連載
#76 #となりの外国人
「銭湯に入りたい」世界から届いたメッセージ 魅力を伝える仏人女性
日本の魅力研究ノート
コロナ禍で外国人観光客の姿がなくなった日本。でもこんな時期でも、日本のことを海外に発信し続けているインフルエンサーがいます。そんなインフルエンサーたちと一緒に、いま日本の「魅力的な発信」について考えてみたい。「#日本の魅力研究ノート」、今回たずねたのはフランス人で、日本の銭湯文化に目を付けて、世界に発信している女性です。「コロナ禍で、世界中から『銭湯に入りたい』という声が届いています」と言います。(ライター・堀田実希)
富士山のペンキ絵に、湯上りの牛乳一杯。そして、地域の情報交換の場――
かつては全国津々浦々に約1万8000軒あった一般公衆浴場、「銭湯」。
人々のライフスタイルの変化で、3938軒までに落ち込みました(2020年3月末、厚生労働省)。
なくなりつつある銭湯を日本独自の文化ととらえ、「アート」「美容・健康」「コミュニティ」という切り口から、世界に発信するフランス人女性がいます。
2015年に日本銭湯文化協会から銭湯大使として任命された、ステファニー・コロインさんです。主な発信の場はSNSのインスタグラムで、1万人超のフォロワーがいるインフルエンサーです。
「インスタのコミュニティは銭湯のように、見ている人がやさしい気持ちになるような、あたたかい場所にしたい」というステファニーさん。どんな経緯で、銭湯文化を発信することになったのか? 銭湯の何が、世界中の人の心に響いたのか? 聞いてみました。
ステファニー・コロインさん
東京都の銭湯浴場組合の銭湯大使。
ステファニーさんのSNSアカウント
ツイッター: https://twitter.com/_stephsento_
インスタグラム: https://www.instagram.com/_stephaniemelanie_/
ホームページ: https://dokodemosento.com/
ステファニーさんが銭湯に出会ったのは、交換留学生として立教大学に在学していた2008年。大学の友人に「一緒に銭湯に行ってみない?」と誘われたのがきっかけでした。
故郷のフランスでは人前で裸になる習慣はないため、羞恥心がありましたが、「誘われたらなんでもやってみる」がモットー。妙法湯(東京都豊島区)ののれんをくぐります。
その時、日本語が不自由だったステファニーさんに対して、銭湯にいた日本人客や店主が優しく声をかけてくれ、「銭湯は、お湯も、人も、とてもあたたかい空間」という印象が強く残りました。
留学を終えてフランスに帰国したステファニーさん。リヨン大学を卒業しました。南アフリカのジブチ共和国で、日本の自衛隊拠点設立でコーディネーターとして関わった際、日系企業から、東京本社での仕事をスカウトされ、2012年に再来日。日本での「サラリーマン生活」が始まりました。
しかし、それはステファニーさんにとって過酷なものでした。当時住んでいた場所から職場への通勤時間は往復3時間、仕事で使う言葉は日本語のみ。 友達とも遠く離れていて会いに行けない。自分が自分らしく生きられる時間がない。「一週間で、もうダメだと思った」と振り返ります。
そんなステファニーさんがふと思い出したのが、人もお湯もあたたかい、銭湯の存在でした。近所の銭湯に足を運んだことが、「救いになった」といいます。
それから、ステファニーさんの銭湯巡りが始まります。様々な銭湯を訪れ、どの銭湯も個性があることを知ります。
一方で、ほとんどの銭湯が家族経営であること、営業している銭湯の数が減っていることを知り、「このままでは、銭湯、銭湯文化が消えてしまう」と焦りを感じます。その焦りから、企業勤めの傍ら、SNSで銭湯の写真を発信しはじめました。
銭湯のタイル画やペンキ絵、季節ごとにラベンダーやボンタンなど花・果物をお湯に入れて楽しむイベント、銭湯独特の桶や風呂椅子など銭湯にまつわるアイテムを、ステファニーさん独自の視点で切り取り、「見ていて良い気持ち・やさしい気持ちになれる銭湯の世界」を発信していきました。
現在のインスタグラムのフォロワーは日本、フランスが中心。香港、豪州、アメリカなども多くいます。
フランス語や英語で「美しい」「行ってみたい」「あなたの投稿を見て、私も家のお風呂の壁をペイントしてみたわ」「来年の夏に日本に行って銭湯巡りをするためにお金を貯めている」「うちの近くにもこんな素敵な銭湯があったらいいのに!(日本在住の外国人)」といった、ポジティブなコメントが並びます。
ステファニーさん自身も、「銭湯に出かけると、今まで外国人は私だけだったけれども、私以外の外国人の姿を見かけることが増えた」と、情報発信の手ごたえを感じています。
コメント欄には日本語で「日本にこんなに素敵な銭湯があることを忘れていた」「(友人に通知が行く形で)この銭湯行こう?!綺麗じゃない?」といった、銭湯の良さに気づかされた日本人の声も多く寄せられます。
2020年は新型コロナウイルスの影響で、世界中が「ステイホーム」となり、我慢と忍耐の年でした。
癒しを求めてステファニーさんのアカウントにたどり着いた人々からのリアクションが多く、「コロナが終わったら、絶対に日本に行って銭湯に入る」「コロナが終わってからやることリストに加えた」といった声が届き、インスタグラムでも投稿自体が「行く場所のメモ」代わりとして「保存」機能でキープされることが増えたそうです。
「銭湯を紹介することで、銭湯の経営者だけでなく、世界中の人々に感謝される。お湯の神様に導かれたのかな」
「自分の人生は、その方がやりがいを感じる」と、仕事をフルタイムワーカーからパートタイマーへと変え、銭湯文化の発信に力を入れるようになりました。
一般社団法人「日本銭湯文化協会」から「銭湯大使」に任命され、これまでに費用は自己負担で、日本全国1000軒近くの銭湯をめぐり、独自に研究を続けています。
その知見を基に国内外のメディアに出演し、銭湯の持つアート性だけでなく、銭湯が地域のコミュニティの場となっていること、美容や健康にもよいということをアピール。日本とフランスで銭湯をテーマにした本を出版しています。
Voici ma prochaine publication ♨️🧖♀️
— ステフ/Steph ・銭湯大使♨︎ (@_Stephsento_) February 26, 2020
En français cette fois 😊
Au programme des sento un peu partout au Japon, histoire, art, communauté beaucoup de photos et des illustrations très sympathiques de @joranneblog et de Praxele (https://t.co/InQ533GjNY) https://t.co/YYCJHmlq1C pic.twitter.com/2IJOEcrLZ9
日本人も忘れかけているかもしれない銭湯の魅力に注目したステファニーさん。日本がどう発信していったら良いか、聞いてみました。
「良さやすばらしさ、って外側の人からしか見えない、内側からはなかなか気づけないもの。銭湯の方も、職人気質寄りで『いやいやうちは取材されるような、特別な場所じゃない』と取材に後ろ向きな方がいました。だけど、それではもったいない」と力を込めます。
「『自分は特別なものじゃない』とドアを閉めるのではなく、誇りをもってドアをあけてほしいです。自分を見せたい、というポジティブな気持ちを持てれば、ポジティブな気持ちが伝わります。すると、きっと世界の人に広まっていくと思います」
ステファニーさんは現在、「銭湯の世界をよりよく知るために」と、週に数日、新宿区にある栄湯の番頭に立っています。経営者であり、一般社団法人日本銭湯文化協会銭湯文化協会の常務理事を務める石田眞(まもる)さんは、「銭湯に来る方は会話を求めている方も多い。ステファニーさんはその方々への受け答えも朗らかで、お客さんからの評判がすごくいい。安心して番頭を頼める人だ」と話していました。
【研究員のメモ】
ステファニーさんの「心のドアを開けて」というこの一言は、あらゆることにもあてはまりそう。私自身も、ステファニーさんに銭湯の魅力を教えてもらった一人。
銭湯に行ったのは10年ぶりでした。
ステファニーさんが銭湯は「コミュニティ」「地域交流の場」というのは、「美しいステファニーさんと朗らかなキャラだから構ってもらえるのだろう」ぐらいに思っていました。でも、ステファニーさんから、「そんなことない! まずは隣の人に自分からあいさつしてみて」とアドバイスを受けて、銭湯に行ってみました。
「自分の心のドアを開けて」自分から挨拶をしていくと、とんとんと会話が弾み、銭湯の常連さんは私に、近所のおいしい食事所を教えてくれました。みなさん、肌も笑顔も、つやつやです。「なるほど地域の情報交換の場だ」と納得しました。35歳にして銭湯マナーを体得できてよかった! 私の世界も広がりました。
とはいえ、自分が心のドアを閉めていることに気づけない人は数多そうです。日本は「謙遜」が美徳とされていますし……。どうすれば、無意識に閉めている心のドアを開けることができるのか。これからも、世界に発信するインフルエンサーにヒントを聞いていきたいと思います!
「#日本の魅力研究ノート」ライター
◆堀田実希(ほった みき)
インドネシア語・英語通訳。2016年から飲食店や宿泊施設の外国人対応・集客をサポートする総合インバウンド対応総合研究所を設立。著書に「英語ができなくてもできる!訪日外国人からの評判を高める飲食店の対策集」(旭屋出版、2018)。現在は週1-3で日雇い派遣OLをしながら、コロナ後にやってくるオーバーツーリズムへの対策を研究中。
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