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本当にあった…「民謡ラップバトル」秋田の山奥で何が?容赦ない応酬
「好きなあなたにゃ旦那がおるが…」
「夜通しやってる『民謡ラップバトル』があるの、知ってる?」。秋田県人の友人からそう聞かれたのは、6月末のことでした。《好きなあなたにゃ旦那がおるがそんなことなど気にしない》。民謡とは思えない突っ込んだ言葉の応酬。奥羽山脈のふもとにある集落で何が起きているのか? コロナ下での延期を経て11月7日に開かれた特別大会を聴きに現地へ向かいました。(朝日新聞秋田総局記者・高橋杏璃)
「民謡ラップバトル」は友人の故郷、県南部の美郷町にある熊野神社で毎年8月に開かれる行事で、「全県かけ唄大会」と呼ばれているといいます。
出場者は2人1組で舞台に上がり、地域を代表する民謡「仙北荷方節」に合わせ、七七七五調の歌詞をその場で考えてうたうというルール。相手の言葉に対して当意即妙で応酬する様は、まさにラップバトルなのだそうです。
それはぜひとも取材したいと、熊野神社の宮司で美郷町六郷かけ唄保存会長の熊谷暁(あきら)さん(69)に連絡をとりました。
昨年と今年はコロナ下で中止を考えたものの、「唄い手の人たちが、誰も聞いてなくてもいいからうたいたいって言うんだもの」と熊谷さん。
本来の開催日は8月23日夜から翌日未明にかけてですが、今年は昨年に続いて時期を秋にずらし、神社の祭礼とは切り離して昼に「特別大会」として開かれることになりました。
秋晴れに恵まれた11月7日の昼過ぎ、神社で待っていると、唄い手たちが続々とやってきました。
往時は150人ほどの出場者がいたそうですが、今年の出場者は近郷に住む60~70代の7人。聴衆は、私も含め5人でした。
周囲を杉の木に囲まれた境内の中央に立つ、参拝者用の休憩所が舞台。正面の引き戸は開放され、屋外の聴衆はパイプ椅子に座って舞台と向かい合う格好になっています。
今大会は、全員が違う相手と4回対戦します。熊谷さんを始め、かけ唄大会の優勝経験者ら5人が審査員。唄のうまさや声の良さ、文句の面白さやかけ合いのうまさが評価され、終わった時点で合計点が高かった人が優勝となります。
まずはかけ唄のベースとなる「仙北荷方節」に自由な歌詞をつけて1曲ずつうたう「声慣らし」。この仙北荷方節は、古くは草刈りに行くときなどにうたわれていたという県内の仙北地域の民謡で、ゆっくりとした節回しが特徴です。
全員がうたい終えた午後2時ごろ、本番が始まりました。1回戦の1組目は、去年初参加の竹谷博史(たけや・ひろし)さん(70)と、2度の優勝経験がある畠山正さん(70)の対決。
試合前につかんだ碁石の白黒で先攻か後攻かが決まり、竹谷さんが先攻となりました。紅く色づいた葉が風に舞う中、うた声が朗々と境内に響き渡ります。
1人がうたう時間は約1分。対戦相手はこの1分間で、次の歌詞を考えなくてはいけません。竹谷さんの唄の語尾にかぶせるように、畠山さんが間髪入れずに返します。
字余りの竹谷さんに対し、七七七五の字数ぴったりで、文句もうまい。感心していると、「2人は中学の同級生なんだよ」と、聴衆の男性が教えてくれました。互いをよく知る間柄だからこそ、軽妙なかけ合いが楽しめるのかもしれません。
コロナや自粛生活、ワクチンを話題にしたかけ合いが続く中、2回戦では、今回唯一の女性出場者の佐藤ハツさん(74)に「愛の告白」をする「つわもの」が現れました。昨年の優勝者、妻野敏夫さん(66)です。
「告白」への返答に困っているのか、ハツさんは目をつむって眉間にしわを寄せています。この大会には、ハツさんの夫・正太郎さん(76)も出場しているのです。2人を挑発するような展開に私はハラハラしてしまいましたが、ほかの聴衆は笑って聞いています。
なんとか切り返したハツさんに対し、妻野さんは涼しい顔をしていました。
のどが温まるにつれ、かけ合いも面白さが増してきます。4回戦を迎えるころには聴衆が2人増え、7人に。トリを飾ったのは、妻野さんと畠山さんです。
さすがのかけ合いに温かい拍手が送られ、試合終了。審査員による協議の結果、優勝者は畠山さんに決まりました。優勝者は最後に1曲うたうのが慣例です。
このころには外はすっかり日が暮れて、沈みゆく太陽が杉の木々の間を赤く染めていました。
かけ唄の源流は、男女が掛け合って歌をうたった万葉の時代の行事「歌垣」にあるといわれています。熊谷さんによると、かけ唄の行事は隣の横手市金沢にも残っていますが、こうした行事をいまでも見ることができるのは全国でも珍しいそうです。
熊野神社では神様を喜ばせる行事として、1953(昭和28)年に始まりました。毎年8月23日、例大祭の神事を終えた後、夜から翌日未明にかけて、かけ唄大会は行われます。
「朝になってもうちまで唄が聞こえてきていたこともあった」と、近くに住む人は話します。
六郷のかけ唄大会を一躍有名にしたのが、評論家の草柳大蔵(1924~2002)が書いたルポでした。
全国各地の集落に伝わる文化を取材してまとめた本「山河に芸術ありて」(1964年、講談社)のなかで、「即興詩の村」として六郷を紹介。ルポは当時の高校の現代国語の教科書に掲載され、テレビなどでも取り上げられるようになりました。
いまも会館には「即興詩人郷」と書かれた額が飾られ、境内には「即興詩人の郷」と刻んだ記念碑が建っています。
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