連載
#14 #今さら聞けない子どもの安全
子ども向けひとくちパンで窒息、防ぐには?専門家が説く「かむ力」
乳児向けの一口サイズのパンを食べ、1歳未満の赤ちゃんが喉に詰まらせる事故が2年連続で起きました。ニュースでも報道され、背筋が凍りました。それは記者が子どもによく食べさせていたのと同じパンでした。子どもの窒息事故は、パンのほかにも、ごはんやうどんでも起きています。子どもに食事をさせるときに、気をつけるべきことは何でしょうか。専門家に聞きました。
子どもの食品による窒息事故が後を絶ちません。消費者庁によると、2010年~20年に報告があった14 歳以下の子どもが窒息、または誤嚥した事故は164 件でした。原因となった食品は、ごはん、パン、うどんが合わせて14件でした。
小児科医で子どもの傷害予防に取り組むNPO「Safe Kids Japan(セーフキッズジャパン)」の理事長を務める山中龍宏さんが警鐘を鳴らすのがパンの持つ「粘着性」です。
「パンは唾液を含むと粘着性が高くなります。ふざけながら食べたり、たくさん口に入れすぎたりすると、成長しても窒息する恐れはあります」
事故の起きた乳児向けのパンを調査した国民生活センターは「小さくちぎり、飲み込むまで目を離さないで」と呼びかけています。
子どもに食事を与えるとき窒息事故が起きないようにしたらどうした良いのでしょうか。
取材では、京都府の小規模園に訪れました。保育園長で、子どもの安全を専門とし、神戸常盤大学非常勤講師も務める松野敬子さんは「かむ力」を大事にしています。園では、一口にほおばれてしまう大きさのものは与えていません。
松野さんは「離乳食後期の子どもにも、細長く、握れるものを与えています。また、口にたくさん突っ込んでしまう子どももいるので、全部口に入れてしまわないよう、声かけをし、『かみかみ、ごっくん』と、きちんとかんでから飲み込むよう促します」と話します。
スプーンを使うときは、「かぷっ」とスプーンを口で迎えにいくよう教えます。また、お茶で食べ物を流し込むことが習慣化してしまうと、かまずに飲みこむ癖がつくため、「まずは、しっかりかむことが大切です」と説きます。
正しい姿勢も大切です。床に足がぴったりとつくよう、低い椅子を用意しています。背が高い子どもには、座面を高くするために厚みのある箱を置き、猫背の子どもには背もたれに箱を置くなど、姿勢をまっすぐにできる工夫もしています。
松野さんは、最近、きちんとかむことができない子どもが増えていると感じているそうです。
「家で、ご飯や納豆などやわらかいものだけを食べていると、かむ力や飲み込む力が発達しません。十分にかまずに、飲み込もうとすると、窒息につながる可能性があります」
松野さんは、子育て中の保護者が「子どもの食事」を学べる場が、コロナ禍で減っているのではないかと心配します。
そのため、入園前の保護者に向けて、食物誤嚥の注意喚起や、食事の与え方や姿勢のポイントなどをまとめましたパンフレットを作成するなど、情報提供に力を入れています。
パンフレットでは、窒息のリスクを下げるだけでなく、かむ力を鍛えることによる効果も紹介しています。
唾液が分泌されることで、虫歯になりにくい口腔内を保つことができます。また、かむことであごから脳に信号が伝わり「情緒の安定」や「脳の活性化」につながります。さらに、顔の筋肉や顎の発達をうながします。言葉を正しく発音できるようになり、体全体の姿勢や筋肉の発達にもつながるといいます。
窒息事故のリスクを下げるだけでなく、子どもの発達に大切なかむ力。そのためには、具体的にいつ、どのくらいのかたさのものを与えるべきなのでしょうか?
口唇食べ、舌食べ、歯茎食べを経て、1歳前後から、それぞれの発達の段階に合わせ、手づかみで歯を使って食べる練習が始まります。
松野さんが園長を務める保育園では、離乳食後期から提供しており、手づかみで食べられる、かむ力を鍛えられるメニューが加わります。にんじんをゆでたものを、手でつかんで食べられる細長いスティック状のものにするなど、口に全部入れにくいようにしています。きちんと歯を使ってかむことができているかどうか調べるためには、こめかみ付近を触ってみることで、骨が動いているかどうかで判断できるといいます。松野さんは「個人差の大きい子どもたちですから、月齢はあくまで目安です。一人ひとりのかむ力やのみこむ力を判断しながら、大きさや堅さを調整し、詰め込み過ぎていないか、丸のみしていないかを見守っています」と話します。
保育園の栄養士・原﨑千波さんは「細かく切りすぎず、かみ応えのある大きさを残すことがポイントです」とアドバイスします。
レンコンなどの根菜は、スティック状だけでなく、ハンバーグなどに入れても子どもが美味しく食べられるそうです。
仕事で忙しい中、食事を手作りする時間がない保護者も多いでしょう。
保護者に説明する機会も多い松野さんは「複雑な料理を作る必要はありません。大人が食べる料理を途中で取り出せばいいのです」と強調します。
「豚汁を作っていたら、出汁で野菜を煮た段階で、味噌を入れる前の野菜を使うことができます。気負って離乳食を作るための調理器具を特別に使って、大人の食事と別に子どもの食事を作る必要はありません。二度手間になってしまいます」
市販のものもうまくとり入れると良いといいます。松野さんの保育園でも、市販のおやつを与える日もあります。子どもが握って、かじり取ることができるような細長い形状のものでは、かみ応えのあるごぼうおせんべいや、かりんとうなどを与えているそうです。
子どもの食事について、保育園の先生に相談することを遠慮している人も多いかもしれません。
松野さんは「保護者だけですべて抱え込んでしまうものではありません。子どもの成長のために、園と家庭で一緒に協力してやっていくことが大切だと思っています」と話します。
「心配なこと、分からないことがあったら、園に何でも聞いていいのですよ」
この言葉を聞いて、記者も少しほっとしました。家庭と保育園で密に情報共有し、子どもの発達に合わせて適切な食事を与え、食べさせ方も工夫していく。そうすれば、少しでも不幸な事故を減らすことが出来るのではないでしょうか。
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