その姿を見て育ったので、今でもコンフォートを『市街地限定スポーツカー』なんて思うときがあります。笑」
コンフォートはえいじゅんさんにとって、小さい頃からの憧れと愛着の対象でした。そして初めてのマイカーも、コンフォートと心に決めていました。
しかし、トヨタはコンフォートの生産を2017年に終えているため、すでに新車では手に入らなくなっています。
自動車学校を卒業して免許を無事に取得し、中古車情報サイトを探すこと3年。
福岡から愛知県内に引っ越した今年、いきなり運命的な出会いが訪れます。
「愛知県内の中古車店でシルバーのコンフォートが入荷しているとの情報を入手し、写真を見てまさかと思い即日、現車確認の予約を入れました。
実は、コンフォート教習車のカタログカラーはスーパーホワイトIIのみで、シルバーは特注色、つまり卒業した自動車学校の車である可能性が高かったのです。
そして、現車確認でお店の方が見せてくれた整備記録には、私が卒業した自動車学校の名前と、乗った記録のあるナンバーが記載されていました。
転居したばかりでお金はなかったのですが、車が追いかけてきてくれたような気がして……。車の状態に問題なさそうなことを確認した後、その場で購入を決めました」
偶然に導かれるように、念願叶って手に入れた相棒。
今夏に晴れて納車された元教習車は、2011年式のレギュラーガソリン仕様です。車両本体価格は50万円台でした。
走行距離はすでに9.7万キロを数えますが、耐久性に優れる設計だけに「まだまだ、コンフォートでは新車と呼ばれる距離です」(えいじゅんさん)。
ミッションはフロア5MT。このシフトノブを見て、エンストを繰り返してヒヤヒヤした記憶が蘇る人も多いかもしれません。
教習車お約束の補助ミラーは錆びていて、台座となるドアミラー丸ごと、フェンダーミラーに交換しています。
また、保安上の理由で、助手席の補助ブレーキなども取り外して保管しています。
これらのカスタムで現在は、教習車というよりもタクシーのような佇まいとなっています。
オーナー目線でのコンフォートの魅力は、「1にデザイン、2に広さ、3にエンジン」だそうです。
「90年代の車としては没個性的かもしれませんが、それが現在では個性となっています。
角ばったデザインはボンネットの先からトランクの端まで見え、大きな窓で死角も最小限になっており、誰でも運転しやすい設計になっているのがよく分かります」
そして、四角張ったスタイルの副産物が室内の広さ。
「セダンとしては抜群に高さのある車内は開放感があり、トランクも大きすぎるくらいです」
もちろん、現場ファーストの仕事グルマなだけに、実用域での動力性能に不足はありません。
「エンジンはハイエースやダイナトラックと同じ1TR型。これは低速トルクが大きな実用エンジンで、初心者でもスムーズに発進できます」
一方、ビジネスライクな素っ気なさゆえの苦労もあるようです。
「コンフォートにはドリンクホルダーがありません。教習車仕様だとスピーカーもオーディオも付いていません。コンフォート乗りの先輩の皆さまによれば『あるある』だそうで、観光バスのドリンクホルダーを買ってきて装着しました」
この、自家用車としては希少なクルマのおかげで、路上で声を掛けられることも多いそうです。
「『教習車!?面白いねぇ!私も教習車はコンフォートだったよ!!』と言ってくれる方も。自家用としては珍車ですが、教習車として多くの方が乗ったことがあり、教習生時代の思い出を語ってくれます。
人気車種ではありませんが、誰もが心に残る一台として記憶している、そんな車を愛車にして、本当に良かったです」
一方で、現在の国内自動車市場は、昔ながらのセダンには冬の時代です。
新車の売れ筋はもっぱらSUVやミニバン。各メーカーともに、セダンの車種統合や生産終了が続いています。
「セダンの中のセダン」とも言えるコンフォートのオーナーとして、えいじゅんさんも、セダンの復権を願っています。
「セダンが不人気なのは悲しい限りです。セダンの良さは、そのバランス感だと思います。ミニバンやSUVよりも流麗で、クーペよりも高い実用性がある。まさに車という存在のど真ん中でしょう。
しかも、エンジンルームとキャビンとトランクルームが隔絶され、乗員だけの閉じた空間を演出し、高級感もあります。セダンは素晴らしいです」
今回のTwitter投稿の反響で、えいじゅんさんはコンフォート教習車がいかに世間に浸透した存在かを再認識したそうです。
「『俺もコンフォートだった!』とか『教習車って買えるの!?』とか、いろいろな感想が述べられていて、免許を持つあらゆる人に、教習車という存在が心に刻まれているのだなぁと実感した次第です。
また、『運命の出会い』といった感想も多く、自分が信じた運命は間違っていなかったのだと確信できました」
えいじゅんさんの夢は尽きません。
「実はまだ、このコンフォートで福岡に帰省したことがありません。この車と最初に出会った教習所に、この車で里帰りしてみたいですね。
そして、もうどうしても修理できなくなるまで、長く、長く乗り続けるのが目標なのです。なんといっても50万キロ、100万キロ走れる車なのですから!」
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